はじめに
目的
本資料は、退職の意思を会社に伝える適切な時期について、法律上のルールと実務上の配慮をわかりやすく説明することを目的としています。退職手続きで迷いや不安を抱える方に向け、具体的な判断基準と実務的な対応を提示します。
対象読者
- 退職を考えている従業員
- 人事担当者や管理職で退職対応をする方
- 労務の基本を知りたい方
本資料の使い方
各章で法律の基礎、就業規則との関係、特殊な雇用形態や解雇との違いを順に解説します。まずは本章で全体像を把握し、実務的な推奨時期やリスクの項目で具体的な対応を確認してください。
本章で伝えたい要点
- 退職は法律上「原則2週間前の予告」が基本です。
- 実務では引継ぎや職場の調整を考え、1〜3ヶ月前の申し出が望まれることが多いです。
- 後の章で、雇用形態や就業規則の違い、円満退職に向けた具体的な手順を詳しく説明します。
法律上の基本ルール(2週間が原則)
概要
民法627条1項により、退職の申し入れをしてから2週間を経過すると雇用は終了します。これを「退職予告期間」と呼び、法律上の最短期間は2週間です。例えば1月1日に退職の意思を伝えれば1月15日が退職日になります。
適用対象
無期雇用の正社員など、雇用期間の定めがない労働契約に適用されます。会社の承諾なしに一方的に退職する場合にこの規定が働きます。
意味と具体例
条文は「解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」と定めます。会社が同意すれば即日退職も可能です。たとえば、上司に口頭で申し出て会社が承諾すれば当日付で退職できます。
注意点
有期契約(期間を定めた契約)は契約満了で終了するため、満了前の退職は契約違反となることがあります。また、予告なく辞めると会社が損害賠償を請求する可能性もあります。
手続きのポイント
退職届は書面で出すと後のトラブルを避けられます。申し入れと退職日を明確にし、引継ぎや有給消化の調整を行ってください。
民法改正による変更点
背景
2020年4月1日に民法が改正され、退職に関する扱いが見直されました。改正前は会社・従業員とも同じルールが適用されることが多く、退職の取り扱いで混乱することがありました。改正は労働者の「解約の自由」を守るための重要な一歩です。
主な変更点
- 労働者が自ら退職の意思を示す場合、原則として2週間の予告で退職できます。これは従来の運用と整合します。
- 企業側からの一方的な解雇と労働者の退職は、法の扱いが区別されるようになりました。
労働者に与える影響
この改正で、働く側は比較的短期間で退職を決めやすくなりました。急な転職や家庭の事情にも対応しやすくなります。とはいえ、就業規則や雇用契約で別の手続きが定められている場合は、その確認が必要です。
具体例
金曜日に退職の申し入れをした場合、原則として2週間後の同じ曜日で退職できます。引継ぎや業務調整は別途合意があれば延長できます。
実務上の注意点
企業は就業規則や労使協定を整備し、退職手続きと引継ぎのルールを明確にしてください。労働者は退職の意思表示を文書で残すと後のトラブルを防げます。
特殊な雇用形態における予告期間
年俸制など長期報酬の場合(3か月前の申入れ)
報酬が6か月以上の期間を基準に定められている場合は、退職の申入れを3か月前に行う必要があります(民法627条3項)。例えば年俸制で1年間の報酬が定められている契約では、退職を申し出る際は原則3か月前に伝えます。雇用者と合意すれば早めに退職することも可能です。
有期雇用(契約社員・派遣社員)の取り扱い
有期契約は原則として契約期間満了まで続きます。期間途中での一方的な退職は認められにくく、 “やむを得ない事由” がない限り退職できません。やむを得ない事由の例としては、重大な健康問題や親族の急病、使用者の著しい契約違反(未払いなど)があります。期間満了時に退職する場合は、契約や就業規則に定めた手続きに従ってください。
実務上の注意点
まず契約書や就業規則を確認し、疑問があれば早めに雇用者と相談しましょう。早期に辞めたい場合は書面での合意を取るとトラブルを避けやすいです。必要なら労働相談窓口に相談してください。
就業規則との関係性
就業規則が定める長い予告期間
多くの会社は就業規則で「1か月前」「2か月前」といった長い予告期間を定めます。これは企業側の業務調整のためです。ただし、就業規則の定めが労働者に一方的に不利な場合、法的に有効とはならないことがあります。
民法との優先関係と裁判例
裁判所は民法の定める予告期間(本稿では原則として2週間)を使用者のために延長することはできないと判断しています。したがって、労働者が民法に基づき2週間で退職の意思表示をした場合、その期間が経過すれば雇用契約は終了します。就業規則に長い期間が書かれていても、雇用者が一方的にそれを強制するのは難しいです。
実務上の注意点
- 就業規則は内部規律としての効力が強いので、まず確認してください。
- 会社は長い予告期間を理由に業務引継ぎなどを求めることができますが、退職そのものを無効にする主張は認められにくいです。
- 書面やメールで退職の意思を残しておくと後のトラブルを避けやすいです。
具体例
就業規則に「1か月前」とある会社で、社員Aが民法上の2週間で退職を申し出た場合。Aが2週間後に出勤しなければ、法的には雇用は終了します。ただし、双方の合意で引継ぎ期間を延ばすことは可能です。
解雇と退職の予告期間の違い
基本的な違い
退職(労働者からの申し入れ)と解雇(会社からの申し入れ)では、予告に必要な期間が異なります。労働者は一般に2週間前の申し出で退職できますが、会社が従業員を解雇する場合は法律上、少なくとも30日前に予告する必要があります。
会社が解雇する場合のルール
会社が30日未満で解雇する場合、30日分の平均賃金を「解雇予告手当」として支払わなければなりません。支払いは通常の賃金計算と同様に平均賃金で算定します。急を要するやむを得ない事情がある場合は例外となることがありますが、使う場面は限定されます。
労働者が退職する場合のルール
労働者は原則として2週間前に意思表示すれば退職できます。会社側が早期に受理することもありますが、就業規則や雇用契約で別の取り決めがある場合はそちらが優先することがあります。
具体例
- 例1(退職): 6月1日に退職を申し出れば、6月15日で退職可能(2週間の場合)。
- 例2(解雇): 会社が6月1日に解雇予告する場合、通常は6月30日までに予告するか、予告を省略するなら30日分の平均賃金を支払います。
注意点
就業規則や雇用契約で短く定めても、解雇予告の保護(30日または解雇予告手当)は削れません。退職と解雇で立場が逆転すると実務上の負担や金銭負担が変わるため、双方が事前に確認しておくことをおすすめします。
実務的な推奨時期
法的基準と実務の目安
法律上は「2週間前」で問題ありません。ただ、円満退職を目指すなら就業規則や業務引継ぎを考慮する必要があります。一般的には1〜2ヶ月前の申告が基本です。
実務的に望ましいタイミング
- 就業規則に記載がある場合:規則に従い1〜2ヶ月前
- 引継ぎが必要な業務:2ヶ月程度前
- 有給消化や引き留めの可能性も考慮する場合:1.5〜3ヶ月前
職種別の目安(例)
- 一般社員:1ヶ月前でも対応可能だが、引継ぎ時間を確保するなら1.5〜2ヶ月前
- 管理職・キーパーソン:2〜3ヶ月前を推奨。後任探しや業務の棚卸しが必要です
- プロジェクト参画者:プロジェクト区切りに合わせ、事前に相談して調整する
申し出の進め方
- まず直属の上司に早めに口頭で相談する(非公式の段階)
- 引継ぎ案や有給消化の希望日を整理して提示する
- 正式な退職届を提出する(就業規則に従う)
注意点
引き留めや引継ぎの負担増を避けるには、早めの相談と具体案の提示が有効です。退職日が確定したら、業務マニュアルや後任教育の計画を残すと会社との関係が良好に保てます。
予告義務を果たさない場合のリスク
法的リスク
予告なしに退職して会社に損害を与えた場合、会社は民事上の損害賠償を請求できる可能性があります。契約や就業規則で特別な取り決めがある場合はそれに基づきます。実際の損害が証明されれば、裁判で賠償を命じられることがあります。
金銭的リスク
短期の欠員でプロジェクトが遅延したり、代替人員の手配に追加費用がかかったりすると、会社はその分を損害として計上します。賠償責任が認められると、想定外の支払いを求められる恐れがあります。
社会的・実務的リスク
職場の信頼を失い、同業他社や紹介先からの評判にも影響します。急な退職は同僚の業務負担を増やし、社内の関係悪化を招くこともあります。
対処と予防
最低でも法律で定める2週間の予告を行ってください。書面で伝え、引継ぎの意思を示すとリスクが下がります。万が一、会社から賠償を求められたら、労働基準監督署や弁護士に相談してください。
まとめと実践的なガイドライン
要点の整理
・法律上は期間の定めがない雇用では、退職の2週間前の申し出が原則です。
・就業規則や雇用契約で長めの期間を定めている場合は、その規定に従います。
・引継ぎや有給消化、職場の調整を考えると、実務上は1〜3ヶ月前の申し出が望ましいです。
実践的なガイドライン(5ステップ)
- 就業規則・雇用契約を確認する。期限があるかまず確認します。
- 上司に口頭で相談し、退職希望日を伝える。できれば書面でも提出します。
- 引継ぎ計画を作成する。主な業務と必要な期間を具体的に示します。
- 有給休暇の消化や最終出勤日の調整を行う。残業や納期も考慮します。
- 円満退職を心がけ、感謝を伝える。後任やチームの負担を減らします。
ケース別の対応例
・急に辞めたい場合:法的には2週間で退職可能です。ただし関係悪化を避けるため、事情を丁寧に説明します。
・繁忙期やプロジェクト中:可能なら早めに申し出て、引継ぎ期間を確保します。
注意点
法的権利は守られますが、職場の信頼や今後の人間関係も大切です。相手の立場も配慮して柔軟に対応すると、トラブルを避けやすくなります。


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