はじめに
目的
本稿は、懲戒解雇と退職金の扱いについて、基本的な考え方をやさしく解説することを目的としています。懲戒解雇とは何か、退職金が支払われるかどうかをどのように判断するかを具体例を交えて説明します。
なぜ重要か
懲戒解雇は会社が行う最も重い処分で、労働者の将来に大きな影響を与えます。たとえば横領や暴力、長期の無断欠勤など、重大な規律違反が対象になります。退職金の支給可否は生活に直結するため、重要な問題です。
本稿の対象読者
会社で人事や総務を担当する方、または懲戒の対象になった可能性がある労働者とその家族を想定しています。専門家でない方にも分かる言葉で説明します。
読み方の案内
第2章で懲戒解雇の基本を説明し、第3章以降で退職金の扱いや判断基準、よくある誤解を順に取り上げます。具体的な事例を通じて、実務での注意点も分かりやすく紹介します。
懲戒解雇の基本
懲戒解雇とは
懲戒解雇は、勤務態度や行為が会社の秩序を著しく乱した場合に行われる最も重い懲戒処分です。退職金が支払われない場合や、その後の就職に影響が出る点で普通解雇と区別されます。
代表的な行為の例
- 無断欠勤が繰り返され、業務に支障をきたす場合(例:長期間連絡なく欠勤)
- 横領や背任など会社の財産を侵害する行為(例:売上金の着服)
- 重大なハラスメントや暴行(例:パワハラにより部下が休職)
- 業務に関連する重大な秘密漏洩や犯罪行為
普通解雇との違い
普通解雇は業務上の能力不足や経営上の理由が多く、事前の手続きや予告が必要です。懲戒解雇は労働者の責任が重い場合に適用され、会社はより厳格な理由と証拠を求められます。
懲戒解雇が認められるためのポイント
- 行為の重大性や反復性があること
- 行為と業務との関係が明らかであること
- 会社側が適切な調査や聴取を行っていること
- 就業規則に懲戒事由が明記されていること
手続と労働者の権利
会社は調査や説明の機会を設けるべきです。労働者は弁明し、異議を申し立てる権利があります。懲戒解雇に納得できない場合は、労働審判や裁判で争うことができます。
退職金は支給されるか
概要
退職金制度がある会社では、懲戒解雇であっても原則として退職金を支払う義務があります。しかし、自動的に全額不支給になるわけではありません。就業規則に減額・不支給の規定があり、行為の程度が著しい背信行為と認められる場合に限り、不支給や減額が認められることがあります。
支給が原則である理由
退職金は労働契約に基づく待遇の一つであり、会社の一方的な判断で簡単に取り消せません。就業規則に規定がない場合や、規定があっても運用が不明確な場合は支給される可能性が高いです。
不支給・減額が認められる場合の目安
代表的な例は横領や重大な背任、会社に重大な損害を与えた不正行為など、信頼関係を回復し得ない行為です。行為の悪質さ、被害の大きさ、故意か過失か、反省の有無などを総合して判断します。
手続きと実務上の注意点
会社は根拠となる就業規則、調査記録、処分理由を明確にする必要があります。裁判所は懲戒の相当性や過度な減額がないか慎重に見る傾向があります。
事例での考え方
・軽微な遅刻や失敗:通常は退職金支給の対象
・横領のような重大行為:不支給が認められることが多い
・判断が分かれる場合:部分的減額や争いになることが多く、証拠や手続きが重要です。
労働者ができること
就業規則を確認し、処分の理由や調査資料の開示を求めましょう。納得できない場合は労働相談窓口や弁護士に相談することをおすすめします。
不支給・減額が認められる要件
1 就業規則・退職金規程の明確な定め
退職金の不支給や減額を行うには、会社のルール(就業規則や退職金規程)に該当条項が明記されていることが原則です。たとえば「横領、重大な背信行為があった場合は退職金を支給しない」など具体的な記載が必要です。口頭での説明だけでは不十分な場合が多いです。
2 懲戒解雇が有効であること(重大な背信行為)
不支給・減額は、懲戒解雇が適法に行われた場合に認められやすいです。具体例は横領、業務上の重大な秘密漏えい、故意の虚偽報告などです。会社は事実を証拠で示す必要があります。
3 功績を抹消するほどの悪質性
単なるミスや小さな不祥事では退職金をゼロにすることは難しいです。過去の功績を全部なかったことにするほど悪質か、反省や被害回復の状況も考慮されます。たとえば長年の勤務で功績がある人物の一度の過失で全額カットは不相当と判断される場合があります。
4 会社側の立証負担と無効となる例
不支給を主張する側(会社)は事実関係と懲戒手続きの適正さを示す必要があります。手続きに瑕疵がある、証拠が薄い、就業規則の周知が不十分などの事情があれば裁判で不支給が無効とされることがあります。
5 従業員が取るべき具体的行動
まず就業規則や退職金規程を確認し、懲戒理由や証拠の有無を確認してください。可能なら記録を保存し、労働相談窓口や弁護士に相談して対応を検討しましょう。
よくある誤解と注意点
よくある誤解
「懲戒解雇なら退職金は絶対にゼロ」と思い込む人が多いです。しかし、裁判で会社が不支給を認められないケースもあります。行為の内容や勤続年数、就業規則の記述によって結果が変わります。
具体例で考える
- 横領や重大な犯罪で懲戒解雇された場合は退職金が不支給になる可能性が高いです。判例でも重度の背信行為は不支給が認められやすいです。
- 勤怠の小さな繰り返しや軽い規律違反だけで長年勤めた社員の退職金を全部カットすると、不当と判断されることがあります。裁判で一部支給を命じられた例があります。
就業規則の重要性
就業規則に「退職金不支給の根拠」が明確に書かれているかで判断が左右されます。具体的な行為や程度が曖昧だと、会社側は不利になります。就業規則が労働者に周知されているかも重要です。
労働者・会社それぞれの注意点
- 労働者は、懲戒理由の説明や証拠の提示を求め、必要なら労働基準監督署や弁護士に相談してください。証拠(出勤記録やメールなど)を保存しましょう。
- 会社は、懲戒処分の手続きと理由を丁寧に記録し、公正な調査を行う必要があります。安易な一律不支給はリスクが高いです。
相談のすすめ
判断は個別事情で変わるため、専門家に相談することをおすすめします。労働基準監督署、労働組合、弁護士などが初動では頼りになります。
懲戒解雇と退職金の関係まとめ
要点の整理
- 懲戒解雇は重大な規律違反や背信行為に対する最も重い処分です。退職金は原則として支給対象になりますが、不支給や減額も認められる場合があります。
- 不支給・減額が認められる要件は主に三つです。
- 就業規則に退職金不支給・減額の明文があること(例:横領や重大な背信行為を明記)。
- 懲戒解雇の手続きが適正であり、有効と認められること。
- 行為の内容が退職金を減じるほど重大であること(横領、長期無断欠勤、重大な秘密漏えいなど)。
- 一律に全員の退職金をゼロにする運用は認められにくいです。
実務上の注意点
- 就業規則をまず確認してください。具体的な文言が決定に大きく影響します。
- 懲戒処分の際は事実関係の記録と手続きを丁寧に行うことが重要です。社内での聞き取りや証拠保全を怠ると争いになりやすいです。
- 退職金は個別に判断されます。類似の事案でも態様や影響で結論が変わることがあります。
争いになった場合の対応
- 証拠(出勤記録、メール、金銭の流れなど)を整理してください。裁判所や労働審判は個別の事情を見て判断します。
- 納得できない場合は早めに労働相談窓口や弁護士・社会保険労務士に相談してください。相談で争点が整理でき、解決の道筋が見えます。
退職金の不支給・減額は例外的な扱いになりがちです。まずは規程の確認と事実の整理を行い、必要なら専門家に相談してください。


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