はじめに
背景
退職代行とは、労働者が会社へ退職の意思を伝える代行サービスです。近年、利用が増え、弁護士が運営する場合と民間企業や個人が運営する場合で対応範囲が異なる点が注目されています。例えば、労働条件の交渉や未払い賃金の請求は弁護士や法的代理権のある組合が対応でき、民間業者は退職意思の伝達に限定されることが多いです。
本資料の目的
本資料は、退職代行サービスの“資格要件”と“業務範囲”の違いをわかりやすく整理することを目的としています。弁護士資格の有無が何を意味するのか、労働組合との提携でどのように交渉力が付くのか、企業側が受けた際に取るべき対応や、医師や保健師など資格者の退職が企業に与える損害賠償リスクについても順を追って説明します。
読者への案内
人事担当者、退職を考える労働者、管理職の方に向けて、実務で使える視点を提供します。具体例を交えて、次章以降で丁寧に解説しますので、ぜひ順にご覧ください。
退職代行業者の分類と資格要件
概要
退職代行サービスは大きく二つに分かれます。弁護士(または弁護士法人)が運営する業者と、弁護士資格を持たない民間企業が運営する業者です。双方で対応できる業務や守るべきルールが異なります。
弁護士が運営する退職代行
- 対応内容:労働問題の相談、会社との交渉、未払い賃金や残業代の請求、内容証明の作成、訴訟対応まで行えます。具体例として、未払い残業代の交渉や解雇無効の主張を弁護士が直接行います。
- 確認方法:弁護士登録番号や事務所名を公開しているか確認してください。
民間企業が運営する退職代行
- 対応内容:主に退職の意思を会社に伝える連絡代行、書類手続きのサポート、休暇や返却物の調整などです。交渉や金銭請求などの法律行為は行えません(非弁行為に該当する恐れがあります)。
- 具体例:本人に代わり退職届の提出連絡を行う、書類の郵送代行をする。
資格要件と確認ポイント
- 弁護士かどうかは登録番号で確認する。事務所名・所在地が明記されているか確認しましょう。
- 民間業者は労働組合と提携しているかで交渉力が変わります。提携先の名称と範囲を確認してください。
- 料金体系と返金条件を明確に提示しているか確認してください。
注意点
- 民間業者が交渉や法律手続きを行うと非弁行為になり得ます。必要な場合は弁護士に相談することをおすすめします。
チェックリスト:弁護士登録番号の有無、提携組合の名前、料金と返金規定を必ず確認してください。
弁護士資格を持つ業者が対応できる業務
概要
弁護士や弁護士法人が運営する退職代行は、法律に関わる手続きや交渉を幅広く代行できます。退職の意思表示だけでなく、未払い賃金や残業代の請求、退職金や損害賠償の交渉、訴訟や労働審判の代理まで対応可能です。
具体的にできること
- 退職意思の伝達:会社への通知を正式な書面で行います。内容証明郵便を使う例もあります。
- 未払い賃金・残業代の請求:労働時間の記録を分析し、金額算定や請求書作成を行います(例えば未払い残業代30万円の立証など)。
- 退職金の交渉:就業規則や労働協約を確認し、支払基準に基づいた交渉を行います。
- 損害賠償請求・防御:退職に伴うトラブルで損害賠償が発生した場合、請求・反論ともに対応します。
- 訴訟・労働審判の代理:話し合いで解決しない場合、裁判手続きや労働審判を代理します。
- 証拠収集・法的書類の作成:雇用契約書の確認や証拠の取得、内容証明や請求書を作成します。
利点と注意点
弁護士が介在すると法的な主張が明確になり、解決へ向けた力が強くなります。費用や代理権の範囲は事前に確認してください。利害関係がある場合や情報開示の必要性など、弁護士と委任契約を結んだうえで進めます。
法律に基づく交渉や手続きを求める場合、まず弁護士へ相談するのが安心です。
民間企業が運営する退職代行の制限と非弁行為
概要
弁護士資格を持たない民間企業の退職代行は、主に「退職意思の伝達」や「事務手続きの取次」に限定されます。利用者の代理で会社に退職の意思を伝え、必要な書類や私物の受け渡しを調整することが許容されます。
法的に禁止される行為(具体例)
- 未払い賃金や残業代を会社に請求して回収するための交渉や書面作成
- 退職条件(退職日や退職金など)についての交渉代行
- 損害賠償や解雇無効の主張を行うこと
上記はいずれも「法律事務」に当たり、無資格で行うと非弁行為として違法です。
判断が難しいケースと注意点
退職の意思伝達と労働条件の交渉は線引きが難しい場面が生じます。例えば「最終出勤日をいつにするか」を会社と詰める行為は、単なる調整か交渉かで評価が分かれます。民間業者は、業務範囲を明確に契約書に記載し、法律問題が関わる可能性が出たら弁護士や労働組合に引き継ぐ対応が必要です。
利用者に向けた実務的な助言
- 代行業者に依頼する前に業務範囲を書面で確認してください。
- 未払い賃金や法的請求が関係する場合は、弁護士や労働組合を早めに紹介してもらいましょう。
- やり取りは記録しておき、後で法律判断が必要になった際に備えてください。
事業者が負うリスク
非弁行為と認定されると、業務停止や罰則、損害賠償責任の対象になります。リスク管理として、業務マニュアルの整備と専門家との連携を徹底してください。
労働組合との提携による交渉権
概要
民間の退職代行サービスが、弁護士を抱えていなくても交渉できる場面があります。労働組合と正式に提携すると、その組合が団体交渉の権限を持ち、実質的に交渉を行えるからです。わかりやすく言えば、組合に「あなたの代わりに会社と話してください」と頼む形になります。
できること・できないこと
- できること:未払賃金の請求、退職条件の調整、退職日や有給消化の交渉など、会社との話し合いを組合名で進められます。交渉は組合の代表が行い、解決に向けた合意を目指します。具体例として、残業代の清算や退職金の取り決め交渉があります。
- できないこと:裁判での代理や、法的に専門的な書面作成など、弁護士しか認められない業務は行えません。必要なら組合が弁護士を紹介して対応するケースが一般的です。
利用の流れ(簡単)
- 退職代行業者に組合提携の有無を確認する。2. 組合に加入または委任契約を結ぶ。3. 組合が会社に団体交渉を申し入れる。4. 交渉・合意の実施。
注意点
組合の力量や方針は千差万別です。交渉力や費用、どこまで対応するかを事前に確認してください。企業側は組合の申し入れに真摯に対応する義務がありますが、手続きや結果に時間を要する場合もあります。
企業側が確認すべき事項
退職代行を受けた企業は、受領後に速やかに事実関係を整理し対応する必要があります。以下の点を順に確認してください。
身元確認(弁護士資格の有無含む)
業者名・担当者名・連絡先を確認します。弁護士を名乗る場合は所属事務所名や登録番号の提示を求め、名刺や事務所の公式サイトで照合します。弁護士であれば法的代理権があり、業務範囲が広がります。
従業員本人の退職意思の書面確認
本人の退職意思をメールや書面で確認します。例:「退職届」「本人からのメール」など。本人確認が取れない場合は直接確認の手続を進めます。
回答書の作成
受領した旨、退職の受理可否、手続の流れ(最終出勤日、給与精算、社内物品の返却方法など)を文書で回答します。具体的な期日と担当者を明記すると誤解を防げます。
雇用形態の確認
正社員、契約社員、派遣、アルバイトで手続きや契約条件が異なります。有期契約の場合は契約満了や中途解約の手続きを確認してください。
退職日の決定
労使で合意できればその日を最終出勤日とします。合意が得られないときは就業規則や労働基準に基づいて対応します。最終給与や有休の処理も合わせて決めます。
退職事由の検討
単なる意思表示か、ハラスメントや未払賃金など争いがあるのかを確認します。争いがある場合は証拠を保存し、必要に応じて弁護士に相談してください。
労働者の退職は法律上の自由です。要件が整えば企業は退職を拒めない点を念頭に、確認と記録を丁寧に行ってください。
資格要件が必要な業種における損害賠償リスク
概要
医師、歯科医師、放課後デイサービス管理者、介護デイサービスの管理職などは、事業運営に当該資格者が不可欠です。こうした資格者が退職代行で急に辞めると、事業所の継続が困難になり、売上減や契約解除が生じます。業者側は損害賠償請求のリスクを負う可能性があります。
損害賠償が問題になる場面
- 資格者不在で事業を一時休止または閉鎖せざるを得ない場合
- 利用者や取引先から契約解除や違約金請求が発生した場合
- 代替手配に要した費用や信用失墜による長期的な売上減
損害の算定と注意点
売上減少分、代替人員の採用・派遣費用、利用者への補償費用などを積算します。事業者には損害を最小化する努力義務が課されるため、代替手配や営業継続の可否を速やかに検討し、記録しておくことが重要です。
事業者がとるべき対応
- 事前に代替要員プールや外部連携先を準備する
- 契約書に業務継続に関する合意や引継ぎ義務を明記する(実行可能な範囲で)
- 事業中断保険を検討する、規制当局へ迅速に報告する
- 発生後は被害額の証拠を保存し、弁護士に相談する
実務上の留意点
従業員個人への損害賠償請求はハードルが高い場合があります。まずは利用者の安全確保と営業継続を優先し、証拠を固めた上で専門家と対応策を決めてください。


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