はじめに
目的
本資料は「懲戒解雇と退職金」の関係を分かりやすく整理するために作成しました。懲戒解雇時に退職金が支払われるか、どのような基準で判断されるか、企業と従業員それぞれが押さえておくべき点を解説します。判例や就業規則の役割を中心に、実務で使える知識を提供します。
対象読者
- 人事・総務担当者や経営者
- 労働者や退職金に不安を持つ方
- 法的な基準を知りたい司法・労働関係者
本書の構成
全11章で、懲戒解雇の基本、退職金の取り扱い、就業規則の記載例、判例の基準、具体的事例、企業が注意すべき点まで順を追って解説します。各章は実務に役立つポイントを重視しています。
読み方のポイント
就業規則の定めや個別の事情で結論が変わることが多い点にご注意ください。本資料は一般的な解説であり、個別案件では労働法に詳しい専門家へ相談することをおすすめします。
懲戒解雇とは何か
概念
懲戒解雇は、従業員の重大な違反行為に対して企業が下す最も重い処分です。雇用関係を即時または短期間で終了させ、通常の解雇より強い不利益を与えます。
対象となる行為の例
- 横領や詐欺などの不正行為
- 職場での暴力や重大なハラスメント
- 営業秘密の漏洩や背信行為
- 無断欠勤の長期化や重大な規律違反
具体的には各企業の就業規則で定められた行為が対象になります。
懲戒解雇がもたらす主な影響
- 退職金の不支給や減額の可能性
- 社会的信用の失墜で再就職に影響
- 雇用保険の給付や手続きに影響する場合がある
判断のポイント
懲戒解雇の適法性は、行為の内容・程度、会社の就業規則、手続きの適正さで判断されます。企業は事実確認や弁明の機会を設けるなど、適正な手続きを尽くす必要があります。
注意点
懲戒解雇は重大な処分です。企業側も従業員側も、事実関係と規定を丁寧に確認し、必要なら専門家へ相談することをお勧めします。
懲戒解雇と退職金の誤解
誤解の中身
「懲戒解雇になれば必ず退職金がもらえない」という考えは誤りです。退職金は法律で自動的に支払われる賃金とは異なり、就業規則や退職金規程という契約的な取り決めに基づきます。したがって、扱いは会社ごとに異なります。
何が判断材料になるか
主に次の点で判断します。
– 就業規則や退職金規程に「不支給」や「減額」の条項があるか
– 当該行為の性質(横領や重大な背信などか、軽微な違反か)
– 懲戒手続きが適正に行われたか(弁明の機会があったかなど)
– 比例性(不支給が過酷でないか)
具体例での違い
- 横領や機密漏えいなど重大な背信行為:不支給が認められる可能性が高い。
- 頻繁な遅刻や一次的なミス:解雇自体が問題となり得るため、不支給は過度と判断されることが多い。
- 規程に明確な定めがない場合:全額支払いが求められることがあります。
企業・従業員それぞれの注意点
企業側は就業規則を明確にし、証拠の保存や弁明機会の付与、判断の一貫性を保つことが重要です。従業員側は規程の確認を行い、不支給の理由を文書で求めるか、労働相談機関や弁護士に相談してください。
誤った対応は企業の違法につながり、従業員の不当な損失を招きます。個別の事案により結論は変わるため、慎重な検討が必要です。
就業規則における不支給事由の定め
概要
退職金を不支給または減額する場合は、就業規則にその旨を明確に定めておく必要があります。厚生労働省のモデル就業規則にも、懲戒解雇の場合に全部又は一部を支給しないことがあり得る旨が示されています。
不支給事由の具体例
- 懲戒解雇:就業規則で懲戒解雇と退職金不支給の関係を明記します。
- 横領・業務上の重大な背信行為:金銭の不正取得など具体例を添えると分かりやすいです。
- 犯罪行為や重大な規律違反:職務に重大な支障を与えた場合を想定します。
判断手続きの明記
誰が、どのような基準で不支給や減額を決めるかを規定してください。事実関係の確認や本人の弁明機会を設ける旨を記すと、後の争いを避けやすくなります。
周知と運用上の注意
就業規則は労働者に周知する必要があります。不支給事由があいまいだと無効になるおそれがあるため、できるだけ具体的な事例や範囲、算定方法を示してください。
規定例(簡潔)
「従業員が懲戒解雇に該当すると判断された場合、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」
就業規則に不支給事由がない場合の対応
背景
就業規則に「退職金を支給しない場合」が明記されていないと、懲戒解雇であっても退職金を支払う必要がある点に注意が必要です。労働基準法の賃金全額払いの考え方が関係します。
法的リスク
不支給の根拠が就業規則にないまま退職金を払わないと、支払義務違反として違法になる可能性があります。判例でも不支給規定がない企業に全額支給を命じた例があります。
会社がとるべき対応(手順)
- 就業規則を確認し、不支給事由が明示されているか確認します。
- 明示がない場合は退職金を支払う前提で処理を検討します。
- 将来のために就業規則を整備する場合は、労使協定や手続き(周知、届出)を適切に行います。
- 個別事案で減額や不支給を検討する際は、懲戒の理由や程度、従業員の行為との因果関係を記録します。
従業員の対応
退職金が支払われない場合は、就業規則の有無を確認し、労働基準監督署や弁護士に相談することをお勧めします。
具体例
例:懲戒解雇された従業員について、会社の就業規則に不支給規定がなかったため裁判で支給命令が出たケースが存在します。実務では事前の就業規則整備が重要です。
注意点
就業規則の追加・変更は手続きが必要です。形式や周知に不備があると無効となる場合があるため、慎重に進めてください。
判例における著しい背信行為の基準
判例の基本的考え方
判例は、懲戒解雇の事由に該当するだけでは退職金の不支給・減額を認めません。退職金は勤続の功を認める性質があり、これを抹消または大幅に減殺するほどの「著しい背信行為」がある場合に限り、不支給や大幅減額を許容するとしています。
裁判所が重視する主な要素
- 行為の内容と程度:会社に与えた具体的被害の大きさや行為の悪質性を見ます。
- 故意性・反復性:故意で繰り返された行為は重く評価されます。
- 地位との関係:管理職など信頼関係が強い立場の者の違反は厳しく判断されます。
- 会社への影響:業務の遂行や信用失墜の程度を考慮します。
- 手続の適正:調査や弁明の機会を与えたかも重要です。
具体例(イメージ)
- 勤務先の資金を着服し、重大な損害を与えた場合
- 取引先情報を外部に漏らし、事業に致命的な影響を与えた場合
- 重大な不正行為を継続して行った場合
これらは裁判で「著しい背信行為」と認められる可能性が高いです。
実務上のポイント
会社は懲戒解雇と退職金の扱いを別個に判断し、被害の立証や手続の適正を整える必要があります。裁判所は個別事情を重視しますので、安易な不支給決定は争われやすい点に注意してください。
退職金不支給が認められた具体的事例
代表的な事例
- 着服・横領:経理担当者が会社資金を繰り返し着服したケースで、裁判所は退職金不支給を認めました。金額の大きさ、反復性、故意性が評価されました。
- 物品の窃盗・私的流用:会社の備品や在庫を持ち出して販売した場合、信頼関係を著しく失ったと判断されやすいです。
- 営業秘密の売却や競合企業への重要情報提供:重大な背信行為として退職金不支給が認められることがあります。
- 警備業法違反(警備会社の事例):重大な法令違反で公共の安全を害する場合、懲戒解雇と退職金不支給が妥当とされた判例があります。
裁判所が重視するポイント
- 行為の重大性(金額や被害の大きさ)
- 故意性や反復性の有無
- 被害回復の有無や従業員の反省態度
- その行為が雇用関係に与えた影響(信頼関係の回復可能性)
実務上の注意点
- 企業は証拠を整え、手続き(調査・弁明機会)を適正に行うことが重要です。
- 就業規則に不支給事由を明確に定めておくと争いを避けやすくなります。
- 労働者は不支給が不当と考える場合、事実関係を示して争うことができます。
退職金減額が認められた事例と認められなかった事例
退職金減額が認められた事例
常習的な遅刻や上司への反抗的な態度など、勤務態度が繰り返し改善されない場合に退職金の一部減額が認められた判例があります。裁判所は、減額の前提として就業規則に減額根拠があること、事実関係を裏付ける出勤記録や注意・懲戒の履歴があること、懲戒の程度と減額割合が釣り合っていることを重視します。具体例では、度重なる無断遅刻や職務拒否があり、幾度かの警告後も改善しなかったため一部減額が認められたケースがあります。
退職金の全額支給が命じられた事例
一方で、就業規則に退職金不支給や減額の定めがないのに会社が支払いを拒んだ事例では、裁判所が全額支給を命じたケースがあります。軽微な遅刻や口論だけで重大な背信と認められない場合も全額支給となることが多いです。証拠不足や手続き不備があると会社の主張は退けられます。
実務上のポイント
企業は就業規則を明確にし、警告や記録を残しておくことが必要です。減額するときは減額理由と程度の均衡性を説明できるようにします。従業員は不当だと感じたら就業規則や記録の開示を求め、専門家に相談してください。
競業避止義務違反と退職金の扱い
企業は競業避止義務違反を理由に退職金を不支給とする規定を設けることが多いです。裁判所はその有効性を、範囲や期間の合理性、就業規則の明確さ、代償措置の有無、そして当該行為の背信性の程度で判断します。
主に見るポイントは次の通りです。
1. 具体性:禁止対象となる業務や顧客が曖昧だと無効になりやすいです。
2. 期間・地域:長期間や広域の制限は不相当と判断されることがあります。
3. 代償措置:活動制限の代わりに金銭等の補償があれば有効性が増します。
4. 背信性の程度:機密持ち出しや顧客引き抜きなど著しい背信行為があれば不支給が認められやすいです。
具体例として、即座に同業他社へ移り主要顧客を引き抜いた場合は退職金不支給が認められる可能性が高いです。逆に、単なる転職で情報漏洩や引き抜きが無く、規定自体が過度に広いと裁判所は規定を無効として支払いを命じる場合があります。
企業は規定を明確かつ合理的に定め、必要に応じ代償を検討してください。従業員は不支給を通知された場合、状況を整理して専門家に相談することをお勧めします。
退職金返還条項の存在と意義
概要
懲戒解雇に相当する非違行為が退職金支給後に判明した場合、就業規則に退職金返還条項を置くと事後的に返還を求められます。企業は事実把握後の対応手段を持てます。
条項に含めるべき事項(具体例)
- 返還対象となる行為(横領・業務上の重大な背信など)
- 返還請求ができる期間(例:発覚から1年)
- 返還額の算定方法(全額または一部)
- 手続き(通知、弁明機会、協議の流れ)
実効性のポイント
就業規則の明示・周知が必須です。返還範囲が過度に広いと無効となる恐れがあるため、合理的・具体的な限定が必要です。裁判所は目的の正当性と金額の相当性を重視します。
運用上の注意
事実確認は慎重に行い、証拠を残します。労働者に弁明機会を与える運用が望ましいです。分割返還や和解も実務上の選択肢です。税務や源泉の扱いも確認してください。
具体例
退職後に横領が発覚した場合、就業規則に基づき受給額の全額返還を求め、協議で分割返済とした事例があります。明確な規定と丁寧な手続きが成功の鍵です。
企業が懲戒解雇に伴う退職金対応で注意すべき点
就業規則・退職金規程の明確化
退職金を不支給・減額する条件を具体的に規定します。例:横領、重大なセクハラ、機密情報の漏えい等。具体例を示すと運用が安定します。
懲戒事由の重大性の慎重な判断
懲戒解雇の理由が退職金不支給に値するか、個別事案で慎重に検討します。軽微なミスで不支給にするのはリスクがあります。
手続きの適正性と説明責任
事実関係の調査、本人への弁明機会を確保し、判断根拠を文書で残します。労働者への説明は丁寧に行います。
証拠の保存と記録
調査報告やメール、ログ等の証拠を適切に保存します。後の争いで重要になります。
就業規則変更と周知
不支給・減額規定を新たに設ける場合は、労働者への周知と必要な手続きを踏みます。
法的リスク管理と相談
判断に迷う場合は顧問弁護士や労務担当者に相談します。裁判で不支給が否定されると企業負担が大きくなります。
実務上の配慮
個別事情(家族状況や就業年数)も考慮し、過度な処分は避けることが望ましいです。代替措置として減額や条件付き支給を検討します。


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