はじめに
目的
本記事は、企業の就業規則におけるパワーハラスメント(パワハラ)対策の基本を分かりやすく伝えることを目的とします。定義や要件、規定例、実務対応、法的な観点まで幅広く扱います。
対象読者
人事担当者、経営者、管理職、労務担当の方に向けています。初めて規程を整備する方にも読みやすい内容にしています。
本記事の構成と読み方
第2章でパワハラの要件を説明し、第3章以降で就業規則への記載方法や具体的な対応策、法的義務や罰則を順に解説します。具体例を交えて、実務で使えるポイントを示します。
一言
パワハラは職場の信頼を損ない、企業リスクになります。早めに就業規則を見直し、実効性ある対策を整えることが重要です。
パワーハラスメントの定義と要件
厚生労働省の定義
厚生労働省はパワーハラスメント(パワハラ)を、次の3つの要素で定義しています。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた行為
- 労働者の就業環境が害されること
これらすべてがそろうとパワハラに該当します。
具体例
- 暴力や机をたたくなどの身体的行為
- 「バカ」「使えない」といった暴言や人格を否定する言葉
- 過度な叱責や長時間にわたる一方的な説教
- 業務を与えない、仕事を取り上げる(無視・隔離)
- 不当に重い仕事や明らかに無理な納期を課す
判断のポイント
- 優越性:職位だけでなく経験や人間関係の力関係も含みます。
- 相当性:同じ内容でも目的や方法で違います。業務改善のための指導は相当な範囲内のことが多いです。
- 労働環境の害:身体的被害、精神的苦痛、業務遂行能力の低下、退職に至るなどの影響を見ます。
- 頻度・程度・状況:一回の行為でも重大ならパワハラになりますし、継続的な小さな行為でも判断されます。
指導との違い
業務指導は目的が業務改善で、方法が具体的で説明的、記録や指導計画がある点で異なります。相手の尊厳を保ちつつ行うことが重要です。
就業規則におけるパワーハラスメント規定の必要性
なぜ必要か
パワハラ防止は労働施策総合推進法で企業に義務付けられています。大企業は2020年、中小企業は2022年から防止措置の義務が拡大しました。就業規則に明文化することで、社内ルールが一貫し、労使の認識がそろいます。
具体的な効果
・被害の早期発見:相談窓口や通報方法を定めると相談が増えます。
・迅速な対応:調査手順や責任者を明記すると対応が遅れません。
・再発防止:懲戒や教育の仕組みを明示すると抑止力になります。
明文化すべき主な項目
1. 禁止行為の具体例(暴言、長時間の過度な叱責、業務上必要のない隔離など)
2. 相談窓口と相談者保護(匿名相談、相談後の不利益取扱禁止)
3. 調査・対応の流れ(事実確認、聞き取り、報告)
4. 懲戒と再発防止措置(教育、配置転換など)
5. 秘密保持と個人情報管理
実務上の注意点
記載は具体的にしつつ、運用で柔軟に対応する余地を残してください。経営層と人事、労働組合や従業員代表の意見を踏まえて作成すると現場で機能します。就業規則は周知と定期的な見直しも重要です。
就業規則への記載例とポイント
記載すべき項目
- 定義:パワハラの概念を明確に記載します。
- 禁止される具体的行為:例を列挙して分かりやすく示します。
- 業務上の正当な指導との線引き:判断基準を示します。
- 相談窓口の設置:相談方法や担当者を明記します。
- 調査・対応:調査の流れ・保護措置・秘密保持を規定します。
- 懲戒処分・救済措置:処分の種類や被害者支援を定めます。
具体例(条文案)
「職務上の地位・人間関係等の優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超え、他の従業員の就業環境を害する言動(パワーハラスメント)を禁止し、違反時は懲戒処分とする。」
具体行為の例
- 暴言や長時間の叱責
- 執拗な無視や排除
- 業務上不必要な過重な業務押し付け
- 私的な要求や名誉毀損
業務上の指導との線引き(実務ポイント)
- 指導の目的と内容を明確に記録する
- 方法・頻度が相当かを評価する
- 被害者の受け取り方だけでなく、客観的事実を合わせて判断する
相談窓口と調査対応
- 複数窓口(人事・外部相談等)と匿名相談を用意する
- 迅速かつ公平な調査を行い、必要に応じて勤務場所や職務の変更など保護措置を講じる
懲戒処分と救済
- 警告から懲戒解雇までの段階を明記する
- 被害者への配慮(休職、配置転換、心理的支援)や再発防止の教育を規定する
パワハラ防止のための企業の実務対応
研修と教育
全社員向けの基礎研修と管理職向けの指導者研修を定期的に行います。具体例としては「何がパワハラか」「相談の受け方」「早期発見のポイント」などをロールプレイや事例で学びます。年1回以上の実施と入社時の必須受講を勧めます。
相談窓口の整備
相談窓口は社内外で複数置きます。担当者の氏名と連絡方法を明示し、匿名相談や社外相談(産業医や外部窓口)も用意します。プライバシーを守る運用ルールを文書で示します。
迅速な調査と是正措置
報告を受けたら速やかに事実確認を始めます。聞き取りは書面で記録し、関係者の証拠を保存します。必要に応じて一時的な配置転換や職務停止で接触を避けます。調査後は改善命令や懲戒などを適切に行います。
被害者保護と加害者対応
被害者には休職や業務軽減、相談支援を提供します。通報者への不利益取り扱いは禁止します。加害者には状況に応じた懲戒や教育を行い、再発防止計画を作成させます。
再発防止と職場改善
業務負担や評価制度を見直し、上司の対人スキル研修やチームミーティングを促進します。職場ルールを明確にして日常的なコミュニケーションを増やします。
モニタリングと評価
定期的なアンケートや相談件数の集計で効果を確認します。改善が不十分な場合は対策を見直し、関係者へ結果を共有します。
法的義務と罰則
企業が負う主な法的義務
企業は職場の安全を確保する義務があります。具体的には、パワハラの防止や早期把握、被害者への配慮と適切な対応を行う必要があります。就業規則や相談窓口の整備、教育や研修の実施などが求められます。
行政からの対応例
厚生労働省や労働局は調査や指導、勧告を行います。重大な場合は是正勧告や企業名の公表に至ることがあります。行政指導は企業の信頼に大きな影響を与えます。
民事上の責任(損害賠償)
被害者は慰謝料や休業損害、逸失利益を求めて損害賠償を請求できます。裁判で企業の安全配慮義務違反が認められると、賠償責任を負います。例えば相談窓口が機能せず調査もしなかった場合、企業の責任が問われやすくなります。
実務上の影響と対策
放置すると裁判費用や和解金、信用失墜で採用や取引に影響します。受任時は速やかな事実確認、必要な処分、再発防止策を文書で示すことが重要です。また就業規則や相談体制を整備し、証拠保全を徹底してください。
まとめ:就業規則の整備は企業リスク回避の要
- 要点の再確認
就業規則には、パワハラの定義、禁止される具体行為、懲戒規程、相談窓口、調査・対応の手順、再発防止策を明記してください。従業員への周知と教育を通じて実効性を高めることが重要です。
- 実務チェックリスト(すぐできる項目)
- 定義と例示を一文ずつ明記する(言葉の暴力、業務外での叱責など)
- 相談窓口を複数用意し、匿名相談も可能にする
- 調査の流れ(通報→一次対応→事実確認→処分決定)を図示する
- 処分例を具体的に列挙する(注意、減給、出勤停止、懲戒解雇など)
-
再発防止のための教育とフォローアップを定期実施する
-
推奨する見直し頻度と方法
- 年1回の定期見直しと、重大事案発生時の臨時見直しを設定する
- 労働組合や外部専門家の意見を取り入れる
-
従業員アンケートで運用状況を把握する
-
最後に
就業規則の整備は単なる書面作成で終えてはいけません。現場で運用し、問題があれば速やかに改善する姿勢が企業の信用を守ります。従業員が安心して働ける職場を目指して、継続的な取り組みを行ってください。


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