はじめに
趣旨
本書は、懲戒解雇が無効と判断された事例や裁判所の考え方を分かりやすく整理したガイドです。人事担当者や一般の方が、どの点に注意すればよいかを具体例を交えて理解できるように書いています。
説明の方針
専門用語は最小限にし、必要な語は簡単に説明します。事例を用いて「なぜ無効と判断されたか」を示し、日常の対応に役立つ視点を提供します。
本章の構成
第1章(本章):目的と読み方の案内
第2章:懲戒解雇が無効とされる法的枠組みの解説
第3章:無効とされた主な判例の紹介と解説
各章は事例とポイントを併せて示しますので、順に読み進めてください。
読者への注意
懲戒解雇の有効性は、個別の事情で大きく変わります。たとえば同じ規律違反でも、態様や反省の有無、会社の対応で結論が変わります。本稿は一般的な理解を目的としています。具体的な事案では弁護士や専門家に相談することをおすすめします。
第1章 懲戒解雇が「無効」とされる法的枠組み
1-1 懲戒解雇とは何か
懲戒解雇は、会社が労働者に対して行う懲戒処分のうち最も重いものです。例えば、会社の金品を横領した場合や重大なセクハラがあった場合などに用いられます。普通の解雇よりも生活に与える影響が大きいため、安易に行うと後で無効とされやすいです。
1-2 懲戒解雇に適用されるルール(労働契約法15条)
労働契約法15条は、懲戒処分が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合」には無効とすると定めています。平たく言えば、会社側は懲戒処分をする合理的な理由を示さなければならず、その処分が社会常識に照らして妥当かどうかを問われます。たとえば、一度の軽いミスだけで即時解雇するのは裁判で否定されることが多いです。
1-3 裁判所が見る主なポイント
- 行為の内容・悪質性:窃盗や暴力のように明らかに重大な場合は認められやすいです。報告漏れや遅刻のような場合は慎重に判断されます。
- 懲戒歴・指導歴:事前に注意や指導をしているか、再発防止のための機会を与えたかが重視されます。たとえば、複数回の注意の後でも同じ問題が続くと不利益処分が認められやすいです。
- 別の処分では足りないか:減給や出勤停止などで問題が解決できたかどうかを見ます。軽い違反で直ちに懲戒解雇とすると無効になる可能性があります。
- 手続の適正:事情聴取を行い、労働者に弁明の機会を与えたかが問われます。就業規則に定めた手続きを無視すると不利です。
具体例を交えて、会社は懲戒解雇を検討する際に慎重に事実関係を確認し、段階的な対応を取ることが求められます。
第2章 懲戒解雇が「無効」とされた主な判例
2-1 パワハラ加害者に対する懲戒解雇が無効とされた事例(複数判例の整理)
裁判例は一様ではなく、有効とされた例と無効とされた例が混在します。無効とされた事例では、次の点を総合して懲戒解雇が重すぎると判断されました。
- 懲戒処分歴がないこと。以前の注意や処分がなければ、いきなり懲戒解雇は過重と評価されやすいです。
- 行為の内容・頻度・期間。短期間で単発的な行為や、被害の程度が限定的な場合は減軽要素になります。
- 被害者の影響と会社の対応。被害の重大さや会社が被害対応をどれだけしたかを見ます。
- 被告の反省や改悛の有無。反省が認められると懲戒の重さを下げる要素になります。
裁判所は、非難される行為であっても直ちに懲戒解雇まで飛び級することを認めていません。まずは警告・減給・出勤停止など段階的な対応を検討する必要があります。
2-2 懲戒解雇後に行った予備的普通解雇も無効とされた事例(東京地裁令和3年6月25日判決)
事案概要:職務怠慢やハラスメントを理由に会社が懲戒解雇を行い、同時に「懲戒解雇が無効なら普通解雇とする」という予備的な通知もしました。
裁判所は、会社が懲戒解雇の維持は難しいと認識しながらも解雇に固執し、解雇以外の手段を検討しなかった点を重視して両方を無効と判断しました。事実認定や手続きの不備、代替措置の検討不足が問題になっています。
実務上のポイント:解雇を前提にした対応は裁判所に否定されるリスクが高いです。段階的な処分、十分な調査、本人の弁明機会の付与、記録の保存を心がけてください。必要なら労務・法律の専門家に相談することをおすすめします。


コメント