はじめに
本資料は、労働基準法第89条に基づく「就業規則」の作成・届出義務について、実務で役立つポイントを分かりやすくまとめた入門ガイドです。
- 目的
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事業者がどのようなルールを整備し、どのタイミングで届け出る必要があるかを理解し、適切に対応できるようにします。例えば、従業員が10人以上いる飲食店や小売店、人事部門の方に特に役立ちます。
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対象読者
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経営者、人事労務担当者、労働条件の整備に関わる管理職の方々を想定しています。法律の専門家でなくても読み進められるように、具体例を交えて説明します。
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本資料の構成と使い方
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次の章で、条文の基本、対象範囲、必須記載項目、作成から届出までの手順、違反時のリスク、実務上の注意点を順に解説します。必要な箇所だけを参照して実務に活かしてください。
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注意点
- 就業規則は職場の安心とトラブル防止に直結します。早めに整備し、従業員の理解を得ることを意識してください。
労働基準法89条とは?――就業規則の作成・届出義務の基本
概要
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対して、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けます。就業規則は職場のルールブックのようなもので、労働条件を明確にします。義務を怠ると30万円以下の罰金が科される場合があります。
対象のイメージ
「常時10人以上」とは、日常的に働く人数が目安です。たとえば、飲食店で昼夜合わせてスタッフが11人いる場合や、工場のある1つの事業所で従業員が10人を超える場合は該当します。
就業規則で扱う主な項目(概略)
就業規則には、労働時間・賃金・休暇・退職手続きなど労働条件の基本を定めます。具体的な必須項目は第4章で詳述しますが、まずは「明確に書く」ことが重要です。
届出のポイント
作成後は所轄の労働基準監督署へ届出します。届出があることで労使間のトラブル予防になります。書面を従業員に周知し、見える場所に掲示することも実務上の基本です。
義務の対象は「常時10人以上」――事業場ごとに確認を
概要
「常時10人以上」とは、会社全体の人数ではなく、事業場ごとの人数を指します。事業場とは事務所、店舗、工場など、従業員が働く単位です。就業規則の作成・届出義務はこの事業場ごとに判断します。
誰を数えるか(具体例で説明)
- 正社員だけでなく、パート・アルバイトも人数に含めます。
- 派遣や契約社員も、常時そこで働く人は対象になります。
- 極端に短期・臨時の人(単発の補助など)は除外するのが一般的です。
例:本社に正社員6人とパート4人が常勤していれば、本社は「常時10人以上」となり義務が発生します。一方、本社が6人で別の支店が4人なら、どちらも義務は発生しません。
数え方の実務ポイント
- 期間やシフトで人数が変動する場合は、平均的に常時雇用されている人数で判断します。
- 事業場の境界(出張や複数拠点での勤務)を明確にし、どの事業場にカウントするかを決めます。
まずやるべきこと
- 事業場ごとの従業員名簿を作る。2. パート・派遣を含めて常態的に働く人数を確認する。3. 判断に迷う時は労働基準監督署に相談してください。
就業規則に絶対に記載すべき3つの事項
労働基準法89条は、就業規則に必ず記載すべき事項を定めています。ここではわかりやすく、具体例を交えながら説明します。
1.労働時間に関する事項
始業・終業時刻、休憩時間、休日の定めを明記してください。変形労働時間制を採用する場合はその適用方法や計算方法も記載します。例:始業9:00、終業17:30、休憩1時間、週休2日制。深夜・時間外労働の取り扱いも示すと実務で便利です。
2.賃金に関する事項
賃金の決定方法(例:月給制・時給制)、計算方法、締め日と支払日、支払方法(口座振込など)、控除項目を具体的に書きます。手当(通勤手当・役職手当等)の支給要件も明示してください。
3.退職に関する事項
退職の届出方法、退職手続き、解雇の事由(具体例を挙げる)、解雇予告や解雇手当の扱いを記載します。退職金制度がある場合はその算定方法や支給条件も含めます。
記載はできるだけ具体的にしてください。曖昧な表現はトラブルの原因になりますので、実務で運用できるよう明文化することをお勧めします。
その他の記載事項――相対的・任意記載事項の違い
相対的必要記載事項とは
事業場で実際に運用している制度は、就業規則に記載しなければなりません。例としては退職金・賞与・安全衛生・臨時の休業手当などがあります。たとえば退職金は「対象者、支給要件、算定方法、支給時期」を明記します。賞与は「支給基準と算定方法、支給時期」を書きます。安全衛生では「定期健康診断の実施時期、休憩・作業環境の基準、災害時の対応」を示します。
任意記載事項とは
会社独自の細かなルールを記載できます。服装規定、服務規律、兼業禁止、社用車の使用ルール、福利厚生の利用方法などが該当します。たとえば服装規定は「現場では安全靴着用、事務はビジネスカジュアル可」といった具体例で書くと現場で運用しやすくなります。
両者の違いと実務上の注意点
相対的事項は事業場で採用すると必ず記載して労基署に届け出る必要があります。記載すると従業員が権利として主張できるため、内容を曖昧にせず具体的に定めます。任意事項は運用次第で変更できますが、重大な不利益変更は従業員の同意や意見聴取を求めることが望ましいです。
作成のコツ(実例)
- 退職金:〇年勤続以上で支給、算定は基本給×勤続年数×率
- 賞与:業績・評価に基づき年2回、支給手続きは人事が行う
- 服装:職場ごとに具体例を列挙し、違反時の対応も明記
これらを整理すると就業規則が現場で使える実務書類になります。変更時は手続きを確認して進めてください。
作成から届出までの流れ――従業員の意見聴取も必須
1. 作成(下書き)
まず現行の就業規則や労働条件を整理し、必要事項を網羅した下書きを作ります。具体例として、始業・終業時刻や休日、賃金の決定方法などを明確にします。
2. 過半数代表者の意見聴取
就業規則を新設・変更する際は、従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)に意見を聴取します。意見は書面で残し、就業規則に添付してください。代表者の氏名や聴取日を明記すると後の確認が簡単です。
3. 届出(労働基準監督署)
聴取した意見を添付して、所轄の労働基準監督署に届出を行います。届出後も就業規則の写しは会社が保管し、届出済みであることを確認しておきます。
4. 従業員への周知
届出後は従業員に周知する義務があります。紙で配布する、掲示する、電子メールや社内システムで周知するなど、全員が見られる方法で確実に伝えてください。閲覧しやすい場所に原本を置くと安心です。
5. 保管と運用
届出書類と過半数代表者の意見書は保存しておきます。変更があれば同じ手順を繰り返し、実務上の運用で問題が出たら速やかに見直してください。
違反した場合のリスク――30万円以下の罰金に注意
就業規則の作成・届出義務を怠ると、労働基準法により30万円以下の罰金が科される可能性があります。義務違反は刑事罰の対象となるため、軽視しないでください。
- 誰が対象か:事業主や法人の代表者が責任を負います。事業場ごとに「常時10人以上」が基準となるため、支店や工場ごとに確認が必要です。
- どうして罰則になるか:労基署の監督や調査で就業規則の未作成・未届出が判明すると、是正勧告や罰金の対象になります。例として、従業員12人の事業場で就業規則がない場合、罰金の対象になり得ます。
- 罰金以外のリスク:労使トラブルの増加や労働条件の証明が難しくなり、裁判で不利になることがあります。また企業の信用低下も招きます。
対応策としては、まず事業場ごとの人数を確認し、必要があれば速やかに就業規則を作成して労働基準監督署へ届出してください。従業員の意見聴取や専門家への相談も有効です。
人事担当者が押さえるべき実務ポイント
1.事業場ごとの人数確認を徹底する
常時10人以上かどうかは事業場単位で判断します。正社員だけでなく、パート・アルバイトや契約社員も対象です。具体例として、同じビル内で別部署が独立した事業場なら個別に数えます。
2.絶対的必要記載事項は漏らさない
第4章で示した必須事項を基に、必要項目がすべて盛り込まれているかチェックリストで確認してください。項目に抜けがあると法令違反になります。
3.作成・改定の手続き
従業員の意見聴取を必ず行い、その記録を残します。改定時は理由と施行日を明確にし、労基署への届出を忘れないでください。
4.周知と運用の仕組み
就業規則は配布・掲示し、説明会やFAQで理解を深めます。管理職には運用ルールを教育し、運用と文面がずれないようにします。
5.記録保管とバージョン管理
改定履歴や届出の控えを保存し、最新版の場所を明示します。誰がいつ変更したか分かるようにしておきます。
6.トラブル予防と対応窓口
運用上の不明点は相談窓口を設けて早期に対応します。賃金や休暇の運用で一貫性を保つことが重要です。
7.外部専門家の活用
社労士や弁護士に確認すると安心です。特に複雑な就業形態や大規模改定時は専門家の助言を受けてください。
【簡易チェックリスト】
・事業場ごとの人数確認
・必須項目の網羅
・従業員の意見聴取記録
・届出・保管の実施
・周知・管理職教育
・相談窓口の設置
まとめ――就業規則は職場の安心を守る“必須のルール”
労働基準法89条は、職場のルールを明確にして労働者の権利を守るための重要な規定です。常時10人以上の事業場は、速やかに就業規則を作成し、労働基準監督署へ届出する義務があります。
- 要点のチェック
- 作成対象:事業場ごとに「常時10人以上」かを確認してください。
- 必須記載:始業・終業・休憩・休日・休暇、賃金の決定・支払方法、退職に関する事項などを明確にします。
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手続き:従業員の意見を聴取してから届出を行い、届出後も事業実態や法改正に応じて見直します。
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違反リスクと職場への影響
- 罰則:届出義務違反で30万円以下の罰金が課される可能性があります。
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その他:規則が不十分だと労使トラブルや信頼低下、採用・定着への悪影響を招きます。
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実務的な勧め
- 定期的に(年1回程度)内容を点検し、変更履歴を残してください。
- 従業員に分かりやすく周知し、就業規則の写しを常備してください。
- 必要があれば社会保険労務士など専門家に相談すると安心です。
就業規則は罰則を避けるためだけでなく、日々の運営を安定させ、従業員が安心して働ける職場をつくる基礎です。該当事業者は早めに整備・見直しを進めましょう。


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