はじめに
本稿は、就業規則における有給休暇(年次有給休暇)の消化ルールの重要性と、その具体的な記載例、法律上のポイント、就業規則で決めておくべき項目、さらに退職時の有給消化に関するトラブル防止策について解説します。
背景と重要性
有給消化のルールがあいまいだと、従業員側は取得しづらく、企業側は運用で混乱します。たとえば、退職時に残日数の扱いで争いになることが多く、労使関係に悪影響を及ぼします。明確なルールは取得促進とトラブル予防の両方に役立ちます。
読者と目的
人事・総務担当者、経営者、就業規則を見直す責任者、または従業員に向けて実務的に使えるガイドを提供します。具体的な書き方例を通じて、すぐに就業規則へ反映できるようにします。
本稿の構成
第2章で法律上のポイント、第3章で就業規則に入れるべき項目、第4章で書き方例、第5章で退職時のトラブル防止策を順に説明します。
有給消化の法律上のポイント
年5日取得義務
年次有給休暇が年10日以上付与される労働者には、会社が年5日以上の取得を確保する義務があります。労働者が自発的に取得しない場合、会社は時季を指定して有給を取得させる必要があります。単に取得を促すだけでなく、実際に取得が行われるよう措置を取る責任があります。
時季指定と時季変更権
有給は原則として労働者が申請する権利ですので、一律の拒否は認められません。労働者が取得しないときは会社が時季指定できますが、事業の正常な運営を妨げるやむを得ない事由がある場合は、会社は時季を変更できます(時季変更権)。例えば、繁忙期に最低限の人員が必要な場合などです。ただし、変更する場合は代替の日を示すなど労働者の利益にも配慮してください。
労働者の権利と会社の実務対応例
労働者は有給の取得を申請する権利があります。会社は理由なく拒否できません。実務では、まず取得状況を把握し、取得が進まない場合は個別に働きかけます。自発的取得が見込めないときは、具体的な日程を提示して時季指定を行います。
実務上の注意点
取得状況や時季指定の記録を残すことが重要です。労使で話し合った内容や会社が指定した日程、理由を文書化しておくとトラブル防止になります。時季変更は例外的手段と考え、必要最小限にとどめることをおすすめします。
就業規則で決めておく主な項目
付与基準日・付与日数のルール
付与基準日(入社日基準、4月1日など)と基準に応じた日数を明記します。例:入社後6カ月で10日、その後1年ごとに1日増、最大20日。基準日の扱い(端数の計算方法)も示します。
申請方法・期限
年休の申請手続き(社内システム・書面)、申請の締切や承認フローを定めます。例:半日前は前日17時まで、通常は3日前まで。承認に要する目安日数も明記すると運用がスムーズです。
半日休・時間単位年休の可否と単位・上限日数
半日休や時間単位(1時間単位など)を認めるか明記します。例:時間単位は1時間単位、年間上限5日分まで。給与扱いや残業調整の方法も合わせて記載してください。
時季変更のルール
使用者が時季変更(事業の正常な運営のため年休を移す)する条件と手続き、通知期間を決めます。例:繁忙期3月に取得不可とする際は事前に1カ月前に通知する、といった具体例を盛り込みます。
年5日取得義務への対応
年5日取得義務に関する会社の方針(取得促進措置、未取得時の対応)を明文化します。例:対象者に対する取得状況の確認や計画提示の義務、未取得分の時季指定のルールを定めます。
計画年休制度の導入時の対象日数・取得方法
計画年休を導入する場合は対象となる年休日数、申出方法、会社の指定日数を明記します。例:年次有給のうち3日を計画年休として会社が指定できる、社員はそのうち優先希望日を申請する、など運用フローを具体化してください。
有給消化を促進する具体的な書き方の例
はじめに
就業規則では具体的な条文例を示すと運用が安定します。以下は実務で使いやすい表現例と運用上の注意点です。具体的な文言は御社の運用に合わせて調整してください。
会社が時季指定して与える場合(年5日)
例文:”当社は、年10日以上の年次有給休暇が付与された労働者について、付与日から1年以内に5日分を会社が時季指定して取得させることがある。”
解説:付与日を明記し、年度単位か付与日基準かを指定するとトラブルが減ります。
労働者の請求する時季と変更のルール
例文:”年次有給休暇は原則として労働者が請求した時季に与える。ただし、事業の正常な運営に著しい支障があると認められる場合は、当社は時季を変更できる。その際、変更の理由と変更日を文書または電子メールで速やかに通知する。”
解説:変更理由の説明と通知方法を明文化すると納得感が高まります。
与え方の単位(1日、半日、時間)
例文:”年次有給休暇は原則1日単位で与える。会社は半日単位(就業日を2分割)または時間単位(1時間単位)での取得を認めることがある。時間単位の最小単位は1時間とする。”
解説:時間単位を採用する場合は最小時間と計算方法を定めてください。
申請・承認の手続き例
例文:”有給休暇の取得は所定の申請書または社内システムで申請し、原則として3営業日以内に承認または却下を通知する。申請は取得希望日の〇日前までに行うことを原則とする。”
解説:期限を設けると運用が円滑になります。
運用上の注意
・付与日や計算方法は明確にする。
・残日数の管理方法を周知する。
・半日・時間単位の開始時刻や端数処理を決めておく。
以上の例を元に、御社の実態に合わせて条文を整えてください。
退職時の有給消化をめぐるトラブルを防ぐには
退職時は有給消化をめぐる誤解やすれ違いが起きやすい場面です。トラブルを減らすには、就業規則や社内ルールで具体的に運用を決め、申請から承認、引き継ぎまでを明確にしておきましょう。
就業規則に明記するポイント
- 最終出社日と退職日の扱いを明確にする。例:最終出社日を勤務終了日とし、退職日までを有給で充当できるかを定める。
- 長期連続取得の取り扱い。引き継ぎ完了を前提とする旨や、連続日数の上限を示す。
- 残日数の取り扱いと賃金計算方法を明記する(買い取りの可否や精算方法)。
申請と承認のプロセスを整備する
- 有給申請の窓口や提出期限、承認フローを定める。例:直属上司→人事で3営業日以内に判断。
- 緊急時や連絡がつかない場合の代替手続きや担当者を決めておく。
引き継ぎと実務ルール
- 引き継ぎチェックリストや完了基準を用意し、担当者を明示する。
- 長期休暇中の連絡方法や、必要なら代替出社・リモートでの引き継ぎ条件を定める。
記録と透明性を保つ
- 口頭だけでなく申請・承認の記録を必ず残す(メールやシステムの履歴)。
- 有給残日数や賃金計算の内訳を提示し、誤解を生まないようにする。
法令確認と専門家のチェック
- 就業規則を整備するときは最新の法令や行政解釈を確認し、必要なら社労士や弁護士のチェックを受ける。
事前にルールを整え、社内で周知すれば退職時のトラブルは大幅に減ります。実務で起きやすい場面を想定して、あらかじめ対応を決めておきましょう。


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