はじめに
目的
本書は、日本の労働基準法に基づく「残業手当」について、基礎から実務で使える知識までを分かりやすくまとめた入門書です。残業手当の定義、計算方法、割増率、支払い義務、就業規則との関係、残業時間の上限などを網羅します。労働者と経営者が自分の権利と義務を正しく理解することを目的とします。
本書の構成
第1章 はじめに(本章)
第2章 労働基準法における残業手当の定義
第3章 残業手当と時間外手当の違い
第4章 残業手当の割増率と支払いルール
第5章 残業手当の計算方法
第6章 支払い義務と未払いリスク
第7章 就業規則と労働基準法の関係
第8章 残業時間の上限規制と36協定
第9章 実務上の注意点
想定読者
労働者、管理職、人事担当者、経営者、これから雇用契約を結ぶ方など幅広い方を対象にしています。専門知識がなくても読み進められるよう配慮しました。
読み方と注意点
各章は独立して読めます。具体例を交えて説明しますが、実際の計算や判断は就業規則や雇用契約が基準になります。疑問が残る場合は、労働基準監督署や弁護士にご相談ください。
労働基準法における残業手当の定義
定義
労働基準法上の残業手当(残業代)とは、法定労働時間を超えて働いた時間に対して会社が支払うべき賃金です。時間外労働に対して割増賃金を上乗せして支払う義務があります。
法定労働時間
原則として「1日8時間、週40時間」が法定労働時間です。会社が定めた所定労働時間が法定を超えることは認められません。これを超えた労働が残業(時間外労働)になります。
支払いの対象と計算の基礎
残業手当は通常、基本給などを基準に1時間あたりの賃金を算出し、残業時間分を支払います。具体的な割増率や細かい計算方法は第4・第5章で扱いますが、基礎は「基礎賃金×残業時間×割増率」です。
注意点(例外など)
管理監督者など一部の労働者は労働時間規制の適用が異なる場合があります。また、深夜や休日の割増は別のルールが適用されます。違いは後章で詳しく説明します。
簡単な具体例
基礎賃金が1時間1,500円の人が1時間残業した場合、割増率25%なら1,875円が支払われます。
残業手当と時間外手当の違い
概要
「残業手当」と「時間外手当」は日常では同じ意味で使われますが、法律上は区別して考えます。法律(労働基準法)で割増賃金が必要になるのは「法定労働時間」を超えた労働、つまり時間外労働だけです。
法定労働時間と所定労働時間の違い
法定労働時間は原則として1日8時間、1週40時間です。一方、所定労働時間は会社が就業規則で決めた始業・終業時間を指します。会社の所定が1日9時〜17時(休憩1時間)なら、所定は7時間になります。
法内残業と法外残業(具体例)
例:法定が8時間、会社の所定が7時間の場合
– 所定を超えて8時間以内に働く分(7→8時)は法定内残業で、割増賃金の法律上の義務はありません。
– 1日8時間を超えると法定外残業になり、割増賃金(時間外手当)が必要です。
支払い義務のポイント
会社は就業規則や労使協定で所定の取り扱いを決めます。しかし、法定労働時間を超えた分には必ず割増率を適用して支払う義務があります。業務管理の観点でも、どの時間が法定外かを明確にしておくことが大切です。
残業手当の割増率と支払いルール
概要
労働基準法第37条により、法定労働時間を超える労働には割増賃金を支払う義務があります。割増率は勤務形態に応じて決まっています。
割増率一覧
- 時間外(法定労働時間超):通常賃金の25%以上(1.25倍)
- 法定休日労働:35%以上(1.35倍)
- 深夜労働(22時〜翌5時):25%以上(1.25倍)
- 月60時間超の時間外:50%以上(1.5倍)
割増率の重複適用
割増が重なる場合は、重複分を加算して計算します。例:深夜の時間外労働は、時間外25%に深夜25%を加えた50%(1.5倍)になります。法定休日の深夜も同様に合算します。
支払いルール
- 計算基礎:通常賃金(基本給や通勤手当除く一部手当を含む場合あり)を基にします。就業規則で明確にしてください。
- 支払時期:原則として毎月1回、一定の期日に支払います。給与明細で割増内訳を示すとトラブルを防げます。
- 注意点:固定残業代(定額残業代)を使う場合は、法定割増を満たすことと明確な記載が必要です。
具体例
時給1,000円の社員が22時〜23時に法定労働時間外で働いた場合:
時間外25%+深夜25%=合計50% → 1,000円×1.5=1,500円(1時間当たり)
不明点は就業規則や労使協定を確認してください。
残業手当の計算方法
残業手当は「1時間あたりの基礎賃金」に割増率をかけて算出します。計算の流れは次の通りです。
-
基礎賃金(1時間あたり)を求める
月給(基本給)÷(所定出勤日数×1日の所定労働時間)で計算します。例:月給30万円、所定20日、1日8時間 → 300,000÷(20×8)=1,875円。 -
残業手当を計算する
法定時間外(通常残業)は基礎賃金×1.25×残業時間。上の例で残業10時間 → 1,875×1.25×10=23,437.5円。 -
深夜・休日の扱い
深夜(22:00〜5:00)は通常賃金に25%を加算します。残業が深夜に重なる場合は、残業割増25%と深夜割増25%を合算し50%増(基礎賃金×1.5)で計算します。法定休日は35%増(×1.35)です。深夜と休日の重複は合算して計算します。 -
分単位の支払いと端数処理
残業代は1分単位で計算するのが原則です。1時間当たりを60で割り、該当分の分数を乗じます。端数処理は就業規則により異なりますので、支給方法を確認してください。
実務では、所定労働制や固定残業代などで計算方法が変わる場合があります。不明な点は労務担当者や専門家に相談してください。
残業手当の支払い義務と未払いリスク
支払い義務の基本
使用者は法定労働時間を超えて労働させた場合、原則として残業手当を支払う義務があります。アルバイトやパートも対象です。手当の計算方法や割増率は労働基準法に基づき決まります。
未払いがもたらすリスク
残業手当を支払わないことは労働基準法違反になります。労働基準監督署の調査や指導の対象となり、是正勧告や罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)を受ける可能性があります。さらに未払い分の支払いを会社が遡って求められる場合があります。
制度上の注意点(裁量・みなし残業)
裁量労働制やみなし残業制を導入している場合でも、実際の働き方によっては残業手当が発生します。たとえば、みなし残業時間を超えて働いた分は追加で支払う必要があります。裁量制についても、実態が裁量業務と認められない場合は残業代が発生します。
未払いが疑われるときの対応
従業員はまず勤務時間の記録を保存し、会社に請求を行ってください。それでも解決しない場合は労働基準監督署に相談できます。企業側は適切な勤怠管理と就業規則の整備、専門家への相談でリスクを減らしてください。
企業の就業規則と労働基準法の関係
就業規則は会社のルール、しかし最低基準は守る
企業は所定労働時間や残業手当の支給方法を就業規則で定めます。就業規則は社内の取り決めですが、労働基準法が定める最低基準(割増率や支払いルール)を下回ることはできません。労働者に不利な内容は無効になるため、法に従う必要があります。
残業手当の計算方法の明記
就業規則には残業手当の計算方法を明記してください。具体的には、基礎賃金の算定方法、時間単価の出し方、割増率、支払のタイミングなどを示します。例:所定労働時間が1日7時間の会社で8時間働いた場合、法定労働時間(1日8時間)を超えていなければ法定割増は不要ですが、会社独自に手当を支給する規定を置くことは可能です。
就業規則の周知と変更手続き
就業規則は従業員に周知する義務があります。重要な変更を行うときは、労働者代表の意見を聞き、必要なら労働基準監督署に届出を出します。変更によって不利益が生じる場合は慎重な対応が求められます。
実務上の注意点
- 法以上の手当を約束した場合は、会社は支払う責任があります。
- 未払いが発生すると労基署の調査や賠償につながります。
- 具体的な計算例や支給基準は就業規則に明確に記載してください。
残業時間の上限規制と36協定
概要
2018年の法改正で、時間外労働(残業)の上限は原則として「月45時間、年360時間」と定められ、違反には罰則が伴います。臨時的な特別事情がある場合に限り上限を超える運用が認められますが、条件が厳格です。
36協定とは
36協定は、使用者と労働者の代表が締結する時間外・休日労働に関する協定です。協定を締結して労働基準監督署に届け出ないまま残業させると、違法になります。
上限規制のポイント
・原則として月45時間、年360時間を超える残業は認められません。
・上限を超える場合は、労使で特別条項付きの36協定を結ぶ必要があります。
特別条項(臨時の繁忙期など)
特別条項は一時的な繁忙期や突発的な業務量増加に対応するための仕組みです。会社は理由を明確にし、労働者の過重な負担にならないよう配慮する義務があります。時間外労働の管理と記録を適切に行ってください。
実務上の注意点
・36協定の締結と監督署への届出を必ず行うこと。
・労働時間の記録を残し、個人の過重労働を避けること。
・従業員への説明を行い、同意や代替措置(休暇取得など)を整備すること。
上限規制は労働者の健康を守るための重要なルールです。会社も労働者も、ルールを理解して適切に運用してください。
まとめ・実務上の注意点
主なポイント
- 残業手当は労働基準法の最低基準です。未払いは重大な法令違反となり、企業は責任を負います。
- 割増率は法定の基準を守ること(例:時間外25%、深夜25%、法定休日35%)が基本です。
実務上の注意点(具体例を交えて)
- 計算は正確に:時給1,000円で時間外25%なら1時間あたり1,250円となります。1分単位での管理・支払いを求めるケースが増えています。
- 深夜や休日の組み合わせ:深夜勤務や法定休日出勤がある場合は、それぞれの割増を適切に加算して支払います。
- 長時間残業への対応:月60時間超の残業など、特別な割増や労使協定の確認が必要です。
運用面のチェックリスト
- 就業規則や賃金規定に計算方法を明記する。
- 勤怠管理を分単位で記録し、給与計算システムと連携する。
- 未払いが疑われる場合は速やかに調査し、必要なら労基署や弁護士に相談する。
相談先と対応の流れ
- 疑問があればまずは労働基準監督署へ。具体的な計算や運用は社会保険労務士や弁護士に相談すると安心です。
実務では細かな取り扱いが結果に大きく影響します。日々の勤怠管理と規則の整備を丁寧に行ってください。


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