はじめに
本資料の目的
本資料は、就業規則に副業に関する記載がない場合の法的解釈と、企業・従業員が現場で取るべき対応を分かりやすく整理することを目的とします。実務で迷いやすい点を具体例で示し、意思決定の助けになる情報を提供します。
想定読者
・人事担当者や経営者
・副業を検討している従業員
・労務管理に関心のある担当者
本資料で扱う主なテーマ
- 副業規定がない場合の法的解釈
- 副業禁止規定の有効性と限界
- 厚生労働省のモデル就業規則の考え方
- 就業規則に副業規定を追加する際のパターンと記載例
- 労働時間管理、健康管理、秘密保持の留意点
読み方のポイント
各章は実務で役立つ視点を重視して構成しています。具体例を交えて説明しますが、個別の事案では判断が分かれることがあります。最終的な対応を決める際は、必要に応じて労務専門家や弁護士に相談してください。
就業規則に副業規定がない場合の法的解釈
概要
就業規則に副業の記載が一切ない場合、原則として労働者は勤務時間外に自由に副業できます。勤務時間外の私生活や活動は基本的に本人の自由であり、会社が一方的に全面禁止することはできません。
原則的な考え方
・勤務時間外での労働や活動は、労働者の自由です。例えば、夜間に飲食店で働く、週末に家庭教師をするなどは原則許容されます。
ただし押さえておくべき点
・本業に支障をきたす場合(勤務時間に遅刻する、疲労で業務に支障が出るなど)は問題になります。\n・競業や機密情報の漏えい、会社の信用を傷つける行為は許されません。\n・副業の労働時間が本業と通算され、割増賃金や健康管理の問題につながる場合があります。
会社が取るべき対応
就業規則に規定がなければ、まず個別に確認・相談するのが望ましいです。会社は一方的に処分する前に、事実確認と影響の有無を確認し、必要ならば就業規則の整備や届出制の導入を検討します。
具体例
・許容されやすい例:週末にカフェで働く(本業に影響がなければ可)。\n・問題になりやすい例:同業の競合企業で重要業務を行う、会社の顧客情報を利用する行為。
上記を踏まえ、就業規則に定めがない場合でも、責任ある行動と事前の相談が大切です。
副業禁止規定の法的有効性と限界
一般的な考え方
労働者の勤務時間外の活動は原則として自由です。裁判例も、勤務時間外の副業を全面的に禁じることには慎重であると示しています。企業が副業を禁止するには、具体的かつ合理的な理由が必要です。
禁止・制限が認められる典型例
- 労務提供に支障が出る場合(例:夜勤従業員が副業で疲れて本業に支障)
- 企業秘密や顧客情報が漏れる恐れがある場合(例:顧客名簿を他社に利用)
- 会社の名誉や信用を傷つける行為(例:SNSで会社を中傷)
- 競業によって会社の利益を害する場合(例:同業の出張販売)
有効性の判断基準
禁止の範囲は必要最小限であることが求められます。例えば「あらゆる副業の禁止」は過度と判断されやすく、特定の業種や業務に限定した禁止の方が有効性が高まります。理由の説明、具体的な事例、手続き(届出や承認)を就業規則に明記することが重要です。
運用上の注意点
懲戒や解雇などの制裁を行う際は、違反の程度と会社への影響を総合的に判断してください。処分は必要かつ相当な範囲にとどめるべきです。従業員との個別の話し合いで解決を図ることが望まれます。
企業側の法的責任と制限の可能性
前提と法的根拠
就業規則に副業禁止の規定がなくても、企業は従業員の「誠実義務」や服務規律に基づき対応できます。具体的には本業への支障、企業秩序の乱れ、利益相反が生じる場合に指導や制限が可能です。裁判例も個別の事情で判断する姿勢を示しています。
制限できる具体例
- 利益相反:競合他社で働く、取引先と個人的に契約する場合。例:同じ業界で機密を使う副業。
- 勤務時間・疲労:本業の勤務時間に影響する夜間の長時間労働。
- 会社資源の私的利用:社用PCや顧客名簿を使う副業。
- 安全・健康:業務に支障を与える過度な副業。
手続きと制限の限度
企業は個別に事情を確認し、必要最小限の措置を取るべきです。口頭注意で改善を促す、届出や事前承認を求める、特定業務の兼業を禁じるなどが考えられます。処分を行う場合は、具体的な証拠と比例性が必要です。
違法となりやすい対応
- 一律の全面禁止(合理性を欠く場合)。
- 私生活への不当な干渉や差別的扱い。
実務的ポイント
まずは就業規則の整備と届出・承認の運用ルールを明確にしてください。個別対応の記録を残し、必要に応じて専門家に相談すると安心です。
厚生労働省のモデル就業規則と推奨方針
概要
厚生労働省は副業・兼業を促進する方針を示し、モデル就業規則で副業を原則容認する例を提示しています。勤務時間外に他の会社の業務に従事できる旨を明記し、必要に応じて届出や許可を求める運用を想定しています。
主なポイント(具体例を交えて)
- 勤務時間の外であれば副業を可能とする規定
例:本業が終わった夜間や休日にオンライン家庭教師を行う。 - 届出制・許可制の導入
例:簡単な届出フォームで内容を申告し、会社は業務への支障や利益相反を確認して承認する。 - 労働時間管理の義務付け
例:副業時間を含めて長時間労働にならないようにするため、自己申告や勤怠の通算管理を促す。 - 競業避止や秘密保持の限定的適用
例:同業種で重要な技術情報を扱う場合は制限を設けるが、必要最小限に留める。
企業への提言
分かりやすい基準、簡素な届出手続き、健康や安全への配慮窓口を用意すると運用が円滑になります。従業員の成長や人材活用を図る観点から、柔軟なルール設計を目指してください。
就業規則に副業規定を追加する際の2つのパターン
許可制
許可制では、従業員が副業を行う前に会社へ申請し、会社が内容を審査して許可を出します。会社は業務への支障、競業、秘密情報の漏えい、勤務時間の重複などを基準に判断できます。メリットはリスク管理がしやすく、問題が起きる前に対処できる点です。デメリットは従業員の自由を制限しやすく、不許可の基準が曖昧だとトラブルになりやすい点です。
届出制
届出制は、従業員が副業開始後または開始前に内容を会社へ報告する方式です。会社は報告内容を把握して必要に応じて注意や指導を行えます。メリットは従業員の自律性を尊重し、手続きが簡便な点です。デメリットは事前チェックが弱く、後から問題が発覚するリスクがあります。
実務での選び方と記載例のポイント
- 会社の業務特性によって選びます。情報流出や競合リスクが高い業種は許可制が向きます。顧客対応が少なく裁量が大きい職種は届出制でも対応できます。
- 許可・不許可の基準を具体的に例示します(例:競合業務、同一顧客への提供、勤務時間の超過など)。
- 処理期間を定めます(例:申請後14日以内に判断)。
- 違反時の対応を明確にします(注意、業務命令、最悪は懲戒)。
両制度を組み合わせる運用も有効です。原則届出、要注意業務は許可制とすることで柔軟に対応できます。
届出制導入時の具体的な記載内容
届出の目的と対象
届出制は副業の実態把握と本業への支障や健康被害の防止を目的とします。対象は副業を行う全従業員と明記します。
必須届出項目(例)
- 契約形態:雇用・業務委託・請負など
- 副業先の氏名・事業者名と事業内容(具体例を添付)
- 契約締結日・契約期間(開始・終了予定)
- 所定労働日・曜日、1日あたりの想定労働時間
- 始業・終業時刻(例:19:00~22:00)
- 連絡先(緊急連絡用)
- 報酬の形態・概算(任意にする場合は明記)
提出時期と様式
副業開始前に書面または電子フォームで提出とし、提出期限(例:開始日の7日前)を定めます。様式は記入例を添えて配布します。
会社の確認と対応
会社は届出内容を受領後、業務上の支障・競業・法令違反・健康リスクを確認し、必要に応じて面談や条件変更を求めます。拒否基準を具体的に示すと運用が安定します。
変更・更新の管理
契約内容に変更があれば速やかに再届出を義務付け、保管期間や閲覧権限を明確にします。
記載例(就業規則用)
「従業員は副業を行う場合、当社所定の届出書により事前に申告しなければならない。届出には契約形態、相手方の事業内容、労働日・時間および契約期間を記載すること。」
労働時間の通算管理と割増賃金の考慮
通算管理が必要な理由
副業を認めると、本業と副業の労働時間を合算して労働時間を把握する必要があります。合算して法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えると、会社は時間外労働に関する手続きや割増賃金の負担が発生します。従業員の健康確保のためにも管理が重要です。
通算の具体的な計算例
具体例で分かりやすく説明します。例えば、本業が1日6時間、副業が1日3時間ある場合、合計は9時間になります。この場合、法定の8時間を1時間超えているため、超えた1時間分は時間外労働となり割増賃金の対象です。
36協定と割増賃金の基本
時間外労働を行うには、会社と労働組合または従業員代表との間で36協定を結ぶ必要があります。時間外分には割増賃金が発生します。通常の時間外は割増率が適用され、深夜や法定休日の労働はさらに高い率が適用されます。
企業が取るべき具体策
- 就業規則や副業届に「副業時間を申告し合算する」旨を明記する。
- 月次で副業時間を含めた集計ルールを定める。出勤簿や勤怠システムで記録することを推奨します。
- 超過が見込まれる場合は事前に調整や休息の確保を行う。
- 支払い方法(割増賃金の算出と支給タイミング)を明確にしておく。
健康面への配慮
通算管理は賃金対応だけでなく、過重労働の防止にもつながります。長時間労働が続く従業員には面談や医師の診断を促すなど、早めの対応が大切です。
健康管理と副業制限の可能性
企業の健康管理責任
副業を認めても、従業員の健康管理は企業の重要な責任です。長時間労働や睡眠不足は業務上の事故や疾病につながります。企業は副業が本業の安全や健康に与える影響を把握する必要があります。
禁止・制限が認められる場面と具体例
業務の安全や健康に重大な影響が出る恐れがある場合、就業規則で副業を禁止・制限できます。たとえば、夜勤を伴う看護師が昼間に長時間のアルバイトをする場合や、長距離運転を行う従業員が副業で深夜の配送を行う場合です。こうしたケースでは休息確保や勤務間インターバルの遵守を求めます。
届出時の確認項目
副業届け出書には総労働時間(本業+副業)、副業の時間帯・内容、危険業務の有無、疲労や健康状態に関する自己申告欄を設けます。必要に応じて医師の診断書提出を求めることもできます。
状況報告と対応の流れ
従業員と事前に報告頻度(週次・月次など)と報告方法を協議します。健康問題が疑われる場合は一時的な副業停止や勤務調整を行い、改善がなければ更なる措置を検討します。企業は対応理由と期間を明確に伝え、従業員の理解を得る努力をします。
秘密保持義務と競業避止義務
意味と重要性
企業は自社の営業情報や技術情報を守る必要があります。秘密保持義務は従業員に対し機密を外部に漏らさないよう求めるルールです。競業避止義務は在職中や退職後に競合する業務へ就くことを制限する考え方です。副業を認める場合、これらを明確に定めると企業の利益を守りやすくなります。
就業規則への記載例(実務的)
・業務上知り得た情報は在職中も退職後も第三者に開示してはならない。
・副業先で当社と競合する事業への従事を禁止する。
・違反した場合の懲戒や損害賠償について具体的な処分を定める。
具体例を示すことで従業員の理解が深まります。
適正な範囲と留意点
競業避止は過度に広いと無効となる可能性があります。職務内容、期間、地域などを限定し、必要性と相当性を説明します。報酬補償を設定するケースもあります。
違反時の対応と社員教育
まず事実確認を行い、説明を求めます。故意や重大な過失があれば懲戒や損害賠償を検討します。日常的に機密管理や副業ルールの説明会を開き、予防を重視してください。


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