はじめに
目的
本記事は、懲戒解雇を受けた場合の退職金の支給・不支給・減額について、企業側と従業員側が実務で押さえておくべき点をやさしく整理することを目的としています。法律用語や長い判例文をそのまま並べず、具体例を交えて分かりやすく解説します。
対象読者
・人事担当者や経営者で懲戒処分の運用に不安がある方
・懲戒解雇や退職金の扱いでトラブルに直面した従業員
・労務管理の基礎を学びたい法務・総務担当者
本記事で扱うこと
第2章以降で、懲戒解雇の意味、退職金が不支給・減額され得る条件、就業規則の書き方のポイント、公務員や特殊事例の扱い、実務上の注意点を順に説明します。具体的な事例や判例に基づく判断の考え方も紹介しますので、実務での判断材料になります。
読み方のヒント
まず第2章で懲戒解雇の基本を確認してください。その後、該当するケースに応じて第3章〜第7章を読み進めると実務対応がしやすくなります。疑問点があれば、専門家に相談する際の質問リストも後半で示します。
懲戒解雇とは何か?その概要
定義と位置づけ
懲戒解雇は、会社が従業員に対して行う最も重い懲戒処分です。企業秩序を著しく乱す行為や重大な背信行為があったときに適用されます。通常の懲戒(訓戒・減給・出勤停止など)とは区別され、解雇によって雇用関係が即時に終わります。
典型的な該当行為(具体例)
- 横領や業務上の金銭の不正流用
- 暴力や重大なハラスメント(身体的暴行や悪質なセクシャルハラスメント)
- 虚偽の申告や重大な背信行為(顧客情報の漏洩など)
- 業務命令に対する著しい背反や無断欠勤が長期に及ぶ場合
これらはあくまで典型例で、行為の悪質性や業務への影響で判断します。
懲戒解雇が及ぼす影響
懲戒解雇は退職金の不支給や減額につながることが多く、再就職時の信用にも大きな影響を与えます。社会的な不利益が大きいため、企業も慎重に扱います。
手続きの流れと注意点
事実関係の調査、本人からの聴取、就業規則に基づく判断、書面での通知が一般的な流れです。処分の妥当性は「行為の重大性」と「処分の相当性」を基準に評価されます。証拠を整え、手続きを丁寧に行うことが重要です。
懲戒解雇でも退職金は必ず不支給になるのか?
概要
懲戒解雇だからといって退職金が自動的に全額不支給になるわけではありません。退職金は法律で必須と規定されておらず、会社の就業規則や退職金規程に基づいて支払われます。
支給の基準
多くの会社は「懲戒処分により退職金を減額・不支給とする」旨を規程に明記しています。規程が明確であり、従業員に周知されていれば、会社は規程に沿って扱います。規程の記載がない場合は、全額支給が原則となることが多いです。
実務上のポイント
- 規程の明確さ:どの処分でどれだけ減るかが具体的に書かれているか確認します。
- 周知義務:就業規則を交付・掲示・説明しているかが重要です。
- 個別判断の合理性:同じような行為で不均衡な扱いをすると争いになります。
具体例
- 軽微な遅刻や無断欠勤:減額や全額支給のケースが分かれます。
- 横領や重大な背任:減額や不支給が認められやすくなります。
争いになった場合の対処
会社側は規程と運用の合理性を説明します。従業員側は規程の周知や処分の重さ・経緯を争点にし、労働審判や裁判で判断を仰ぐことがあります。
注意点として、個別の事情や具体的な規程内容で結論が変わります。必要なら専門家に相談してください。
退職金の不支給・減額が認められる条件
前提
退職金は労働者の功績に対する性質が強いため、不支給や減額は簡単に認められません。裁判所は極めて厳格に判断します。
裁判例の考え方
判例は「単なる懲戒事由」だけでなく、従業員が会社に対して著しい背信行為を行い、その功績を失わせるような重大な違反があった場合に限り不支給・減額を認めるとしています。
具体的な条件(ポイント)
- 会社への損害が大きいこと
- 行為の悪質性が極めて高いこと(反復性や計画性など)
- 退職金規程が合理的に整備され、事前に周知されていること
- 処分の程度が違反の重さに見合っていること(比例性)
手続き上の要点
会社は事実関係を立証する責任を負います。調査や弁明の機会を与えるなど手続きの適正も重要です。処分を恣意的に行うと無効になりやすいです。
具体例
東京地裁平成27年7月17日判決では、常習的な遅刻や反抗的態度を総合して退職金の一部減額を認めました。これは違反の反復性と態度の悪さを重視した例です。
(注)企業は個別事案ごとに慎重に判断し、規程整備と手続きの適正を図る必要があります。
就業規則や退職金規程の重要性
就業規則・退職金規程の役割
退職金の支給基準や減額・不支給の要件を明確にするのが主目的です。ルールが明確なら企業は一貫した対応ができ、従業員も事前に基準を把握できます。
周知と証拠の重要性
就業規則や退職金規程を作るだけで足りません。従業員に周知し、周知した記録を残す必要があります。配布資料、電子掲示、説明会の記録、署名などが有力な証拠になります。
合理性の基準
規程は合理的でなければなりません。懲戒理由と退職金の減額幅に過度のズレがあると無効と判断されることがあります。全ての懲戒解雇で一律に退職金をゼロにする規定は過剰と見なされる可能性が高いです。
手続きと個別判断の必要性
規程には調査や意見聴取の手続き、減額の判断基準を盛り込みましょう。個々の違反の重さや在職中の功績を考慮する運用が求められます。
実務的なポイント
- 規程を具体的に書く(行為例、減額率の目安など)
- 周知方法と記録を定める
- 定期的に見直す
- 労働局や顧問弁護士と相談して合憲性を確保する
従業員側は就業規則と退職金規程の写しを入手し、疑問があれば早めに相談することをおすすめします。
公務員や特別なケースの退職金
公務員は一般の会社員と異なる規定で退職金や共済年金(退職共済年金)を受けます。懲戒免職になった場合でも、全部または一部が不支給になる可能性があり、扱いは勤務先の規程や法律で決まります。
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懲戒免職と退職手当の扱い
懲戒免職に伴い退職手当を支給しない、あるいは減額する規定を持つ自治体や機関があります。例えば横領など刑事責任が認められた場合、支給を制限することが多いです。軽微な服務違反では一部支給されることもあります。 -
共済年金や年金の制限
刑事罰を受けたときは、退職共済年金の受給資格に影響する場合があります。年金の一部が停止されたり、将来の年金額が減るケースがあり、具体的な扱いは共済組合の規約で確認します。 -
国家公務員と地方公務員の違い
国家と地方で適用される法律や共済の仕組みが異なります。地方公務員は自治体ごとの規定が強く影響しますので、具体的な条文や運用を確認してください。 -
手続きと救済手段
支給決定に不服がある場合、行政手続き(異議申立てや審査請求)や行政訴訟で争えます。証拠と手続き期限を整え、時効や申請期間に注意してください。 -
実務上の注意点
就業規則や共済規約を早めに確認し、事情説明や弁明の機会を活用することが重要です。必要なら弁護士や労働組合に相談すると安心です。
退職金減額・不支給のリスクと実務上の注意点
不支給・減額が違法となるリスク
退職金を一方的に不支給・減額すると、賃金支払の原則に反する場合があります。例えば、軽微な遅刻だけで全額をカットすると裁判で無効と判断されることがあります。懲戒の程度と退職金減額の比例性が問われます。
予防策:就業規則と運用の整合
就業規則や退職金規程に具体的な事由と手続き条項を明記します。具体例として、横領や重大な安全違反など不支給事由を明確にし、処分の手順(聴取、調査、記録保存)を定めます。
個別事情の考慮と記録
同僚の証言や出勤記録、調査報告書など客観的証拠を残します。被疑者の弁明を聴き、公正な判断を行うことが重要です。これにより後日の争いを防げます。
実務チェックリスト
- 規程に根拠があるか確認
- 調査と聴取を実施
- 証拠を文書で保存
- 減額理由を明示して書面通知
- 必要に応じて労務・法務へ相談
これらを徹底すると、トラブルや訴訟リスクを大きく軽減できます。
まとめと実務ポイント
懲戒解雇の事案で退職金の不支給・減額を考える場合、まず押さえておきたいのは「自動的に不支給にならない」点です。就業規則や退職金規程に合理的な根拠がないと、全額支払いが必要になることが多いです。
主なポイント
- 不支給が認められるのは、横領や重大な機密漏洩など「著しい背信行為」に限られることが多いです。具体例を示して基準を明確にしておくと実務が楽になります。
- 事実関係の立証が重要です。調査や聞き取りは速やかに行い、証拠を記録しておきます。手続きを省くと不利になる恐れがあります。
- 就業規則と退職金規程は整備と周知を定期的に行ってください。条項や計算方法が不明確だと争いになります。
- 同様の事案で処分がばらつくと不当な差別とみなされる危険があるため、処分基準や運用を統一します。
- 懲戒解雇以外の選択肢(減給・出勤停止・普通解雇の検討)も併せて検討し、比例性を保ちます。
- 争いの可能性がある場合は労務担当者や弁護士に相談し、証拠・手続を整えてから最終判断してください。
実務では、規程整備・記録管理・公平な運用がリスク低減の肝です。


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