はじめに
導入
「退職金」は、従業員が退職したときに支払う重要な手当です。会社にとっては運用やルール作りが必要で、従業員にとっては将来の生活を支える制度です。本章では、この連載の入り口として、目的と読み方を分かりやすく説明します。
この記事の目的
本記事は、企業や人事担当者が就業規則や退職金規程を整備する際に必要なポイントを整理するためのガイドです。法律上の最低限の要件、記載すべき具体的事項、条文の書き方、作成時の注意点を順に解説します。
対象読者
・中小企業の経営者・人事担当者
・これから退職金制度を導入・見直しする方
・就業規則や退職金規程の作成を外注する前に基礎を知りたい方
本連載の構成と読み方
第2章で法的要件を押さえ、第3章で記載項目を具体化します。第4章で条文例を示し、第5章で作成時の注意点をまとめます。最後に第6章で全体を振り返ります。
まずは基礎を固めることが大切です。次章から順に読み進めることで、実務に使える知識が身につくはずです。
第2章: 就業規則における退職金規定の法的要件
労働基準法の根拠
労働基準法第89条は、退職金制度を設ける場合の記載義務を定めています。退職金を支給するなら、就業規則または別の退職金規程に必要な事項を明記する必要があります。制度があるかどうかがまず重要です。
記載すべき主な事項(相対的必要記載)
- 適用される労働者の範囲:正社員のみか、契約社員やパートも含むかを明確にします。例:正社員は全員対象、契約社員は勤続2年以上で対象。
- 支給の決定・計算方法:勤続年数、基本給、支給率などを具体的に。例:勤続年数×月給×支給率(0.5〜1.5%など)。
- 支払い方法・時期:一時金か分割か、退職日から何日以内に支払うかを示します。例:退職後30日以内に一括支給。
届け出と周知の義務
作成または変更した就業規則・退職金規程は、労働基準監督署へ届け出が必要です。また、従業員に対して文書や掲示、社内イントラで周知して理解を得ることが求められます。具体的には規程を配布するか、閲覧可能にする方法が一般的です。
実務上の注意点
文言をあいまいにすると支給トラブルにつながります。たとえば「相当額」といった表現は避け、計算式や適用条件を明確にしてください。変更時は従業員代表の意見聴取や説明も行うと円滑に運用できます。
退職金規定に記載すべき具体的事項
1) 適用される労働者の範囲
誰が退職金の対象かを明確にします。正社員のみ、契約社員は除外、試用期間中は対象外、勤続年数が一定以上(例:5年以上)など具体的に記載してください。育児・介護休業や出向時の扱いも明記すると誤解を防げます。
2) 退職金額の決定・計算方法
支給基準と算定式を示します。例:退職時基本給×勤続年数×支給率(※支給率は役職や評価で変動)。別途、功績加算や勤続表彰加算を設ける場合は計算方法を具体的に書きます。短期間在籍や懲戒退職時の減額ルールも明確にしてください。
3) 支払い方法・支払い時期
一時金か分割か、支払期日(退職日から何日以内か)を定めます。銀行振込の可否や振込先の手続き、税金・社会保険の取扱いも記載します。分割払いの場合は回数や開始時期を明記してください。
4) 手続き・例外事項
請求手続き(申請書類や提出期限)、証明書類の扱い、再雇用や転籍時の扱い、制度改定があった場合の経過措置も記載します。明文化することでトラブルを防げます。
就業規則・退職金規程の記載例(条文例)
記載例1(オーソドックスな退職金規定)
第1条(目的) 本規程は、社員の退職に際して支給する退職金について定めるものとする。
第2条(支給対象) 正社員で、当社の定める勤続年数が3年以上の者に支給する。
第3条(算定方法) 退職金は「基礎額」×「勤続年数係数」により算出する。基礎額は退職時の基本給とし、勤続年数係数は勤続1年ごとに0.2(例)を乗じる。具体例:基本給30万円、勤続10年の場合、30万×(0.2×10)=60万円。
第4条(支払時期) 退職日から30日以内に一括して支払うものとする。支払方法は当社指定の口座振込とする。
記載例2(支給対象や免除事項を具体的に明記した例)
第1条(支給除外) 以下の場合は退職金を支給しないか、減額することがある。
1. 本人の故意または重大な過失により解雇された場合
2. 試用期間中に退職した場合(勤続年数が通算要件に満たないとき)
第2条(パートタイマー等) パートタイマーおよび契約社員の退職金支給要件は別に定める。例:所定労働時間が週20時間以上かつ勤続5年以上の場合に支給。
記載例3(確定拠出年金制度導入時の条文例)
第1条(制度の位置づけ) 当社は退職金の一部または全額を確定拠出年金(以下DC)で運用することがある。
第2条(適用範囲) DCの適用対象者および拠出額は別表に定める。既存の退職金規程との関係は別に定め、移行措置を明記する。
第3条(給付の方法) DCにより給付される金額は運用実績により変動する。退職金規程に定める支給時期・手続に従い、必要な移換・受給手続きを行うものとする。
退職金規程作成時の注意点
1) 計算方法は具体的に明記する
支給額の算出式を必ず示します。例:「基本給×勤続年数×支給率」。端数処理(四捨五入、切捨て等)や支給上限も明記してください。具体例を入れると社内の理解が進みます。
2) 支給対象と不支給(免除)事項
正社員、契約社員、派遣社員など対象範囲を明確にします。早期退職、自己都合退職、懲戒解雇、死亡時の取り扱いを個別に定めます。例:懲戒解雇は支給なし、死亡は遺族へ一時金。
3) 制度の種類別条文
確定給付型、確定拠出年金、ポイント制など制度ごとに条文を用意します。確定拠出年金は加入/移換の手続きと資産の扱いを記載してください。ポイント制は付与ルールや交換方法を明文化します。
4) 改定・届け出・周知
法改正や方針変更があれば速やかに規程を改定し、労働基準監督署への届出や従業員への周知を行います。改定の適用時期と既往者の扱いも決めておきます。
5) 運用上の実務ポイント
計算に使うデータ(在籍日・基本給の定義)や担当部署、問い合わせ窓口を明記します。試算表やよくある質問を準備すると運用が滑らかになります。
まとめ
退職金規定は、会社で退職金を支給する場合に就業規則へ明確に記載すべき重要な事項です。支給対象、金額の決定・計算方法、支払い方法・時期の3点を中心に定めると、社員との誤解やトラブルを防げます。
- 支給対象:在籍期間、勤続年数、定年・自己都合・解雇などの扱いを具体的に記載してください。例を使うと分かりやすくなります。
- 計算方法:算定基礎(基本給や勤続年数の扱い)と具体的な計算式を示してください。定額・定率・功績加算の有無も明記します。
- 支払い方法・時期:一時金払いや分割、支払期日、税・社会保険の扱いを明記してください。
作成時は自社の実情に合わせ、条文例や厚生労働省や専門サイトのテンプレートを参考にしてください。明文化は社員への説明責任を果たし、将来の紛争予防につながります。必要に応じて社労士や弁護士に相談し、運用とともに定期的に見直すことをおすすめします。
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