はじめに
本レポートは、懲戒解雇に伴う退職金の支給・不支給について、実務と法律の両面からわかりやすく整理したものです。
- 目的: 企業の人事担当者と従業員が、懲戒解雇と退職金の関係を正しく理解できるようにすること。
- 対象: 就業規則の運用に関わる方、人事労務担当者、労働者、または労務トラブルに備えたい方。
懲戒解雇だからといって退職金が自動的に不支給になるわけではありません。実務上は、就業規則に明確な不支給事由が定められていることと、従業員の行為が「著しい背信」にあたると認められることが重要です。ここでいう著しい背信とは、例えば横領や重大な業務委託の裏切りなど、会社と従業員の信頼関係を崩す行為を指します。
本レポートは全8章で構成します。
- 第2章: 懲戒解雇と退職金の基本的な関係
- 第3章: 退職金が不支給となるための必須条件
- 第4章: 不支給事由が定められていない場合
- 第5章: 判例から見た実際の適用基準
- 第6章: 企業が採用できる懲戒処分の種類
- 第7章: 退職金の減額・不支給を定める際の注意点
- 第8章: 実務上の重要なポイント
この記事では、専門用語をできるだけ避け、具体例を交えながら丁寧に解説します。次章からは具体的な要件や判例を順に見ていきます。ご自身のケースに当てはめる際は、就業規則や事実関係を確認してください。
懲戒解雇と退職金の基本的な関係
概要
「懲戒解雇だから退職金は支払わない」と安易に考えるのは誤りです。退職金は法律で義務付けられた給与ではなく、会社の就業規則や退職金規程に基づく社内制度です。規程の内容と運用方法によって扱いが変わります。
退職金制度の性質
- 企業独自の制度であり、支給・不支給の基準は規程で定めます。
- 規程に「懲戒解雇は不支給」と明記されていれば、原則としてその規定に従います。ただし明示性や合理性が問われます。
実務上のポイント
- 明確な規定:不支給事由を就業規則に明確に示す必要があります。
- 比例性の確保:処分の重さと不支給の程度が釣り合うかを判断します。全額不支給が重過ぎる場合、減額が妥当なこともあります。
- 手続きの適正:懲戒決定の前後で十分な調査・弁明の機会を与えることが重要です。
争いになった場合
裁判では具体的事実の重大さ、従業員の責任の程度、規程の明確さなどを総合的に見て判断します。懲戒解雇でも必ず退職金がゼロになるとは限りません。
第3章: 退職金が不支給となるための必須条件
概要
退職金を不支給または減額するには、法的に認められるための「必須条件」が2つあります。どちらも満たさなければなりません。ここでは、具体的な要件と注意点を分かりやすく説明します。
条件1:就業規則や退職金規程に不支給事由が明記されていること
企業は、退職金を減額・不支給する場合、その根拠を規則に明確に記載しておく必要があります。たとえば「業務上の横領」「重大な機密漏えい」「重大な背信行為」など具体例を挙げると分かりやすくなります。漠然とした文言だけでは争いになりやすく、無効と判断されることがあります。
- 周知の義務:従業員に対して規程を周知しておく必要があります。就業規則の配布・掲示・説明などを行ってください。
- 合理性:不支給事由の範囲が過度に広いと認められません。具体性と相当性が求められます。
条件2:従業員に「著しい背信行為」があること
不支給の対象となる行為は、単なる規律違反や軽微な過失ではなく、会社との信頼関係を根本から破壊する「著しい背信行為」である必要があります。具体例としては、横領、重大な情報漏洩、故意の競業行為などが挙げられます。単に懲戒解雇の理由があるだけでは足りません。
- 事実の立証:会社がその行為の存在と重大性を証明する責任を負います。調査や証拠の保存を適切に行ってください。
- 比例原則:行為の程度と不支給の処分が釣り合っているかを判断されます。軽い不正で全額不支給は認められない場合があります。
運用上のポイント
就業規則に明記し、従業員へ周知し、発生時には丁寧かつ証拠に基づく対応を行ってください。これにより、不支給決定が法的に争われた際に備えることができます。
不支給事由が定められていない場合
ポイント
就業規則に「退職金を不支給とする事由」が明記されていない場合、懲戒解雇であっても退職金を支払う必要があります。労働基準法24条1項の賃金全額払いの原則に反するとみなされ、支払わないことは違法となる可能性が高いです。
具体例
例えば、横領などで懲戒解雇にした場合でも、就業規則に不支給事由が書かれていなければ会社は退職金を差し止められません。裁判所は規則の有無や運用実態を重視します。
会社が取るべき対応
- 就業規則を確認し、退職金規程の有無を確認します。
- 不支給を明確にする場合は、労使手続きを経て規則を整備します(周知が必要)。
- 懲戒を行う際は手続きの適正性を確保し、記録を残します。記録不備は後で不利になります。
注意点
労使の合意や和解で退職金を減額・放棄させることは可能ですが、その合意が強制的でないか慎重に判断します。問題がある場合は労働基準監督署や弁護士に相談してください。
判例から見た実際の適用基準
裁判例の全体的傾向
判例は個別事情を重視します。単に就業規則に「退職金を支給しない」と書いてあっても、それだけで自動的に不支給が認められるわけではありません。裁判所は違法行為と勤務との関連、行為の悪質性、会社への具体的な損害などを総合して判断します。
業務外の私生活での違法行為
業務と無関係な私生活上の違法行為を理由に退職金を全額不支給とするケースは、認められにくいです。例えばプライベートでのトラブルや軽微な犯罪は、職務と結びつかなければ、退職金不支給は過重と判断されることが多いです。その場合、減額や個別対応を取る方が裁判所に受け入れられやすくなります。
退職後に懲戒事由が判明した場合
退職後に初めて懲戒解雇に値する事実が明らかになった場合、就業規則の不支給条項を遡って適用するのは難しいとする判例が多いです。特に既に退職し地位を喪失しているときは、手続きや証拠の整合性が重視されます。
事業への重大な影響がある場合
一方で、会社の存続に直結する重大な法令違反や業務遂行上の背信行為については、不支給を認めた判決があります。たとえば違法行為が原因で会社が営業停止や廃業に追い込まれたようなケースでは、退職金不支給が正当と認められやすいです。
判例から実務で留意すべき点
- 業務関連性:行為が業務にどれだけ関連するかを明確にする。具体的事実を記録する。
- 損害の有無と因果関係:会社が被った損害と行為の因果関係を示す。
- 重さの均衡:不支給の措置が行為の重さに見合うか検討する。
- 手続きの適正:調査・弁明の機会を与えるなど手続きを丁寧に行う。
- 就業規則の明確化:不支給事由を具体的に定め、社員に周知する。
これらを踏まえ、実際の判断は個別ケースごとに異なります。企業は感情的な対応を避け、客観的な事実と手続きを重視してください。従業員は疑義があれば記録を残し、法的助言を求めると安心です。
企業が採用できる懲戒処分の種類
はじめに
懲戒処分は、就業規則に基づき職務上の違反に対して行います。目的は秩序維持と再発防止です。ここでは代表的な処分を分かりやすく説明します。
1. 戒告・譴責(けんせき)
軽微な違反に対する最も軽い処分です。口頭や文書で注意を与え、記録として残します。例:遅刻が続いた場合の初期対応。
2. 減給
給与の一部を一定期間差し引きます。金額と期間は就業規則で定める必要があります。例:業務上の重大な過失で一か月分の一部を減給する場合。
3. 出勤停止・自宅謹慎
雇用は継続しますが一定期間出勤を禁じます。出勤停止中の給与取扱いは就業規則で明記します。身体的・精神的負担が大きくならないよう配慮が必要です。
4. 降格
役職や職位を引き下げます。昇給や責任範囲に影響が出ます。降格は職務内容の実情に即して行うことが重要です。
5. 諭旨解雇
会社が退職願の提出を促す処分です。従業員が退職願を出さなければ懲戒解雇に切り替える旨を伝える場合があります。本人の自主的な退職を促す手段です。
6. 懲戒解雇
最も重い処分で即時解雇となります。重大な不正・犯罪行為や信頼関係の破壊が理由になります。適用には厳格な判断と手続きが求められます。
運用上の注意
いずれの処分も就業規則で明確にし、事実調査と弁明の機会を与えることが大切です。処分の程度は違反の内容・経緯・再発防止の必要性を総合的に考慮して決めます。
第7章: 退職金の減額・不支給を定める際の注意点
概要
就業規則で退職金の減額・不支給を定める企業は多いです。懲戒解雇事由や競業避止義務違反を対象にする例が一般的ですが、実際の不支給には「著しい背信行為」に当たるかの判断が重要です。行政の認定は不要で、最終的には裁判所が合理性を判断します。
注意点1: 文言を具体的にする
曖昧な条項は争いのもとになります。どの行為を対象とするか、程度や要件を具体例で示してください(例:顧客情報の持ち出し、金銭の横領)。
注意点2: 事実調査と証拠
減額・不支給を決める前に事実関係を丁寧に調査し、記録を残します。聞き取りやログ、証拠書類を揃えて公平に判断してください。
注意点3: 比例性の確保
処分は行為の重大性に見合う必要があります。軽微な過失で全面不支給にするのは裁判で否定されやすいです。
注意点4: 手続きの適正
当事者に説明と弁明の機会を与えてください。手続きが不適切だと不支給が無効になる恐れがあります。
注意点5: 運用の一貫性
過去の事例と整合させ、同様のケースで差異が出ないよう運用を統一します。違いが生じる場合は理由を明確に記録してください。
実務的助言
就業規則改定や個別対応前に労務担当や弁護士に相談してください。具体的な条項や運用ルールを整えれば、後の紛争を減らせます。
実務上の重要なポイント
以下では、懲戒解雇時に退職金を不支給または減額する際の実務上の留意点を、具体的かつ分かりやすくまとめます。
就業規則と退職金規程の整備と周知
就業規則や退職金規程に不支給事由や減額基準を明確に定め、社員に周知します。書面配布や説明会、社内掲示で周知すると証拠になります。例:不正行為、横領など具体例を挙げると解釈のぶれが減ります。
懲戒解雇の理由判断
懲戒解雇が「著しい背信行為」に当たるかどうかを慎重に判断します。単なるミスや業績不振でないか、行為の悪質性や反復性、会社に与えた損害の程度を検討します。
不支給ではなく減額の柔軟対応
一律不支給は争いになりやすいので、事情に応じて減額を検討します。勤続年数や過去の功績を考慮した割合の提示が現実的です。
個別事情の考慮と公平性
年齢、勤続年数、家庭状況、過失の程度など個別事情を記録し、社内で統一的に運用します。前例との整合性も確認します。
手続きと証拠の保全
懲戒調査の記録、面談記録、関連するメールや監視記録などを適切に保存します。手続きの公平さを示すため、調査や聴取の方法も記録に残します。
労使コミュニケーションと合意形成
労働組合や関係部署と事前に協議するとトラブルを避けやすくなります。説明は丁寧に行い、相手の反論にも耳を傾けます。
専門家への相談
労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士に早めに相談します。裁判リスクや和解案の妥当性を第三者に評価してもらうと安心です。
文書化と運用の見直し
処分経緯や判断理由を文書で残し、定期的に規程と運用を見直します。判例や実務慣行の変化に応じて規程を改めることも重要です。
以上を踏まえ、慎重かつ公正に対応すると争いを最小限にできます。必要に応じて専門家と連携してください。


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