はじめに
この記事の目的
この文章は、労災に遭った従業員が退職を考える場合や、会社の人事・労務担当者が対応方法を知りたい場合に向けて書いています。労災中・労災後の退職に伴う手続き、給付の扱い、双方の注意点をわかりやすく整理します。
対象となる方
- 労災で療養中、または療養後に退職を検討している従業員
- 会社で対応を担当する人事・労務担当者
- 家族や支援者として手続きの流れを知りたい方
本記事で扱うこと
全9章で、退職の自由、労災保険の給付継続、会社が行う手続き、退職時の注意点、申請の実務、雇用保険との関係、よくある質問を順に解説します。具体例を交えて、実務で使えるポイントを示します。
ご利用にあたっての注意
個別の事情で対応が変わることがあります。必要に応じて労働基準監督署や専門家にご相談ください。
労災中でも退職は自由――従業員が主体的に選べる
退職の自由と基本ルール
労災(業務災害・通勤災害)で休業中でも、従業員は自主的に退職できます。会社の同意は不要で、期間の定めのない労働者なら民法上、原則として退職の意思表示から2週間で退職が成立します。契約期間がある場合は契約内容に従います。
手続きの実際(実例)
退職の意思は書面(退職届)で残すと後のトラブルを避けやすいです。療養中なら郵送(配達記録や内容証明)で送ると確実です。例:療養中に退職日を30日後に設定して退職届を郵送し、受領印や配達記録を控える方法があります。
よくある理由と考え方
治療に専念したい、職場に居づらくなった、復職が難しいなどの理由が多いです。労災給付は退職後も受けられる場合があるため、退職前に給付の継続や手続きについて確認しておくと安心です。
注意点
退職の意思表示後の手続きや、退職が雇用保険・労災給付に与える影響を確認してください。会社とのやり取りは記録を残し、必要なら労働基準監督署や労働相談窓口に相談しましょう。
退職後も労災保険は受給できる――給付内容・手続き
概要
退職後でも、在職中と同じように労災保険の給付を受けられます(労基法83条・労災保険法12条の5)。退職で給付の権利が消えたり、自動で減ることはありません。手続きの流れは基本的に退職前と変わらず、所轄の労働基準監督署に必要書類を提出します。
受給できる主な給付
- 療養補償給付:治療費(療養費)の支給や病院での労災扱い継続
- 休業補償給付:休業した期間の補償(給付基礎日額に基づく)
- 傷病補償年金・障害補償給付:後遺症が残る場合の年金や一時金
- 遺族補償年金・葬祭料:被災者が亡くなった場合の給付
必要書類(代表例)
- 労災保険給付請求書(所定様式)
- 医師の診断書・診療報酬明細書(傷病の証明)
- 医療機関の領収書やカルテの写し
- 休業の証明(給与明細や出勤簿など)
- 身分を証明する書類(本人確認)
退職証明書がないときも、医療記録や本人の陳述で補えます。
申請の手順(簡潔)
- 医師に診断書や必要な証明を依頼します。
- 給付請求書に記入し、医療証明や領収書を添付します。
- 所轄の労働基準監督署へ提出します。
- 労基署が調査し、追加資料を求めることがあります。
- 認定されれば給付が支払われます。
会社の協力が得られない場合
会社が書類を出さない場合でも、申請は可能です。医療機関の証明、本人や同僚の陳述、出勤記録や給与明細などで補強してください。労基署が調査して事実関係を確認します。
時効と注意点
一部の給付には時効があります。請求権の時効は給付の種類によって2〜5年と幅があるため、できるだけ早く申請してください。受給が認められない場合は、再審査請求や異議申立ての手段があります。
必要な手続きは多く見えますが、退職後も権利は守られます。不安があれば早めに労基署や労働相談窓口へ相談してください。
退職時に会社側が行うべき手続きと必要書類
企業側の届出と期限
- 社会保険(健康保険・厚生年金):被保険者資格喪失の届出を退職後5日以内に行います。健康保険証は会社で回収し、加入していた保険者に届出します。
- 雇用保険:被保険者資格喪失届と離職証明書を退職後10日以内にハローワークへ提出します。ハローワークが離職票を発行しますので、発行後に従業員に交付します。
従業員へ渡す主な書類・説明
- 健康保険証の返却(回収)とその手続きの説明
- 被保険者資格喪失届の控えや届出日
- 離職証明書の控え(会社保管)と、離職票の交付時期の案内
- 雇用保険被保険者証の返却
- 労災に関する説明:給付請求は本人が行う点と、必要書類の提供可否
労災に関して会社がすべきこと
- 退職時に特別な手続きが不要なケースが多いですが、事故発生時には労働基準監督署への届出(報告)や診断書の写しなどの保存・提供が必要です。
- 従業員が労災給付を申請する場合、会社は必要書類(業務の状況を示す書類や勤務記録など)を速やかに提供してください。
実務上のポイント
- 書類は控えを必ず残し、従業員にもコピーを渡すこと。
- 退職時に手続きと今後の流れ(健康保険の切替え、失業給付の手続き先、労災請求窓口)を口頭と書面で説明してください。
- 電子申請が可能な場合はその利用で手続きを早められます。
必要書類と期限を守ることで、従業員の権利を守り、後のトラブルを防げます。
労災後に退職する際の注意点・デメリット
職場復帰の可能性と再就職の準備
退職すると原則として同じ職場に戻れません。復職を望む場合は、退職前に復職の意向や条件を文書で確認しましょう。再就職は時間がかかることが多いので、履歴書の準備や職業訓練、ハローワークの利用を早めに検討してください。
労災給付・示談交渉が難しくなるリスク
会社の協力が得られにくいと、休業損害や慰謝料の示談が長引くことがあります。具体例として、労働時間の証明や事故報告書の提出をめぐり争いになる場面があります。医師の診断書や治療経過の記録を自分で保管し、請求の際に提示できるようにしてください。
退職勧奨や不当な圧力への対処
会社から退職を強く勧められた場合、それが脅しや嫌がらせに当たることがあります。安易に応じず、まずは労働相談窓口や弁護士に相談してください。電話や面談の内容は可能な限り記録し、メールや書面で確認を残しましょう。
証拠保全と手続き上の注意点
事故の状況、診断書、勤務記録、会社とのやり取り(メールやメモ)は全てコピーを残します。会社が書類の提出を拒む場合は、労働基準監督署や労働相談センターに相談し、行政を通じて対応を求めることができます。
医療・生活面の影響と備え
治療が長引くと収入が減る不安があります。傷病手当や生活費の見直し、家族との相談を早めに行ってください。必要ならば弁護士に相談して、労災給付や休業損害の請求方針を決めましょう。
退職後の労災申請の流れと実務ポイント
はじめに
退職後でも労災の請求は可能です。様式第5号や16号の3を作成して最寄りの労働基準監督署へ提出します。会社の証明欄が空欄でも本人や医療機関で補完して提出できます。
必要書類(主なもの)
- 労災請求書(様式第5号、又は16号の3)
- 診断書や診療報告書
- 領収書(治療費を立て替えた場合)と医療機関の証明書
- 身分証明書や退職を確認できる書類(雇用契約書など)
記入の実務ポイント
- 病名・受傷日・治療の開始日などは正確に記載してください。日付のズレがあると照会が発生します。
- 会社の証明が得られない場合は、本人欄や医療機関の証明で補います。労働基準監督署に相談すると書き方を教えてくれます。
療養費(立替払い)の手続き
治療費を自分で支払った場合は「療養の費用給付請求書」を使います。領収書の原本と医療機関の証明を添付し、振込先の口座情報を明記してください。
提出方法とその後の流れ
最寄りの労働基準監督署へ持参または郵送で提出します。提出後、必要に応じて追加書類の提出や事実確認の連絡が入ります。審査には数週間から数か月かかることがあるため、控えを保管し、状況を定期的に確認してください。
実務上の注意点
- 可能な限り早めに申請することをおすすめします。
- 領収書など証拠は原本を保管してください。コピーだけでは不十分な場合があります。
- 会社が協力しない場合でも、監督署が間に入って状況を確認してくれることがあります。
疑問があれば最寄りの労働基準監督署へ問い合わせると安心です。
労災後の退職と雇用保険(失業保険)の関係
概要
労災で療養が必要な間は、求職活動ができないため原則として失業保険(雇用保険の基本手当)は受給できません。治療が終わり就労可能となれば、離職票などで申請できます。
療養中の取り扱い
療養中は『働けない状態』とみなされるため、ハローワークで求職の申し込みができません。よって給付対象にならない点に注意してください。
治癒後の手続きの流れ
- 医師により就労可能と診断を受ける
- 会社から離職票を受け取る(退職時に発行されます)
- ハローワークで求職申込みをして失業給付の申請をする
医師の診断書や労災の給付を受けている証明書があると手続きがスムーズです。
離職理由の影響
離職理由(自己都合か会社都合)により、給付開始の待期期間や給付日数が変わります。自己都合は原則として給付制限(待期)や給付日数の短縮があり、会社都合は優遇されます。詳しくはハローワークで確認してください。
長期療養や特別なケース
長期間の療養で通常の手続きが難しい場合、ハローワークと労働基準監督署の両方に相談すると特例的な取り扱いがある場合もあります。診断書や労災給付の記録を用意してください。
必要書類と実務ポイント
主な書類:離職票、雇用保険被保険者証、身分証明書、通帳、マイナンバー、医師の診断書、労災の給付証明。労災給付と失業給付は性質が異なるため、併給や影響については個別判断になります。まずハローワークに相談して手続きを進めてください。
労災退職手続きのよくある質問と実務Q&A
Q1:労災申請を退職後に行っても大丈夫ですか?
はい。退職後でも申請できます。ただし、労災の請求権には時効がありますので、早めに手続きを始めてください。具体的な期限や判断は最寄りの労働基準監督署に確認してください。
Q2:会社の協力が得られない場合はどうすれば?
会社が書類を出さない場合でも、医師の診断書や診療記録、事故状況を示すメモや写真で進められます。まず労働基準監督署に相談し、必要なら労働組合や弁護士に相談してください。
Q3:退職後に再就職したら給付はどうなる?
就労が可能と判断されれば、休業補償給付は終了します。他の給付(治療費や障害補償)は状況に応じて継続することがあります。再就職先での労災か否かは個別に判断されます。
Q4:申請に必要な主な書類は?
- 医師の診断書・診療明細
- 事故の状況を示す資料(メモ、写真)
- 雇用関係を確認する書類(雇用契約書、給与明細など)
書類は写しを取って保管してください。
Q5:手続き上の実務ポイント
- 証拠は早めに集める
- 会社対応は記録に残す(日時・内容)
- 不明点は労働基準監督署へ相談
必要があれば、個別のケースに合わせた具体的な手順もご案内します。ご希望があれば教えてください。
まとめ:労災中・労災後の退職は慎重に
労災中でも退職は本人の自由であり、退職後も労災給付を受けられる場合があります。ただし、手続きや期限、会社とのやり取りを怠ると不利になることがあります。ここでは、トラブルを避けるための実務的な注意点を分かりやすくまとめます。
- 退職届の提出方法
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口頭だけで済ませず、書面やメールで提出しましょう。証拠として残るよう、内容証明や控えの保存をおすすめします。
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証拠の保全
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診断書、休業証明、業務日誌、メールのやり取りなどをコピーして保管してください。後で状態や発生日を争う際に役立ちます。
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給付申請の期限管理
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労災給付には申請期限や時効が存在します。早めに労基署や社労士に確認し、必要な書類を揃えて申請しましょう。
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会社とのやり取りは書面で
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給付の協力や必要書類について会社とやり取りする際は、記録が残る形にしてください。口頭確認だけでは証明が難しくなります。
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必要書類の控えを確保
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会社が用意する書類、医療機関の証明、申請書のコピーを自分でも保管してください。
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相談先を確保する
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不安があれば最寄りの労働基準監督署、社労士、弁護士、労働組合などに相談してください。早めの相談が解決を早めます。
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自分の体調を優先する
- 手続きも大切ですが、まずは治療と休養を優先してください。回復が退職後の生活や手続きの基盤になります。
退職は生活に大きな影響を与えます。書面保存・期限管理・相談の三点を徹底し、冷静に進めてください。必要であれば、専門家に早めに相談しましょう。


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