はじめに
本資料の目的
本資料は、台湾の労働法における懲戒解雇の「告知義務」について、法的要件と実務上の課題を分かりやすく整理したものです。条文や判例の解釈だけでなく、現場で直面しやすい問題点に着目して解説します。
対象読者
企業の人事担当者、労働者、労務や雇用問題に関心のある方、法務担当者を主な対象としています。専門用語は最小限にし、具体例を交えて説明します。
本資料の範囲と構成
本資料は全9章で構成します。第2章からは懲戒解雇の法的根拠、告知義務の性質、除斥期間と告知のタイミング、送達方法の問題、重大違反時の即時解雇の扱い、告知の認定基準、送達困難時の対応、情節の重大性の客観的認定を順に扱います。
注意事項
本資料は一般的な解説を目的とします。個別の事案については、事実関係を確認のうえ専門家にご相談ください。
懲戒解雇の基本的な法的根拠
概要
台湾の『勞動基準法』第12条第1項は、懲戒解雇(予告なしで即時に契約を終了する解雇)の法的根拠を定めます。通常の予告解雇(第11条)と異なり、労働者の行為が一定の重大性を持つ場合に限り認められます。
規定の要点
- 懲戒解雇は“即時”の効力を持ち、雇用主は予告を要しません。
- 対象は労働者の重大な違反行為に限られます。軽微な過失では認められません。
具体的な事由の例
- 労働契約締結時の虚偽申告(資格や経歴の重大な虚偽)
- 会社の就業規則に明記された重大違反(横領、業務上の重大な背信)
- 有期懲役以上の確定判決(執行猶予なし)など
立証と注意点
雇用主は懲戒解雇の理由とその重大性を説明・立証する責任があります。行為の程度や背景を検討し、懲戒の相当性を判断する必要があります。裁判所は個別事情を重視し、過度に厳しい処分は無効と判断することがあります。
告知義務の法的性質と基本原則
法的性質
懲戒解雇や普通解雇などの解雇権は、民法第263条を準用する第258条第1項に基づく形成権・終止権として位置づけられます。これらは当事者が意思表示を行うことで発生する権利です。対話的でない一方的な解雇意思表示の場合、解雇の効力はその意思が労働者に法的に到達したときに生じます。
告知の効力発生要件
口頭での一方的な決定だけでは足りません。雇用主は解雇の意思を労働者に伝達する手段を取り、労働者がその意思を認識できる状態にしておく必要があります。具体的には解雇通知書の送達等で通知が到達したことが要件となります。
被解雇事由の告知義務
『勞基法』第12条の規定により、雇用主は解雇の理由を労働者に告知する義務を負います。これは誠信(誠実)原則に基づき、労働者が自分の立場の変動を正しく理解し、必要な対応を取れるようにするためのものです。
目的と実務的意味
告知義務は労働者の防御権や適正手続の確保に寄与します。たとえば誤解や手続上の不備を防ぎ、後の紛争を予防します。告知が不十分だと、労働者が解雇を争う余地が生じ、法的な論点が発生しやすくなります。
具体例
雇用主が深夜に一方的に解雇を決めて労働者に知らせなかった場合、解雇は到達していないため効力を生じないと考えられます。逆に理由を書面で示し、確実に到達させれば告知義務を果たしたことになります。
懲戒解雇の除斥期間と告知のタイミング
除斥期間とは何か
懲戒解雇権には「違反事実を知った日から30日以内に行使しなければならない」という実務上の制限があります。これは雇用主が迅速に判断と告知を行うことを求めるためです。遅れると懲戒解雇権を喪失するおそれがあります。
期間の起算点(いつから30日か)
期間は単なる疑いではなく、雇用主が違反の事実を認識した時点から始まります。具体例として、同僚の通報や現場の証拠で不正が明らかになった日が該当します。調査が必要な場合は、事実が合理的に確認できた時点が起算日となります。
告知のタイミングと方法
告知は可能な限り早く行うことが望ましいです。口頭での伝達に加え、書面で理由と日時を明記して渡すと証拠になります。告知を先延ばしにせず、事実確認と同時並行で準備を進めてください。
調査と迅速性の両立
証拠を集めるための調査は必要ですが、長引かせると30日を超えるリスクがあります。調査途中で重要事実が判明したら、速やかに暫定措置や告知を検討してください。場合によっては懲戒処分より先に一時的な出勤停止や配置転換で対応し、並行して最終判断を行う方法が有効です。
実務上の注意点
- いつ事実を知ったかの記録(報告日時、証拠の回収日)を残す。
- 告知の証拠として書面を用意する。
- 従業員が故意に事実を隠した場合は対応に柔軟性が必要ですが、喪失を避けるため速やかな行動を優先してください。
以上の点を守ることで、除斥期間内に適切な告知と処理が行えます。
告知方法の実務的課題と法的解釈
問題の所在
懲戒解雇の通知は、相手が確実に受け取れる方法で行う必要があります。民事訴訟法第130条の解釈をめぐり、実務では二つの立場が対立します。ひとつは「監所首長を通じて正規に送達する手続きが必要だ」という考え、もうひとつは「雇用主が可能な範囲で直接送達すれば足りる」という考えです。
判例に見る実際の取扱い
例えば、解雇通知を労働者の戸籍地へ掛号郵便で送り、家族が署名受領した事案があります。裁判所は、当時労働者が監所や裁判所にいたため直接受け取れなかったと認めつつ、禁見(面会禁止)が解除された後に家族を経由した転知で送達の効力が生じうると判断しました。要点は「労働者に実質的に通知が届いたかどうか」です。
実務上の対応策(具体例で説明)
- まず記録を残す:送達日時、方法、受領者名を必ず記録してください。
- 複数の方法を併用する:掛号郵便、内容証明、公的機関経由(監所首長への申請)を検討します。
- 面会制限がある場合は、監所側の手続を確認し、正式な転交手続きを取る例を優先します。
- すぐ送達できないときは、弁護士と相談して手順を決めると安全です。
法的リスクと留意点
直接送達を選ぶと、相手が受け取らなかった場合に無効とされるリスクがあります。一方で、監所を通す手続きは時間がかかります。記録と証拠を整えることが、後日の争いを避ける鍵です。
重大違反と緊急解雇の権利
趣旨
労働者の行為が極めて重大な場合、雇用主は勞基法第12条第1項第4款を根拠に、検察の起訴や有罪確定を待たずに懲戒解雇(緊急解雇)することができます。目的は職場の安全や業務の信頼回復を早急に図ることです。
緊急解雇が認められる典型例
- 会社金銭の横領や窃盗
- 暴力行為や業務に重大な支障を与えるセクシャルハラスメント
- 機密情報の無断持ち出しや重大な背信行為
これらは信頼関係を即時に破壊し、放置すると被害が拡大します。
手続き上の留意点
雇用主は事実関係をできるだけ早く確認し、証拠を収集して記録します。可能なら被疑者の事情聴取の機会を与えますが、遅延で被害が拡大する恐れがあるときは直ちに解雇して差し支えありません。解雇通知は書面で理由と日時を明示します。
注意点とリスク
証拠不十分での即時解雇は不当解雇と判断される可能性があります。従って解雇の必要性・相当性を客観的に示せるよう努めてください。裁判で争われた場合は賠償や復職命令が生じ得ます。
具体例(簡潔)
横領が社内監査で明確になり、資金流出が続く恐れがある場合、雇用主は即時解雇して被害拡大を防げます。念のため証拠保全と解雇理由の書面化を忘れないでください。
「未准易科罰金」の認定基準と告知
意味と要点
「未諭易科罰金」とは、裁判で罰金の納付が認められていない状態、または緩刑が宣告されていない状態を指します。懲戒解雇を考える際は、どの時点でこれらが確定しているかが重要です。実務上は、執行検察官が受刑者(被告人)に対して執行を通知した当初の時点で、罰金納付の許可があるかどうかを基準にする見解があります。
判定の理由と実務上の扱い
この見解は、雇用主が行政的事実に基づいて合理的に判断できる点を重視します。たとえば、社員が有罪判決を受け、検察官から「執行を通知」されたときに罰金納付が許可されていなければ、当時の雇用主の認識として「未准易科罰金」に該当すると扱えます。後に当事者が異議を申し立てたり抗告が認められたりして状況が変わっても、当初の通知時点の事実が懲戒判断の中心となります。
具体的な注意点(雇用主向け)
- 通知の証拠を残す:検察からの書面や公的な伝達記録を保存してください。
- 時点の確認:雇用主は執行通知の日時と内容で判断します。後日の手続きは直ちに懲戒決定を無効にしませんが、結果的に誤った処分と認定されれば補償が生じます。
- 説明機会を与える:社員に事情説明の機会を設け、処分の妥当性を検討してください。
- 法的助言を得る:不確かな場合は弁護士に相談し、リスクを下げてください。
例
社員Aが罰金判決を受け、検察官が執行を通知したが罰金の納付許可はない。当時の記録でAは「未准易科罰金」と判断され得ます。後に異議で納付許可が出ても、雇用主の当初判断が合理的だったかが争点となります。
送達困難な場合の対応と限界
状況の整理
労働者が拘束・収監されていると、雇用主は送達先を特定しにくくなります。家族が施設名や居所を教えない場合もありますが、まずは事実の確認が大切です。拘禁の有無や収容先は、本人や家族、警察署・拘置所・矯正施設に照会して確認します。
現実的な対応手順
- 収容事実を記録に残す(照会のメールや書面)。
- 収容施設の受け入れ窓口に文書送付の方法を確認し、公式手続きを踏んで送付します(受領印や受領証を得る)。
- 最終住所へ内容証明を送る、又は社内の手続きを進めたことを記録しておきます。
法的な限界と留意点
家族が住所を教えないからといって、直ちに公示送達が認められるわけではありません。家庭裁判所での代替的な送達手続きは、相手の住所が本当に不明であるなど厳格な要件が求められます。一方で、『監獄行刑法』第67条第1項は受刑者の接見・通信を原則制限しないと規定します。これを根拠に、収容施設を通じた送達や面会を通じた通知が可能な場合が多いです。
実務上の注意点
労働者の権利とプライバシーに配慮しつつ、行った手続きは時系列で証拠化してください。送達方法や照会の結果を記録することで、後日の争いに備えられます。疑問がある場合は弁護士に相談すると安心です。
情節重大性の客観的認定
「情節重大」という要件は、懲戒解雇が最後の手段であるという観点から厳格に判断されます。雇用主の主観だけでなく、客観的な事実に基づいて認定することが必要です。
客観的認定の主要基準
- 被害の程度:経済的損害や事業運営への影響、社員・第三者の安全への脅威の有無を具体的に示します。例:多額横領、重要顧客の喪失に直結する秘密漏洩。
- 故意性・反復性:故意で繰り返された行為は重く評価します。偶発的ミスとは区別します。
- 因果関係と具体性:行為と被害の因果が明確であること。抽象的な不満や能力不足だけでは不十分です。
- 代替手段の検討:他の懲戒(減給、停職、訓戒など)で是正可能かを文書で検討します。代替手段が尽きたと示す必要があります。
- 前歴・職務の重要性:同種の違反歴やその従業員が占める職務上の地位も考慮します。
具体例
- 会社の資金を繰り返し私的流用した場合:情節重大と評価されやすい。
- 営業機密を外部に渡し会社に重大損害を与えた場合:客観的被害が明確なら懲戒解雇が相当。
- 一度の軽微な遅刻や単純ミス:通常は情節重大とは認められません。
証拠と手続の重要性
文書、監視記録、メール、被害額の算定書、関係者の陳述などで客観性を担保します。懲戒前に弁明機会を与え、代替措置の検討を記録することで、裁判所での立証力を高めます。
以上の観点を総合し、個別事案で慎重に判断してください。


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