はじめに
本書の目的
本書は、退職金に関する税金の基本から手続きまでを分かりやすく解説するガイドです。退職金を受け取る際に必要な知識を整理し、誤解や不安を減らすことを目的としています。
読者対象
会社員や公務員、これから退職を控えた方、家計の見直しを考える配偶者・家族など、幅広い方に役立ちます。税金の専門知識がなくても理解できるように配慮しています。
本書の構成と読み方
第2章以降で税の基礎、退職所得控除、計算方法、確定申告の要否、受け取り方の違いといった項目を順に説明します。具体例を交え、実際の手続きで注意すべき点も示します。必要に応じて、税理士など専門家に相談するタイミングも分かるようにしています。
本章の位置づけ
この「はじめに」は、全体の見取り図を示す入り口です。まずは全体像を把握し、気になる章から読み進めてください。
退職金にかかる税金の基本
概要
退職金には「所得税」と「住民税」の2種類がかかります。退職金は「退職所得」として扱い、給与など他の所得とは別に税額を計算する「分離課税」が適用されます。通常、会社が源泉徴収して税務署や自治体に納めます。
所得税と住民税の違い
所得税は国に納める税金、住民税はお住まいの自治体に納める税金です。計算の元になる扱い(退職所得として分離すること)は同じですが、税率や控除の扱いが異なる点があります。
分離課税の仕組み
退職金は他の所得と合算せず個別に計算します。これにより、給与と合算した場合より税負担が軽くなるケースが多いです。退職所得控除や特例の適用で実際の課税対象額はさらに減ります。
源泉徴収の流れ
多くの会社は退職時に税額を見積もり、退職金から源泉徴収して納めます。そのため、通常は個人が税務署に直接納める必要はありません。ただし、源泉徴収額に差がある場合は確定申告で調整することがあります。
具体例(イメージ)
給与所得がある人が退職金を受け取っても、退職金部分は別計算です。別計算のため、同じ金額でも給与として受け取るより税負担が軽くなることが多いです。
注意点
退職所得の源泉徴収票は大切に保管してください。確定申告が必要となるケースや控除の詳細は次の章で説明します。
退職所得控除と2分の1課税の優遇措置
概要
退職金には、勤続年数に応じた退職所得控除という優遇措置があります。控除後の金額に対してさらに2分の1を乗じて課税対象額を求めるため、税負担が大きく軽くなります。
退職所得控除とは
勤続年数に応じて一定額を差し引ける制度です。一般に勤続が長いほど控除額が大きくなり、長年働いた人ほど税の優遇を受けられます。専門用語を使わず言えば「働いた年数に応じた税の割引」です。
2分の1課税の仕組み
退職所得控除で差し引いた後の金額を半分にして課税対象額とします。半分にすることで、実際に課税される額がさらに減ります。
具体例
勤続38年、退職金2,100万円の場合:
1) 退職所得控除 2,060万円を差し引く→2,100万円−2,060万円=40万円
2) その金額の2分の1→40万円÷2=20万円が課税所得
この20万円に対して所得税と住民税がかかり、概ね合計で約3万円程度の税負担になります(他の所得や控除で変わります)。
注意点
- 控除額や計算方法は法令に基づきます。状況によって計算結果が変わるため、受取方法や他の収入がある場合は確認してください。
- 給与所得などと合算すると税額が変わる場合があります。
退職所得控除の計算方法
基本の考え方
退職所得控除は、勤続年数に応じて一定額を受け取る人に差し引く仕組みです。長く勤めた人ほど控除額が大きくなり、税負担を軽くします。
計算式
- 勤続年数が20年以下:40万円 × 勤続年数
- 勤続年数が20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
(勤続年数は原則として年単位で数えます。会社ごとの取り扱いや合算の可否は確認してください。)
具体例
- 勤続15年の場合:40万円 × 15年 = 600万円
- 勤続25年の場合:800万円 + 70万円 × 5年 = 1,150万円
控除の使い方と注意点
控除額が受取額を上回れば、退職金に対する課税は発生しないことがあります。控除額を超える部分が課税対象になります。勤続年数の数え方や、転職後の合算などは個別に扱いが変わることがありますので、社内規定や税務署に確認してください。次章で、控除後の具体的な税額計算の流れを説明します。
税額の具体的な計算プロセス
概要
退職金の税額は3つの手順で求めます。退職所得控除を出し、退職金から控除額を差し引き、残額の2分の1を課税対象にします。最後に税率を当てはめて所得税を算出し、住民税は一律10%で計算します。
ステップ1:退職所得控除を計算
勤続年数などに応じた退職所得控除額を求めます。会社や制度によって算出方法が決まっていますので、源泉徴収票や就業規則で確認してください。
ステップ2:差引と2分の1の適用
退職金から控除額を差し引きます。差し引いた金額を1/2にします。これが課税対象の退職所得金額です。
ステップ3:税率表に当てはめる
課税対象額を給与などと合算して所得税の税率表に当てはめます。税率は累進課税ですので、金額によって税率が変わります。住民税は課税対象額の10%です。
具体例(簡易)
退職金 5,000,000円、退職所得控除 2,000,000円の場合:
1) 差額 = 3,000,000円
2) 課税対象額 = 1,500,000円(1/2)
3) 仮に所得税率が20%なら所得税 = 300,000円、住民税 = 150,000円(10%)
注意点
・退職所得控除の計算や税率の適用は個別事情で変わります。必ず源泉徴収票や税務署の案内で確認してください。
・配偶者特別控除など他の控除と併用する際は計算が変わります。必要なら専門家に相談してください。
確定申告の必要性と手続き
概要
退職金について会社に「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、会社が源泉徴収と納税を代行するため、原則として確定申告は不要です。提出していない場合は、退職金から一律20.42%(源泉徴収)で差し引かれ、後で確定申告により精算します。
確定申告が不要になるケース
- 退職所得の受給に関する申告書を提出している
- 退職金以外に申告が必要な所得がなく、年末調整で完了している
この場合、手続きは会社任せで済みます。
申告書を提出しなかった場合の流れ
- 退職金受取時に20.42%が源泉徴収される
- 翌年の確定申告期間(通常は2月16日〜3月15日)に申告して、退職所得控除や他の所得と合算して税額を確定する
- 払い過ぎがあれば還付、足りなければ追加納税となる
確定申告の手続き(具体的手順)
- 必要書類を揃える(下記参照)
- 退職金に対する計算を行う(退職所得控除や2分の1課税の適用)
- 確定申告書(通常は申告書A)に記入するか、e-Taxで申告する
- 税務署に提出またはオンラインで送信する
- 還付がある場合は指定口座に振込まれ、追加税がある場合は納付する
必要書類
- 退職金の支払を証明する書類(退職所得の源泉徴収票)
- 退職所得の受給に関する申告書(提出していれば不要)
- 他の収入を証明する書類(給与の源泉徴収票など)
- マイナンバー確認書類、口座情報
期限と注意点
- 確定申告期間は原則翌年の2月16日〜3月15日です。期日を過ぎると延滞税や手続きが複雑になります。
- 退職金から一律で引かれた場合でも、申告すると多くの場合で還付となることがあります。特に退職所得控除が大きい場合は該当します。
- 手続きに不安があれば税務署に相談するか、専門家に相談してください。
確定申告が必要なケース
確定申告が必要になる主なケース
- 退職金の支払で源泉徴収が行われていないとき
例:個人事業主に準ずる立場で企業から一時金を受け取った場合など。 - 医療費控除や寄附金控除など、他の控除を受けたいとき
例:大きな医療費がかかり、税金を取り戻したい場合。退職金と合わせて申告します。 - 1年の間に複数の退職金や給与があるとき
例:A社を退職して退職金を受け、同年にB社でも退職金や給料がある場合は合算が必要です。 - 退職所得の計算で誤りがある、または更正を求めるとき
例:退職所得控除の年数の扱いに誤解がある場合など。
手続きのポイント
- 申告書には「退職所得金額」を必ず記載します。源泉徴収票(退職所得のあるもの)を添付または提示してください。
- 提出方法は、郵送、税務署窓口、またはe-Taxです。期限は原則として翌年の3月15日までです。
- 申告すると税金が還付されることがあります。特に多額の医療費や寄附を受ける場合は、早めに準備しましょう。
不安がある場合は、源泉徴収票の内容を確認し、必要書類をそろえて提出してください。分かりやすく丁寧に対応すると手続きがスムーズになります。
退職金の受け取り方と税金の関係
受け取り方の種類
退職金の受け取り方は三つあります。一時金で一括受領、年金として分割受領、一時金と年金を組み合わせる方法です。受け取り方で税金や社会保険料の扱いが変わるため、事前に確認が必要です。
一時金で受け取る場合
一時金は受け取り時にまとまった額を受け取ります。退職所得控除などの優遇措置が適用され、税負担が軽くなるケースが多いです。例:勤続年数が長ければ控除額が大きくなります。
年金で受け取る場合
年金は毎年少しずつ受け取ります。各年の収入として課税され、所得税や住民税に影響します。受け取り期間が長いと総額の税負担や社会保険料の影響が変わります。
一時金と年金の組み合わせ
一部を一時金で受け取り、残りを年金にする方法は柔軟です。生活資金と税負担のバランスを取りやすくなります。
社会保険料への影響
一時金は原則、社会保険料の算定対象になりにくいです。一方、年金は年ごとの収入として社会保険料や公的給付に影響することがあります。
選び方のポイント
- 生活の見通し(まとまった資金が必要か)
- 税負担の比較(試算すること)
- 将来の医療・介護費用や年金受給との兼ね合い
事前シミュレーションのすすめ
受け取り方で手取り額が変わります。会社の担当者や税理士に試算を依頼して具体的な金額を比較しましょう。
専門家への相談の重要性
なぜ専門家に相談するのか
退職金の税金は計算が複雑で、個々の状況で結果が大きく変わります。専門家は最新の税制や判例を踏まえ、正確な税負担を見積もれます。たとえば「一時金で受け取るか分割か」で税額が変わる場合、具体的な金額例で比較してくれます。
相談する相手の種類と役割
- 税理士:税額計算や確定申告の代行に強いです。控除や申告漏れの防止に役立ちます。
- ファイナンシャルプランナー(FP):退職後の生活設計と税負担の両面でアドバイスします。
- 社会保険労務士(社労士):勤続年数や労務に関する書類の扱いで役立ちます。
相談前に準備する書類
給与明細、退職金の見積書、源泉徴収票、年金見込額などを用意すると具体的な提案が受けられます。
相談で確認すべきポイント
税額の見積もり、確定申告の必要性、受け取り方法別の比較、他の控除との組合せ(小規模企業共済等)、申告期限や手続きの流れを確認しましょう。
費用と相談方法
初回相談が無料の事務所もあります。対面・オンラインどちらも利用可能です。費用は内容によって変わるため、事前に見積りを取ると安心です。
具体例
例:勤続30年で一時金2000万円を受け取る場合、専門家は退職所得控除の計算と一時金受け取り後に確定申告が必要かを示し、他の年金や控除との最適な組合せを提案します。
退職後の金銭計画と税務対策
受け取り方で税負担が変わります
退職金は一括受け取り・分割受け取りで税負担が変わります。退職所得控除と1/2課税の仕組みにより、まとまった金額でも税額が少なくなることがあります。例:勤続20年で退職金500万円なら控除が800万円になり、課税対象は0円になります。
一括受け取りが向くケース
住宅購入や医療費、大きな投資をする場合は一括で用立てると便利です。まとまった資金が必要で、退職所得控除で税負担がほとんど消えるなら一括受け取りを検討してください。
iDeCo・個人年金保険の活用
iDeCoは掛金が所得控除になり、受け取り時の税制も有利です。個人年金保険は老後の収入を分散し、社会保険料の影響を抑えられることがあります。両方を組み合わせてリスク分散を図ると安心です。
社会保険料との関係
受給額が増えると国民健康保険や介護保険の負担が増えることがあります。年金収入と退職金の受け取り方を合わせて、保険料や税の総負担を試算してください。
実践的な進め方(チェックリスト)
- 必要資金を明確にする(例:住宅2000万円、生活費年300万円)
- 一括受け取りか分割かで税額試算をする
- iDeCoや個人年金で分散する案を作る
- 社会保険料の試算を行う
- 税理士やファイナンシャルプランナーに相談する
準備を進めることで、税負担を抑えつつ安心した老後資金計画を作れます。


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