はじめに
本記事の目的
本記事は、企業の就業規則における残業(時間外労働)に関する規定を分かりやすく解説するために作成しました。法律的な枠組みや運用のポイント、記載例、残業代の計算方法、上限や切り捨ての注意点などを網羅します。人事担当者や労働者が自社の規定の適法性と実務運用を理解し、トラブルを防ぐための実践的な手引きを目指します。
読者想定
- 中小企業の人事担当者
- 勤務条件に不安がある労働者
- 就業規則を見直そうとしている経営者
本章の読み方
まず本章で全体の目的と構成を示します。続く章で、基礎知識→法的根拠→計算方法→実務的な注意点、という流れで具体的に説明します。必要な箇所だけを順に読んでも理解できるよう配慮しています。
注意事項
本稿は一般的な解説です。個別具体的なトラブルや法的判断が必要な場合は、労働基準監督署や弁護士に相談してください。
就業規則における残業規定の基本
残業の定義と区分
労働基準法では「1日8時間・1週40時間」を超える労働を時間外労働(法定外残業)とします。企業が定める所定労働時間(例:1日7時間)を超える労働は、法の基準を超えていなければ「所定内残業」と呼ばれます。就業規則ではこの二つを区別して明記します。
就業規則に記載すべき項目(例)
- 対象となる時間(始業・終業、所定労働時間)
- 割増賃金の適用基準(何時間から、割増率の最低ライン)
- 残業命令や申請の手続き(誰が許可するか、事前申請の有無)
- 支払方法(通常賃金に上乗せ、固定残業の扱い)
- 労働時間の記録と保存方法
なぜ区分が重要か(具体例)
例えば1時間あたりの通常賃金が1,500円の場合、法定外残業は25%増で1,875円になります。一方、所定内残業(会社の1日7時間を超えて1時間働いた場合)は、法律上の割増は必須でないため、就業規則での取り扱いが重要です。
手続きと運用上の注意点
残業を命じる権限者や申請の流れを明確にしてください。緊急時の扱いも規定しておくと実務が円滑になります。また、労働時間の記録は客観的に残すことが重要です。
作成時のポイント
用語はできるだけ分かりやすくし、具体的な数値や例を示すと現場で運用しやすくなります。みなし残業(固定残業代)については別章で詳述します。
残業命令の法的根拠と36協定
法的な根拠
労働基準法第36条(通称:36協定)が、時間外労働や休日労働を認める法的根拠です。企業が残業を命じるには、労使で協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。協定がなければ原則として残業は認められません。
36協定の締結手続き
労働組合があれば組合と、なければ労働者の過半数代表を選び協定を締結します。書面に必要事項を記載し、所轄の監督署へ提出します。企業は協定の内容を従業員に周知・掲示する義務があります。
規制の中身(時間の上限)
通常は月45時間・年360時間が上限です。繁忙期などで例外を設ける特別条項を加えれば、月45時間を超えることが年6回まで可能ですが、年間上限は720時間、1か月の時間外+休日労働は100時間未満、複数月平均で月80時間以内等の厳しい基準があります。
実務上の注意点
協定があっても労働者の健康配慮は必要です。違反すると監督署の是正指導や罰則(罰金)を受ける可能性があります。繁忙期の運用は記録を残し、代替措置や健康管理を併せて準備してください。
具体例
決算月に月60時間の残業が6回ある場合、特別条項で対応できても年間合計や1か月の上限に抵触しないか必ず確認します。
残業代の計算方法と割増率
計算の基本
残業代は「時間単価」に割増率を掛けて求めます。時間単価は通常、月給を所定労働時間で割って算出します。就業規則には計算方法や端数処理(分単位の切り上げ・切り捨て)を明記してください。
時間単価の求め方(例)
例:月給30万円、所定労働時間160時間の場合
時間単価=300,000円 ÷ 160時間 = 1,875円
この時間単価に割増率を掛けて残業時の時給を出します。
割増率の目安(労働基準法)
- 法定労働時間を超える残業(時間外労働):25%割増以上
- 深夜労働(22:00〜5:00):25%割増以上
- 法定休日の労働:35%割増以上
割増は重複する場合に合算します。
割増の組合せと計算例
- 通常の残業:1,875円 × 1.25 = 2,343.75円(端数処理で2,344円)
- 深夜残業(残業+深夜):1,875円 × 1.50 = 2,812.5円(2,813円)
- 法定休日かつ深夜:1,875円 × 1.60 = 3,000円(概算)
実務では端数処理規定に従って切り上げ・切り捨てします。
みなし残業(固定残業代)の扱い方
一定時間分を固定で支給する場合、就業規則や雇用契約に「何時間分を含むか」を明記します。実際の残業がみなし時間を超えれば超過分を追加で支給します。不足を理由に賃金を減額してはいけません。
支給時期と記録
残業代は通常の給与と同時に支給し、計算根拠(時間と単価・割増率)を明示することが望ましいです。労働時間の記録を正確に残してください。
みなし残業制(固定残業代)の記載例
記載例(条文)
第X条(固定残業代)
1. 当社は、月額基本給に加え、毎月の固定残業代として、時間外労働・深夜労働及び法定休日労働の実労働に係る手当を支給する。
2. 固定残業代は、月○○時間分として金額○○円を支給するものとする。
3. 固定残業代は、実際の残業代が当該固定残業代に満たない場合でも支給する。
4. 実際の残業代が当該固定残業代を超える場合は、超過分を別途支給する。
5. 固定残業代の対象となる範囲(所定外労働、深夜、法定休日等)及び換算方法を別表に記載する。
解説ポイント
・「○○時間分」「○○円」は具体的に記載します。月20時間分、3万円など具体例を示すと分かりやすくなります。
・対象範囲を明確にします。例えば、所定労働時間を超えるが法定労働時間内の残業も含めるかを明示します。
・超過分は割増賃金の率で計算して支給します。
注意点と具体例
・例:基本給30万円+月20時間分のみなし残業3万円。実残業が30時間だった場合、超過10時間分の割増賃金を追加で支給します。
・固定残業代の設定は、見込み時間に基づき合理的に決めます。不明瞭だと労働基準監督署から問題になることがあります。
残業時間の切り捨て規定と注意点
切り捨て規定の問題点
「30分未満は切り捨て」などの定めは、労働時間を実際より短く算定する可能性が高く、多くの場合で問題になります。労働基準法の観点では、労働者に不利益となる一律の切り捨ては認められにくいと考えてください。裁判例や行政の運用でも、労働時間を合理的かつ客観的に算定することが求められます。
自社ルールの確認手順
- 就業規則の該当条項を確認します。切り捨てが明記されているか、どの単位で処理するかを確認してください。
- 給与明細の残業時間と、タイムカードやPCログ、出退勤アプリの記録を照合します。
- 照合の結果にズレがあれば具体的にメモを残します(日時・実働時間・給与記載の時間)。
証拠の集め方と交渉の進め方
タイムカード、PCログイン履歴、メール送受信時間、業務日報など客観的な記録を集めます。まずは人事や上長に事実を示して話し合いを行ってください。改善が見られない場合は労働基準監督署や労働相談窓口、弁護士に相談することを検討します。
計算の具体例とポイント
例:実働で1時間25分の残業があった場合、切り捨て規定があれば1時間扱いになることがあります。合理的な算定方法であれば、分単位で計算するか、四捨五入や15分単位の切上げ・切捨てを合意のもとで用いることがあります。重要なのは、算定方法が客観的で労働者に一方的に不利にならないことです。
残業時間の上限を就業規則で定める意義
就業規則で上限を設けられる理由
就業規則に独自の残業上限を設けることは可能です。会社は労働者の健康や生活を守る観点から、法で定めた基準より厳しいルールを採用できます。ただし、労働基準法に基づく36協定(残業・休日労働の協定)との整合性は必要です。
導入のメリット(具体例付き)
- 労働者の健康確保:例えば「月40時間以内」にすることで長時間労働を抑制できます。
- 労務管理の明確化:部署ごとの上限を定めると、管理職の判断がぶれにくくなります。
- 企業イメージ向上:働きやすさを打ち出せます。
留意点と実務上の対応
- 36協定の法定上限を超えないよう運用してください。より厳しい規定を設ける場合は、就業規則の周知と労使協議を行い、給与規定や36協定との矛盾がないか確認します。
- 業種や職種によっては別途の規制があるため、業界ルールも確認してください。
実例的アドバイス
就業規則に「月の残業は原則40時間を上限とする。特例は事前の承認が必要」と明記し、承認フローと記録を整備すると運用しやすくなります。
残業規定の実務運用とトラブル防止
実務運用の基本ポイント
就業規則の残業条項は形だけでなく運用が大切です。まず、36協定と就業規則の内容を照らし合わせ、上限時間や手続きが一致しているか確認します。日々の時間外命令は法定上限内で行うことを徹底してください。
日常の管理方法
・時間管理:始業・終業の打刻を正確に行う。紙と電子の二重記録を勧めます。
・命令の記録:残業命令はメールや記録簿で残す。口頭だけで終わらせないことが重要です。
・承認フロー:上司の事前承認を義務化するとトラブルを減らせます。
トラブル防止の仕組み
・従業員教育:残業のルールと違法な命令の見分け方を定期的に説明します。
・内部チェック:月次で時間外実績を監査し、上限超過がないか確認します。
・相談窓口:人事や労務担当の窓口を明示し、早期に対応できる体制を作ります。
実際の対応例と注意点
例1:上限超過が見つかった場合は、即時是正し関係者へ説明します。
例2:36協定が未締結で残業が発生した場合は、速やかに協定を締結し、過去分の補償や再発防止策を講じます。
従業員が確認すべきこと
就業規則と36協定の写しを求め、自分の残業時間が記録と合っているかを確認してください。疑問があれば人事や労働組合、労基署に相談することを勧めます。


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