はじめに
本稿の目的
本稿は、退職代行に関する学術的知見と調査データをもとに、利用実態や背景を分かりやすく整理することを目的としています。感情論や個別の体験談に偏らず、データで示される傾向を丁寧に伝えます。
対象と範囲
退職代行の定義と代表的なサービス形態を簡潔に説明し、利用者の属性、離職理由の変化、新卒の意識、企業側の対応といった多角的な視点を扱います。個人攻撃や特定企業の批判は行いません。
本稿の読み方
章ごとに調査結果と解説を示します。専門用語は最小限にし、具体例で補足します。労働環境やキャリアを考える方、企業の人事担当者、関心のある一般読者に向けて、公平で実務的な情報を提供します。
退職代行は“特殊な人のサービス”ではなくなった
背景
近年、退職代行サービスは目立たない選択肢から身近な手段へと変わりました。マイナビの調査では、退職代行経由で退職した企業の割合が2021年の16.3%から2024年上半期には23.2%に増えています。東京商工リサーチの2024年調査では、社員が退職代行を利用した企業は全体の9.3%でした。大企業での利用率が高い点も特徴です。
なぜ一般化したのか
- 利用の簡便化: インターネットや専用窓口で手続きが完結しやすくなりました。
- 労働環境の変化: 長時間労働以外にも、人間関係や評価のプレッシャーで退職を選ぶ人が増えています。
- 社会的許容度の変化: 「直接言いにくい」事情を代行してもらうことに抵抗が薄れてきました。
大企業で多い理由(例示)
大企業は社員数が多く、部署間の連絡や手続きが複雑です。出社を続けづらいケースや、就業規則や顧客対応の調整が必要な場合に、代行を利用する例が増えます。個人の事情を外部に委ねることでトラブル回避を図る場面も見られます。
企業・働く人への示唆
企業側は、退職手続きの透明化と柔軟な対応を整えると、摩擦を減らせます。働く人は、利用前に就業規則や退職時の手続きを確認すると安心です。サービスが一般化している今、双方が対話と仕組み作りを進めることが重要です。
退職代行利用者は“無責任な若者”なのか?定量調査が示すリアル
調査の要点
パーソル総合研究所の調査では、正社員の離職者のうち5.1%が退職代行を利用しました。利用者の約半数が20〜30代で、在籍期間が1年未満の割合は約4割と、一般離職者の約2倍に達します。
利用者の性格的特徴
調査は、退職代行利用者に協調性や責任感が高い傾向を示しました。単なる“無責任”や“逃げ”ではなく、自らの職務や周囲との調和を重んじる人が多いことがわかります。
背景にある構造的要因
過度な成果圧力、上司との関係が希薄で退職を切り出しにくい職場、短期離職が生じやすい雇用形態などが背景にあります。こうした環境では、本人の責任感が高くても退職の手続きが難しくなるため、退職代行を選ぶケースが増えます。
企業・個人への示唆
企業は対話の仕組みや早期フォローを整備すると離職前の対応が改善します。個人は退職の選択肢を知り、状況に応じた支援を検討することが重要です。
離職理由の変化――「長時間労働」から「成果圧力」へ
背景
パーソル総合研究所の調査は、離職理由の主因が2019年の「長時間労働」から「成果圧力」へと変化していることを示しています。働き方改革で残業削減が進む一方で、短い労働時間内に高い成果を求める傾向が強まりました。
何が変わったのか
時間の長さよりも“どれだけ結果を出すか”が重視されるようになりました。例えば、月間の数値目標やKPIが厳格になり、毎月の評価やボーナスが直結するケースが増えています。短い時間で複数の案件をさばくことを求められ、プレッシャーが高まります。
直属上司への不満が大きい理由
調査では退職代行利用者の約7割が直属上司へ不満を抱いています。上司が成果圧力を現場に押し付け、対話や育成より数字重視の指示に終始することが原因です。具体例としては、達成困難なノルマを「努力で何とかしろ」と短く伝える対応が挙げられます。
相談ネットワークが機能していない
職場内で相談できる仕組みや雰囲気が整っていないと、問題が表面化せずに個人が追い詰められます。上司以外に相談先がない、労務や人事に相談しても改善されないと感じると、退職代行に頼る選択をする人が増えます。
現場で見られる具体例
- 月末に複数の締め切りが重なり、残業は減っても深夜まで作業する人が出る
- 評価制度が曖昧で「なぜ低評価か分からない」と不満が溜まる
- ワンオペで案件を任され、フォローがないため退職を考える
企業が取れる対策
- 評価基準を明確にして、短期的な数字だけで判断しない
- 上司の育成・面談の質を高め、期待値のすり合わせを行う
- 相談窓口を多様化し、早期に問題をキャッチする
- 業務配分を見直し、負荷が一部に集中しないよう管理する
これらの対応で、成果を求める文化と働き手の安心感を両立できます。
「退職代行を使うかもしれない」新卒が4人に1人というインパクト
調査の主要数字
2025年新卒入社者の調査では、退職代行の認知度が94.2%、利用意向(“使うかもしれない”)が25.3%、否定的でない層は81%に上ります。短い数字でも、新卒の約4人に1人が選択肢として考える点が目を引きます。
新卒の意識と背景
利用を検討する新卒は「手続きの簡便さ」や「感情的負担の軽減」を重視します。内定先への納得感や愛着が低い人ほど、早期離職の選択肢に傾きやすい傾向が見えます。かつて期待された“長期間のコミットメント”が薄れ、合わなければ早く切り替えるマインドセットが若年層で一般化しつつあります。
企業が取るべき具体的対応(例)
- 内定者フォローの強化:早期面談や職務の具体説明を増やし、期待値のずれを減らす。
- 入社後フォローの早期化:入社直後のOJTやメンタリングを計画的に実施する。
- 退職前の対話機会の整備:問題が出たときに相談できる窓口を明示し、選択肢を限定しない安心感を与える。
これらの対応は新卒の離職抑止だけでなく、採用ブランディングにも資します。企業は“利用される前提”を想定して、早期段階から信頼関係を築くことが重要です。
企業側から見た退職代行――「約1割が経験」「引き継ぎ・残業への影響」
調査の要点
東京商工リサーチは、社員が退職代行を使って退職した企業が全体の9.3%に上ると報告しました。規模が大きい会社ほど経験率が高い傾向があります。企業側の視点では利用の増加が労務管理や現場の負担に直結します。
企業規模と利用の差
大企業では相談窓口が整っている一方で、組織が複雑で個別に対応しにくい面があります。中小企業では個別のやり取りで解決することもありますが、人手が少ないため影響が出やすいです。
引き継ぎへの影響
退職代行で「即日退職」となるケースでは引き継ぎが中途で止まります。例えば、残ったメンバーが急きょ未完了の資料や顧客対応を引き受け、短期間で対応負担が増します。
残業や業務負担の増加
代行利用で予定より早く席を離れると、残業や休日出勤で穴埋めする必要が出ます。とくに繁忙期は影響が大きくなるため、現場から不満が生まれやすいです。
企業の対応例
企業は事前対応として退職手続きの標準化や引き継ぎチェックリストを整備します。人事が窓口を一本化して早めに受け皿を作ることで混乱を抑えられます。また、代理での説明やマニュアル整備で業務断絶を減らす工夫が有効です。
人事・経営への示唆
退職代行は個人の選択ですが、企業は受け止め方を変える必要があります。早期離職のサインを見逃さず関係性を見直すことが、結果的に現場負担の軽減につながります。


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