はじめに
目的
本章では、就業規則を従業員に「どのように」「何を」伝えるべきかを、分かりやすく紹介します。法的な背景や実務での対応方法を、具体例を交えて丁寧に解説していきます。
対象読者
人事担当者や経営者、職場で規則の扱いに関心のある社員向けです。法律専門家でなくても実務に使える情報を意識して書きます。
この記事で学べること
- 就業規則の周知義務の意味
- 掲示・配布・閲覧などの具体的対応
- コピー請求や渡していない場合のリスク
- 周知方法ごとの注意点と実務のコツ
読み方・使い方
各章は実務で直面しやすい場面ごとに分けています。まず第2章から順に読み、該当する場面だけ参照しても役立ちます。必要に応じて専門家に相談しながら運用を整えてください。
就業規則の周知義務とは何か
法的な位置づけ
労働基準法第106条は、事業主に就業規則を作成するだけでなく、従業員がいつでも内容を確認できる状態にするよう求めています。つまり「作ればよい」だけでなく「従業員に見えるようにしておく」ことが義務です。
周知で求められる状態
周知とは、従業員が実際に内容を確認できることを指します。具体的には、出勤時にいつでも見られる場所に掲示する、事業所に備え付けておく、書面を渡す、電子データで共有するなど、従業員が容易にアクセスできる状態です。
代表的な周知方法(例)
- 掲示:休憩室や事務所入口など「見やすい場所」に掲示します。
- 備え付け:就業規則のファイルを事務所に置き、自由に閲覧できるようにします。
- 書面交付:入社時に一人ひとりに配布します。
- 電子配信:社内ポータルやメールで共有し、ログで確認できるようにします。
周知が不十分だとどうなるか
周知していない就業規則は効力が否定される場合があります。したがって、作成後はどの方法で周知したか記録を残し、従業員が実際に見られる環境を整えてください。
就業規則の「渡す」義務の具体的内容
法的な位置づけと基本
就業規則を「渡す」こと自体は、全員に紙で配る義務ではありません。法令は「常時閲覧できる状態」にすることを求めます。交付はその手段の一つで、実務では周知と証拠の両立を意識します。
実際の渡し方(具体例)
- 給与明細に同封して冊子で配布する。従業員が確実に受け取れる方法です。
- 入社時の書類一式に含める。最初に全文を渡し、重要事項を説明します。
- 社内研修や説明会で配布。口頭説明と同時に渡すと理解が深まります。
- 社内掲示板や共用スペースに常時備え置く。印刷物が欲しい人がいつでも閲覧できます。
- 社内イントラやクラウドに掲載し、URLやQRコードで共有。電子データは法的に有効です。
渡す際の注意点
- 全文を渡す。抜粋や要約だけでは不十分です。
- 最新版であることを明示し、改定日を記載します。
- 多言語対応が必要な場合は訳文も用意します。
- 電子配布でもアクセス可能性を担保し、紙希望者への対応路線を用意します。
- 交付の記録を残す(受領書、配布リスト、閲覧ログなど)。
電子データでの共有時のポイント
- 社員が閲覧・印刷できる環境を確保してください。
- メール通知やイントラ上の告知で、閲覧を促す仕組みを作ります。
- パスワード管理や権限設定は、閲覧に支障が出ない範囲で行います。
改定時の対応
改定したら速やかに周知し、改定箇所と施行日を明示して配布します。説明会やFAQを用意すると誤解を防げます。
就業規則のコピー交付義務について
概要
従業員から就業規則のコピーを求められたとき、会社に必ずコピーを渡す法的義務があるわけではありません。裁判例では、就業規則の閲覧を認めれば足りるとされ、複写(コピー)請求を明確に義務づける根拠は見つかっていません。
会社の裁量と実務
会社は就業規則の交付を行うかどうかを裁量で決められます。ただし、閲覧が確保されていることが重要です。具体的には、社内で自由に閲覧できる場所を用意する、電子ファイルでアクセス可能にするなどで対応できます。
コピーを渡す場合の配慮点
コピー提供を拒む正当な理由には、個人情報や営業秘密の保護、コスト負担の問題などがあります。例として、労働組合が大量にコピーを求める場合、会社は閲覧で対応しつつ、必要なら実費を請求することが考えられます。
いつコピーを渡すべきか
就業規則や労使協定で交付を定めている場合は、その規定に従います。明示的な定めがないときは、閲覧整備を優先し、個別の事情に応じてコピー提供を検討するとよいでしょう。
実務上の勧め
閲覧方法とコピー方針を社内で明文化しておくと安心です。従業員からの請求には記録を残し、理由を説明して対応すればトラブルを避けられます。
就業規則を見せない場合の法的リスク
法的な罰則
就業規則を従業員に交付・周知しないと、行政罰や罰金の対象になります。具体的には30万円以下の罰金が科される可能性があり、会社にとって直接的な負担となります。
周知されていない就業規則の効力
従業員に周知されていない就業規則は、労働者に対して効力を持たない場合があります。例えば賃金や休暇、懲戒の条件を新たに定めても、周知が不十分だとその適用を主張できません。
労使トラブルでの具体例
- 勤務時間や残業の取り扱いを就業規則で変更したが周知していなかったため、未払い残業代の請求で会社側が不利になるケース。
- 懲戒解雇の根拠となる規程を示せず、処分が無効とされたケース。
リスク回避のための対応
- 就業規則を交付・掲示・電子配信などで確実に周知する。記録を残すことが大切です。
- 変更時は周知方法を工夫し、受領確認や履歴を保存する。
- 問題が起きたら、労務担当者や労働相談窓口、弁護士に早めに相談してください。
周知方法の選択肢と注意点
認められる周知方法
労働関係法上、主に次の3つが認められます。掲示・備え付け(見やすい場所に常時置く)、書面交付(個人に手渡す)、電子データ(イントラ・メールやクラウドで共有)。それぞれに利点があります。
組み合わせのすすめ
単独より複数を組み合わせると確実性が高まります。たとえば社内イントラで公開しつつ、紙の冊子を休憩室に備え付け、重要変更時は個別に書面を配布する方法が実務上おすすめです。
運用上の注意点
・閲覧しやすさ:文字サイズやファイル形式を配慮してください。遠隔勤務者や視覚障がい者への配慮も必要です。
・最新版管理:改定履歴と施行日を明記し、旧版と混在しないよう管理してください。
・証拠の確保:書面なら受領署名、電子なら閲覧ログや同意ボタンで交付の記録を残してください。
・周知範囲:新入社員・部署異動者・退職者への扱いを事前に定めてください。
具体例
イントラで全文公開+部署ごとの説明会+紙の要約冊子を備え付け。重要改定時は全員に印刷物を郵送し、受領確認を取ると安心です。
入社時・退職時・在職中の対応
入社時の対応
入社時は労働条件通知書と合わせて、就業規則の確認方法を明示します。全条項を逐一記載する義務はありません。具体例:就業規則の写しを手渡す、社内イントラのURLを記載する、所在を記した案内を交付する。受領確認書や署名で「説明した」「受け取った」を記録すると分かりやすいです。
在職中の対応
在職者はいつでも閲覧できる状態を維持します。社内掲示、イントラ掲載、紙冊子の常備などで周知します。閲覧請求には速やかに対応し、貸出記録やコピー交付の履歴を残すとトラブルを防げます。休職中でも閲覧権は維持されますので、希望があれば対応してください。
退職時の対応
退職後も開示請求は可能です。退職者からの請求には身元確認を行い、適切な手順で開示します。過去の規則が必要な場合は保存期間や保存場所を明示し、コピー交付の可否を伝えてください。
実務のポイント
誰がどの方法で周知・交付するかを定め、手続き書式を整備します。説明の記録を残し、アクセス方法を定期的に見直すと安心です。
実務対応のポイント
日常業務でのチェックポイント
- 就業規則が従業員に見られる状態にあるか定期的に確認します。例:社内掲示板、共有フォルダ、紙の閲覧用ファイルなどを点検します。
求められたときの対応手順(例)
- 要望を受けたら速やかに閲覧場所を案内します。メールや口頭で案内して構いません。
- コピーを希望された場合は、原則として柔軟に対応します。トラブル防止のため控えを残します。
コピー交付の扱い
- コピー交付は必須ではありませんが、トラブルを避ける有効策です。具体例:入社時に就業規則の要点をまとめた一枚を渡す。
労働条件通知書との関係
- 2024年4月以降、労働条件通知書に就業規則の確認方法を記載する欄が増えました。入社書類に確認方法を明記すると手続きが簡単になります。
文書管理と履歴保持
- 改定履歴や配布・掲示の記録を残してください。改定日や周知方法をメモしておくと争いを避けられます。
担当者と教育
- 管理担当者を決め、周知方法のマニュアルを作ります。従業員には入社時に確認方法を説明してください。


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