はじめに
本資料の目的
本資料は、就業規則の「退職」に関するルールとその限界を分かりやすく整理することを目的としています。民法第627条の退職手続きや、会社が定める退職予告期間の効力、従業員の退職の自由が憲法上どう位置づけられるかなどを扱います。
誰のための資料か
- 会社の人事担当者
- 退職を考えている従業員
- 弁護士に相談する前に基礎を知りたい方
具体例を交えて説明するので、法律の専門知識がなくても理解できます。
本資料の構成と読み方
全8章で構成します。第2章で就業規則と退職の関係を説明し、第3章で民法第627条の基本を示します。第4章以降で就業規則の有効性、従業員の意思、契約期間がある場合の扱い、退職後の効力を順に解説します。各章は独立して読めますが、初めての方は順に読むと理解が深まります。
具体例(イメージ)
例:Aさんは転職先が見つかり、1か月前に退職を申し出ました。会社の就業規則は「退職は2か月前に届出」とあります。本資料では、こうした場面でどのルールが優先するかを検討します。
以後の章で丁寧に説明します。
就業規則と退職の関係
就業規則が労働契約になる仕組み
会社が作る就業規則は、労働契約法第7条により合理的であれば労働契約の一部になります。つまり、就業規則の内容は雇用契約の条件として社員にも適用されます。具体例:勤務時間や賃金の計算方法が規則に書かれていれば、それが職場のルールになります。
退職規定には限界がある
退職については、個人の意思で辞める自由が強く保護されます。就業規則で手続き(例:退職届の提出時期、引継ぎ方法)を定めることは可能ですが、退職そのものを実質的に不可能にする規定や長期間にわたって退職を制限する規定は無効になるおそれがあります。例:会社の許可がないと辞められない、極端に長い猶予期間を課す、といった規定は問題になります。
実務でよくある規定と注意点
よくある規定は、退職の届出方法、提出先、引継ぎ義務、退職日と最終給与の扱い、社有物の返却などです。これらは合理的な範囲で定めておくと紛争防止に役立ちます。従業員は規則に従い手続きをとることが望ましく、使用者は規則が過度に社員の自由を拘束しないか検討してください。
ポイント
- 就業規則は原則で契約の一部になる
- 退職の自由は強く保護されるため、規則の定め方に注意が必要
- 手続きや事務処理は規則で定めておくと安全性が高まる
以上を踏まえ、就業規則は双方の権利義務を明確にする重要な道具ですが、退職に関しては個人の自由を過度に制限しないよう配慮が必要です。
民法第627条による退職の法的ルール
規定の内容
民法第627条第1項は、期間の定めのない雇用契約について「各当事者はいつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間を経過して契約が終了する」と定めます。つまり、従業員は会社に退職の申し入れをすれば原則として2週間後に退職できます。会社はこれを一方的に拒否できません。
実務上の扱いと注意点
法律はいつでも申し入れが可能としますが、実務では円滑な引継ぎのために余裕を持って伝えることが望ましいです。申し入れは口頭でも効力がありますが、後のトラブルを避けるため書面やメールで記録を残すと安心です。退職日までの給与や有給休暇の扱いは別途確認が必要です。
具体例(タイムライン)
例:4月1日に退職の申入れを行うと、法律上の退職日は4月15日です。申入れ後に会社が業務継続を強制することはできません。特別な事情や会社規定との関係は別章で詳述します。
就業規則による退職規定の有効性と限界
就業規則で何が決められるか
企業は就業規則で退職の手続きや予告期間を定めることができます。例えば「退職の1か月前に書面で申し出る」などの手続き規定や、引継ぎに関する義務を設けることは可能です。
どこまで有効か(限界)
一方で、従業員の退職の自由を一方的に萎縮させるような長期の予告義務は無効となることがあります。民法上の基準(2週間程度の予告)を大きく超える期間を会社が一方的に強いることは認められません。判断は期間の長さだけでなく、職務内容や企業の事情、代替要員の確保のしやすさなどによります。
具体例で考える
・一般の事務職に対して3か月前の予告を義務付ける規定は合理性を欠く可能性が高いです。
・管理職や専門技能者で引継ぎに長期間必要な場合は、より長い期間が合理的と判断されることがあります。
無効だった場合の影響と注意点
無効と判断されれば民法のルールが優先され、会社は退職の自由を制限できません。給与差し押さえや違約金といった重いペナルティを就業規則で設けるのも慎重に扱うべきです。就業規則を作る際は、従業員代表の意見聴取や具体的な事情の検討、周知の徹底を行い、個別の合意がある場合は明確にしておくと安心です。
従業員の自由意志に基づく退職規定の遵守
趣旨の説明
従業員が自らの意思で就業規則に定められた退職予告期間を守うことは問題ありません。企業側が従業員の自由な選択を尊重する限り、長めの予告期間に従う合意は有効です。一方で、民法第627条に基づき「2週間で退職できる」という主張を社員が行った場合、会社はこれを強制することができません。
自主的遵守の効果
従業員が自主的に長い予告期間を守ると、職場の引継ぎや業務調整がスムーズになります。会社はその合意に基づき対応しますが、従業員が同意を撤回した場合は事情によって調整が必要です。
民法627条との関係
民法は雇用関係の終了を2週間で可能と定めています。従業員がこの規定を根拠に退職を申し出た場合、会社は無理に残留を強いることはできません。無理強いは不当な扱いにあたります。
会社が取るべき対応と注意点
会社は従業員の意志を確認し、書面で退職日を合意するとよいです。会話で短く同意した例は後で争いになる恐れがあるため、記録を残してください。損害が出た場合のみ企業は法的手段を検討できますが、現実には話し合いで解決するのが望ましいです。
具体例
例1:就業規則で30日予告を定めているが、従業員が自主的に30日待つと申し出れば問題ありません。
例2:従業員が民法を根拠に2週間で退職すると表明した場合、会社はそれを強制できず、受理するか協議するかを選びます。
退職の自由が保障される理由:憲法との関係
憲法第22条と退職の自由
憲法第22条は職業選択の自由を保障します。ここには働く場所を選ぶ自由だけでなく、やめる自由も含まれると理解されます。退職は労働者の人生設計に直結する重要な決定ですから、憲法の高いレベルで保護されます。
就業規則や民法との関係
就業規則や民法は労働関係を規律しますが、憲法より下位に位置します。したがって、就業規則が退職の自由を不当に制限する内容を定めていても、憲法に反する部分は無効とされます。民法627条と整合する点もありますが、最終的には憲法の原則が優先します。
具体例で考える
例えば「退職は3年以上勤続しないとできない」といった規定があれば、個人が自由に職業を変更する権利を実質的に奪う恐れがあります。このような条項は違憲と判断される可能性が高いです。
判例の視点
裁判所は個々のケースで退職の自由と事業運営の必要性を比較衡量します。合理性や必要性が認められない制約は無効となる傾向にあります。
実務上の注意点
企業は退職に関する規定を設ける際、合理的な理由と限定的な範囲にとどめる必要があります。労働者は自らの権利を理解し、不当な制限があれば相談することが大切です。
期間の定めがある雇用契約の場合
原則
有期雇用契約(期間が決まっている契約)は、契約期間中に原則として終わらせられません。契約で定めた期間まで働くことが前提です。雇用者と労働者は契約で合意した期間の履行を期待します。
例外:やむを得ない事情がある場合
家庭の急病、自身の重い病気、配偶者の転勤で生活基盤が維持できないなど、やむを得ない事情があれば途中で辞められる可能性があります。裁判所や労働審判は、事情の緊急性や回避の難しさを総合的に判断します。
手続きと実務上の注意点
まず会社に事情を伝え、書面や医師の診断書などの証拠を用意します。話し合いで合意できれば円満に解決します。合意が得られない場合は、労働相談窓口や専門家に相談して対応を検討してください。
会社側の立場と賠償の可能性
会社は欠員対応や契約違反による損害を主張することがありますが、すべてが認められるわけではありません。事情がやむを得ないと認められれば賠償を免れる場合もあります。対話を重視して進めることが重要です。
退職後の就業規則の効力
基本的な考え方
退職すると、原則として在職中に適用される就業規則は自動的には適用されません。退職者を在職者と同じ規律で縛ることは難しいためです。
退職後に残る義務の種類と性質
代表的なのは秘密保持義務と競業避止義務です。秘密保持は企業の営業秘密や顧客情報を第三者に漏らさない義務で、多くの場合、退職後も合理的な範囲で効力を認められます。競業避止は退職後に同業で働くことを制限するもので、従業員の職業選択の自由を不当に奪わないよう、期間・地域・業種の範囲が合理的であることが必要です。
有効性の判断ポイント(実例で説明)
- 合理的な範囲か:例)数ヶ月〜1年程度の制限は合理的と判断されやすいが、長期間で広範囲だと無効となる可能性が高い。
- 合意の有無:書面で明確に同意しているかが重要です。
- 正当な利益の保護:企業が守ろうとする情報や顧客関係が具体的であるか。
実務上の注意
退職前に就業規則や雇用契約書を確認し、必要なら交渉して書面に残してください。秘密情報を持ち出さない、資料は返却するなど基本的な対応をしてください。企業から制約を主張されたら、まず内容の合理性を確認し、必要なら専門家に相談するのが安全です。
違反した場合の影響
違反すると損害賠償請求や差止め請求を受ける場合があります。相手方の主張が必ずしも認められるわけではないので、冷静に証拠や条文を確認してください。


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