はじめに
この連載は、有給休暇の「強制取得」について、法律の要点と現場でよくある疑問をやさしく整理するために作りました。会社が日を決めることはあるのか、従業員が取得を拒めるのか、違法な強制とはどんな場合か――そうした問いに具体例を交えて答えます。
主に次の点を扱います。
- 有給休暇の基本的な権利と会社の義務
- 「強制取得」と「時季指定」の違い
- 2019年に導入された年5日の取得義務の意味
- 計画年休制度で会社が日を決める仕組み
- 有給を取らない自由の範囲
本記事は、労働基準法などの専門用語をできるだけかみくだき、実務で使える理解を目指します。労使どちらの立場の方にも役立つよう、具体的な場面を想定して説明しますので、気になる箇所から読み進めてください。
有給休暇は誰のものか?基本ルールを整理
労働者の権利
有給休暇は労働者が働いた対価として与えられる権利です。休むことで賃金が支払われるため、生活や健康の維持に役立ちます。原則として、いつ有給を取るかは労働者が決めます。
使用者の義務
使用者は、労働者が有給を請求した時季に、その申請を認めるよう努めなければなりません。無理に「有給を取らせない」対応は許されません。会社は有給を与える義務があります。
例外と配慮事項
ただし、同じ日に多数の社員が同時に有給を取ると業務に支障を来す場合など、会社には調整の必要が生じます。そうしたとき会社は事情を説明し、別の日の提案や調整を行うべきです。具体的には、イベント日や繁忙期に複数人が重なる場合が該当します。
具体例
・子どもの学校行事のために休みを申請した場合:原則認められます。会社は代替日を求める前に調整を検討します。
・繁忙期に多くの申請がある場合:会社が業務維持のために調整を求めることがありますが、理由を明確にして代替案を示すべきです。
この章では「有給は労働者のもの」であることを基本として、会社側も業務との両立を図る責任があることを押さえます。
「有給消化の強制」は違法なのか
原則
原則として、使用者が労働者の意思に反して有給休暇の取得を強制したり、本人の同意なく有給扱いにする行為は認められません。有給休暇は労働者の権利であり、会社が一方的に消化させることは違法となる場合が多いです。
具体的な問題となるケース
- 退職前に「残日数を全部有給にする」と一方的に決める
- 欠勤や遅刻を本人に確認せずに有給扱いにする
- 休職や出勤停止の期間を本人の同意なく有給で埋める
これらは労働者の意思を無視するため問題になります。
違法となる理由
有給は労働者が自由に取得できる権利です。使用者が同意なく日を振り替えたり扱いを変更すると、権利を侵害することになります。裁判例や行政実務でも、同意のない一方的な有給消化は違法と扱われることが多いです。
取るべき対応
- メールや書面でやり取りを残す
- まずは上司や総務に事実確認と訂正を求める
- 解決しない場合は労働組合や労働基準監督署に相談する
- 必要なら弁護士に相談する
なお、会社が一定の条件で取得日を指定できる「時季指定」については別章で詳しく説明します。
2019年からの「年5日の有給取得義務」と“強制”の違い
概要
2019年の改正で、会社には「年10日以上の有給が付与される労働者に対し、毎年5日以上の有給を確実に取得させる」義務が生じました。これを時季指定義務と呼びます。会社は、労働者自身が申請した日数を含めて5日に満たない場合、足りない分の日にちを指定できます。
具体例で考える
- 例1:有給が年間12日付く人が、本人申請で3日休んだ場合→会社は残り2日を指定して取得させる必要があります。
- 例2:同じ人が本人申請で5日取った場合→会社は指定する必要はありません。
- 例3:本人が全く申請しなければ→会社は5日分を指定して取得させます。
“強制”との違い
「会社が日を指定する」ことは、会社の義務に基づく時季指定であり、必ずしも違法な“強制”ではありません。したがって、会社が不足分だけを指定する範囲であれば適法です。
しかし、業務に著しい支障がある場合や合理性のない指定は問題になります。会社は業務の都合を説明しつつ、労働者の希望も考慮する必要があります。
実務上のポイント
- 労働者が自ら申請した日数も5日に含まれることを明示してください。
- 会社が指定する日は「不足分だけ」であることを確認してください。
- 指定理由や時期の調整を記録しておくとトラブル防止になります。
違法な「強制」と、適法な「時季指定」の違い
違法な「強制」とは
違法な強制は、労働者の同意を得ずに会社が一方的に有給取得日を決めることです。たとえば「あなたは休みたくないと言っているが、勝手に有給にする」といった行為や、有給を取らせることで懲罰や査定に結びつけるような運用は違法となります。労働者の意思を無視して命じる点が問題です。
合法な「時季指定」とは
会社は、労働者が希望しないときや未取得のまま放置されたときに、一定の範囲で取得日を指定できます。特に年5日の取得義務に関する未取得分については、会社が時季を指定することが認められます。業務の繁忙や人員配置を理由に日を指定することが可能です。
境界線と注意点
・一方的に5日を超える有給を指定するのは問題になります。
・大勢に一律に割り当てる場合は労使での調整や協議が必要です。
・理由を説明し、労働者の事情も考慮することが重要です。
具体例を挙げると、欠員が出る繁忙期に未取得の1〜3日分を指定するのは妥当でも、年20日分すべてを無断で指定すると違法となる可能性が高いです。次章では会社が日を決める別の仕組み「計画年休制度」について説明します。
「計画年休制度」で会社が日を決める場合
概要
計画年休制度は、労使協定に基づき、会社が有給休暇のうち一定日数をあらかじめまとめて取得日を指定する仕組みです。ご提示のとおり、付与日数のうち5日を超える部分について計画的に指定する取り扱いが想定されています。祝日と連動した連休調整や繁忙期の休業日設定に向きます。
労使協定の要点
- 労使協定が必須です。労働者代表の合意なく一方的には運用できません。
- 協定で対象範囲(日数や指定方法)と周知方法を明確にします。
- 指定日を決める権限と変更手続きも協定に盛り込みます。
実務上の注意点
- 事前の周知を徹底してください。年初や指定前にカレンダー等で知らせます。
- 育児や介護など個別事情を考慮する姿勢を示すとトラブルを避けられます。
- 計画年休は有給の一種です。賃金扱いや欠勤扱いの区別に注意してください。
- 労働者の同意が得られない場合は相談や代替日を検討します。
違反した場合の影響
- 有給取得を理由にした不利益取扱いは禁じられます。
- 協定を無視した一方的な指定は無効となる可能性が高く、行政指導や是正の対象になります。
- 紛争が起きたら労働基準監督署や労使協議で解決を図ります。
運用ではルールを明確にし、労使間の合意と丁寧な説明を欠かさないことが重要です。
「有給を取らない自由」はどこまで認められるか
概要
原則として、有給休暇を使うかどうかは労働者の自由です。年5日の時季指定義務分を除き、有給を消化しないこと自体に罰則はなく、全部使い切る義務もありません。
会社が指定できる場合
会社は業務に支障があるとき、労働者の申し出がない場合に時季指定で取得日を決められます。特に法律で定められた年5日分については、会社が取得時期を指定することが認められます。就業規則や労使協定で「計画年休」を導入している場合は、会社があらかじめ日を割り当てます。
取らない選択をした場合の注意点
有給を取らないこと自体は労働者の権利です。会社が一方的に消滅させたり、未取得を理由に懲戒するのは違法です。ただし、会社が適法に時季指定や計画年休を行った場合は、指定された日は取得扱いとなります。
具体的な対応
まず就業規則を確認してください。会社の指定があるか、手続きはどうかを確認し、疑問があれば書面で相談や記録を残しましょう。争いになったら最寄りの労働基準監督署や労働相談窓口に相談することをお勧めします。


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