第1章: はじめに
目的
本書は、会社が退職を認めない場面での対処法をわかりやすく示すために作成しました。労働者の退職の自由や、違法な退職阻止行為の具体例、有期雇用の扱い、就業規則との関係などを丁寧に解説します。
背景
現場では「退職届を受け取らない」「退職日を認めない」「引き留めや嫌がらせ」といった事例が見られます。本書は、そうした状況で冷静に対応できるよう、基本的な考え方と実践的な手順を示します。
対象読者
退職を考えている労働者、退職に関して相談を受ける人事担当者、労働問題を学びたい方を想定しています。専門用語は最小限にし、具体例で補足します。
本書の使い方
各章で問題の法的根拠と具体的な対応を順に解説します。必要に応じて実際の行動例や相談先も紹介しますので、冷静に一歩ずつ進めてください。
労働者の退職の自由と法的根拠
基本的な考え方
労働者は自分の意思で退職できます。会社が「辞めさせない」と言っても、退職の自由は労働者側に認められています。無期雇用(いわゆる正社員など)の場合、退職の意思表示をしてから2週間で退職できます。これは慣行ではなく法律の考え方に基づく扱いです。
法的根拠(民法)
民法第627条第1項により、労働者は契約を解除でき、その効力は一定期間経過後に生じます。会社の許可は退職成立の要件ではありません。退職届の受け取りを会社が拒んでも、その行為は退職を止める法的効果を持ちません。
具体例と注意点
例1:退職届を提出して会社が受け取りを拒否した場面でも、2週間後に退職できます。例2:口頭で退職を告げた場合も効力はありますが、証拠として書面や記録を残すことを勧めます。雇用契約で特別な定めがある場合や、有期契約の扱いは別章で説明します。
実務上のポイント
退職日や意思表示の記録を残してください。内容証明郵便やメールの送信履歴、日付入りの退職届のコピーがあると後のトラブル回避に役立ちます。
違法となる退職阻止行為の具体例
はじめに
退職は労働者の自由です。ここでは、法律に反する退職阻止の具体的な行為を分かりやすく示します。見聞きしたときの判断に役立ててください。
具体例と説明
- 退職届の受理拒否
口頭や書面で退職の意志を示しているのに会社が受け取らない、受領を拒む行為。事実上の退職を認めないことは違法です。 - 離職票や源泉徴収票の交付拒否
退職後に必要な書類を渡さないと、次の就職や失業手当の手続きに支障をきたします。法律上の義務違反となります。 - 給与・賞与の不支給
退職に関連して賃金や未払の賞与を支払わないことは違法です。正当な理由がない一方的な不支給は認められません。 - 違約金の要求や一方的な損害賠償請求
契約に違約金条項がないのに一方的に請求する、過大な金額を求める行為は無効となることが多いです。 - 懲戒処分の脅迫や名誉毀損的発言
退職を思いとどまらせるために懲戒や悪評をちらつかせるのは不当な圧力です。 - 長時間の説得や監禁的な行為、パワハラ的圧力
退職届を出した後に長時間説得して帰宅を妨げる、暴言や罵倒で心理的に追い詰める行為は違法になり得ます。
なぜ違法か(簡単に)
これらは労働者の自由や賃金受け取りの権利を侵害します。実務では労働基準法や民法の考え方に照らして違法と判断される場合があります。
見かけたら
証拠を残す(録音・書面化)、退職届を内容証明で送るなどの対応が有効です。詳細な対処は次章以降で詳しく説明します。
有期雇用労働者の退職について
概要
有期雇用契約は原則として契約期間満了まで続きます。例外的にやむを得ない事由があれば即時に退職できます(民法第628条)。また、契約開始から1年経過すると退職の自由が認められるとされています(労働基準法附則137条)。
民法第628条の意味
民法第628条は、契約の継続が著しく困難な場合に一方が契約を解除できると定めます。職場で言えば、重い病気やハラスメント、賃金未払いなどが該当します。これらがあれば、労働者はすぐに退職できます。
労働基準法附則137条の扱い
この規定は、一定期間を経た有期雇用者にも退職の自由を認める趣旨です。契約の途中でも、長期間勤務した場合には通常の退職と同様に辞める権利が認められます。
手続きと注意点
退職の意思は書面で残すと後のトラブルを避けられます。やむを得ない事由がある場合は、具体的な理由と日時を記載してください。会社が退職を拒むときは、労働基準監督署や労働相談窓口に相談しましょう。
具体例
・重度の疾病で通勤不能→即時退職可能
・賃金不払いが続く→即時退職を主張できる
・契約開始から1年以上勤務→通常の退職手続きで辞めやすくなる
必要があれば、次の章で就業規則との関係について詳しく説明します。
就業規則との関係性
就業規則に退職申し出期間が書かれている場合
就業規則に「退職の申し出は30日前に行うこと」などの規定があっても、労働者の退職する自由そのものを縛ることはできません。民法第627条の規定が優先し、法律上認められる期間(通常は2週間)を満たした退職の意思表示は有効です。会社が規則を根拠に退職を受け入れない、在職を強要することは法的効力がありません。
会社の対応が違法な場合の意味
会社が引き延ばしたり、勝手に長い期間の申し出を要求したりしても、その要求は従う義務を生じさせません。会社側が業務上の引き継ぎを求めるのは可能ですが、それで退職の意思表示の効力が消えるわけではありません。退職後の給与未払い・嫌がらせがあれば別途対処が必要です。
実務上の注意点と対応
退職届は書面で出し、控えを残してください。内容は退職の日付と意思表示の明確な一文にします。送付方法は内容証明郵便やメールの送信記録があると安心です。会社と話し合いで円満に退職できるなら調整を試みてください。拒否や不当な対応が続く場合は、最寄りの労働基準監督署や弁護士に相談しましょう。
退職までの有給休暇について
有給休暇の基本
退職の申し入れをしてから退職日までに、有給休暇を申請した場合、会社は原則として拒めません。年次有給休暇は労働者の権利として労働基準法で保護されています。
いつ申請できるか
退職の意思表示(口頭でも書面でも可)をした後でも、退職日までに残っている有休日数分を申請できます。申請は早めに行い、日程は事前に会社と調整しましょう。
会社が拒否できる場合
業務の継続にどうしても支障が出るなど、客観的でやむをえない理由があると判断される場合に限り、会社は一部を調整することがあります。繁忙期だけを理由に全面的に拒否するのは難しいです。
拒否されたときの対応
申請は書面やメールで残し、やり取りの記録を保管してください。拒否されたら労働基準監督署や労働相談窓口に相談するとよいです。
実務上の注意
就業規則で有休の取り扱いが定められています。退職時の未消化分の扱いは企業ごとに異なるため、事前に確認してください。
違法な給与支払い拒否への対処方法
はじめに
退職を理由に給与を払わない行為は原則として違法です。まずは冷静に事実を整理し、次の順序で対応してください。
1) 会社に違法性を伝える
– 口頭で伝えた後、必ずメールや書面で要求を残します。例えば「○月○日付で退職届を提出しました。未払賃金○○円の支払いを求めます」と明記します。
– 内容証明郵便を使うと証拠力が高まります。
2) 労働基準監督署に相談する
– 最寄りの労基署に事情を説明すると、事実確認や指導をしてくれます。相談は無料です。
– 緊急性が高い場合は早めに連絡してください。
3) 未払い賃金立替払制度の利用を検討する
– 会社が倒産などで支払えない場合、国の立替払制度が利用できます。要件や手続きは労基署で確認します。
4) 証拠の集め方
– 給与明細、出勤記録、メールやメッセージ、退職届の控えを保存します。写真やスクリーンショットに日付が分かるようにしてください。
注意点
– 感情的なやり取りは避け、記録を残すことを優先してください。裁判や行政手続きを選ぶ際は、労基署の指導や弁護士に相談すると安心です。
退職勧奨の拒否について
概要
退職勧奨は会社が労働者に対して退職を促す行為ですが、あくまで任意です。労働者はこれを拒否する権利があります。
拒否の権利と具体例
会社から「辞めてください」と言われても、同意しない限り退職にはなりません。例えば、上司が面談で退職を強く勧めても、労働者はその場で断って勤務を続けられます。
執拗な勧奨は違法となる場合がある
毎日の呼び出しや長時間の説得、退職届への署名を強要する行為は不法行為や雇用契約違反に該当する可能性があります。こうした場合、精神的苦痛に対する損害賠償請求の対象になり得ます。
証拠の重要性
発言の日時・場所・相手・内容を記録し、メールやメモ、録音(合法性に注意)を保存してください。証拠は後の交渉や行政・司法の場で重要になります。
懲戒解雇と合理性の検討
会社が懲戒解雇を理由に圧力をかける場合、解雇の理由と手続きの合理性が厳しく問われます。十分な調査や警告がないままの解雇は無効となることがあります。
実務的な対応策
拒否は口頭でもできますが、書面で伝えると証拠になります。労働組合や労働基準監督署、弁護士に相談してください。感情的にならず、記録を残すことが大切です。
具体的な対処方法
基本方針
退職の意思は口頭だけで伝えず、必ず書面で示してください。書面にすれば「いつ」「誰が」「どんな内容」を示したか証拠になります。
退職届の書き方と送付方法
退職日(例:2025年6月30日)、氏名、日付を明記し、署名または押印します。理由は短く「一身上の都合により」で構いません。会社が受け取らない場合は、日本郵便の内容証明郵便を利用し、配達証明を付けて送付すると到達と内容を証明できます。
受取拒否や受領を拒む場合の対応
受取を拒否されたり受領印をもらえない場合は、内容証明の控えと配達記録、受取拒否を示す写真やメモを保存します。可能なら同僚や第三者に立ち会ってもらい、証言を得てください。必要なら労働基準監督署、労働組合、弁護士に相談します。
証拠を残すポイント
・送付した書面のコピーを必ず保管する
・内容証明の控えと配達証明を保存する
・送付後にメールで写しを送り、送信履歴を残す
・やり取りは日時を記録し、可能なら録音(法律確認の上)も検討します
相談先
早めに労働基準監督署や法テラス、労働問題に詳しい弁護士へ相談してください。専門家が具体的な次の手順を案内します。


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