はじめに
目的
本資料は、労働組合と退職金について分かりやすく解説することを目的としています。退職金制度の基本的な位置づけから具体的な仕組み、算定方法、制度変更の際の組合の役割、税制上の扱いまで順を追って説明します。
想定する読者
企業の人事・総務担当者、労働組合の役員、退職金制度に関心のある労働者や法律の専門家ではない一般の方を想定しています。専門用語は最小限にして具体例を交えます。
本資料の構成と読み方
本書は全6章で構成します。第2章は法的位置づけと組合の関わり、第3章は制度の種類と仕組み、第4章は算定方法、第5章は制度変更時の組合の役割、第6章は税制優遇です。必要な章だけを読み進めても理解できるようにしています。
注意点
制度の具体的な運用や判例は会社や業界で異なります。実際の対応が必要な場合は、社内規程や労使協定、専門家に確認してください。
退職金制度の法的位置づけと労働組合の関わり
概要
退職金は法律で企業に導入義務がある制度ではありません。ただし、会社の就業規則や労働協約(労使で結ぶ取り決め)に支給基準が書かれていると、会社には支払う義務が生じます。例えば「勤続10年で○○円支給」と就業規則にある場合、その基準に従って支払われます。
就業規則と労働協約の違い
就業規則は会社が作るルールで、従業員に周知される必要があります。労働協約は労働組合と会社が交わす合意で、労働組合がある会社では強い効力を持ちます。労働協約に退職金の支給要件や算定方法が明記されれば、労働者はその内容に基づいて支払いを請求できます。
労働組合の役割
労働組合は交渉で退職金の水準や支給条件を守らせる役割を担います。変更や廃止を検討する際は、組合との協議が重要です。組合があると、個人では交渉しにくい点も集団で改善できます。
退職金の法的性格(3つの要素)
1) 賃金の後払い的性格:在職中の労働の報酬の一部を退職時にまとめて支払う性格。例:勤続年数に応じた支給。
2) 功労報奨的性格:会社への貢献を評価して支払う性格。例:長年の業績を評価して加算する。
3) 退職後の生活保障的性格:退職後の生活を支えるための性格。例:年金までの橋渡し的な役割を果たす場合がある。
以上の性格が混ざり合い、制度設計に反映されます。
退職金制度の主な種類と仕組み
退職金制度には主に4種類あります。ここでは仕組みと特徴を分かりやすく説明します。
退職一時金制度
会社が退職時に一度に支払う仕組みです。支給額は勤続年数や最終給与、規程に基づき決まります。労働組合は支給基準や金額について会社と交渉します。具体例:勤続20年の社員に規程で定めた基準に沿って一時金が支払われます。
確定給付企業年金(DB)
企業が給付額を約束する制度です。給付は年金形式や一時金で受け取れる場合があり、計算式は勤続年数と給与を基に決まります。運用と給付責任は会社が負い、運用が悪化すると企業が不足分を補う必要があります。
確定拠出年金(DC)
従業員(または事業主)が拠出し、従業員が運用を選びます。運用結果により将来の受取額が変動し、運用リスクは従業員が負います。例:リスクの低い商品を選べば安定、株式中心なら増減が大きくなります。
中小企業退職金共済制度(中退共制度)
中小企業向けの共済契約で、事業主が掛金を支払い基準に応じて共済金が支払われます。手続きと管理が簡便で、小規模事業でも導入しやすい点が特徴です。例:加入期間に応じた共済金が退職時に支給されます。
退職金の算定方法
定額方法
勤続年数だけで退職金を決めます。たとえば「勤続1年ごとに5万円」を基準にすると、勤続10年で50万円になります。計算が簡単で社員にも分かりやすい方法です。
基本給連動型
退職時の基本給を元に支給額を決めます。勤続年数ごとに支給率を設定することが多いです。例:基本給30万円、10年での支給率が1.5倍なら、30万円×1.5=45万円となります。給与変動が反映されやすい特徴があります。
別テーブル方式
等級や役職ごとに表を作り、勤続年数と組み合わせて金額を決めます。例:一般は勤続年数×5万円、課長は勤続年数×8万円のように差を設けます。役職昇進や等級の違いを明確にできる利点があります。
ポイント制方式
勤続年数、等級、評価などをポイント化し、合計ポイントに単価を掛けて算出します。例:勤続10年で10ポイント、評価で10ポイント、等級で5ポイント、単価1万円なら合計25万円です。柔軟に個人差を反映できます。
勤続年数との関係と注意点
いずれの方式も勤続年数が長いほど退職金が高くなる傾向があります。ただし算定基準や単価、支給率は企業ごとに異なりますので、就業規則や支給規程を確認してください。制度の変更時は影響額を計算して説明を求めると安心です。
退職金制度の変更・廃止と労働組合の役割
変更・廃止は原則として従業員の同意が必要
退職金を減らしたり廃止したりすることは、待遇を不利益に変える行為です。原則として従業員の同意が必要で、個別に説明して了解を得すべきです。
労働組合の役割と団体交渉
職場に労働組合がある場合、企業は団体交渉で説明・協議を行います。組合は従業員の代表として交渉し、代替措置や移行期間の確保を求めます。交渉の記録を残すことが重要です。
合理的理由での就業規則変更の可能性
経営上の必要性など合理的理由があれば、労働基準法上の手続を踏んで就業規則を変更できる場合があります。ただし、裁判例は権利を制限する変更に対して慎重で、高いハードルがあります。
既得権の保護
既に発生した退職金の権利は原則として遡って不利益に変更できません。将来に向けた制度変更でも、既に勤務年数や計算基礎が確定している部分は保護されることが多いです。
制度変更時の実務ポイント
・労組と早期に協議し透明性を確保する。
・代替案(例:移行措置、調整金、段階的改定)を提示する。
・個別ケースの扱いを明確にし、説明資料を用意する。
・合意が得られない場合は労働審判や裁判になる可能性があることを念頭に置く。
これらを踏まえ、労使で丁寧に話し合いながら権利保護と現実的な運用のバランスを探ることが重要です。
退職金と税制優遇
退職金は特別な扱い
退職金は「退職所得」として扱われ、給与所得とは別の計算方法で課税します。課税方法が軽く設計されており、勤続年数に応じた控除が大きな特徴です。
退職所得控除の計算
勤続年数により控除額が変わります。計算式は次の通りです。
– 勤続20年以下:勤続年数×40万円(最低80万円)
– 勤続20年超:800万円+(勤続年数−20年)×70万円
例:勤続30年なら800万円+(30−20)×70万円=1,500万円
課税退職所得の求め方と例
課税対象額は次の式で求めます。
課税退職所得=(退職金総額−退職所得控除)×1/2
例1:退職金2,000万円、勤続30年→(2,000万円−1,500万円)×1/2=250万円
例2:退職金500万円、勤続10年→(500万円−400万円)×1/2=50万円
控除が退職金を上回れば課税されません。
手続きと注意点
通常、退職時に企業が計算して源泉徴収します。確定申告で申告する場合や、複数の退職金がある場合は税額が変わることがあります。具体的な金額や手続きは税務署や税理士にご相談ください。


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