はじめに
目的
この記事は、日本の労働基準法に関連する「懲戒解雇」について、企業と労働者の双方が実務で役立てられるよう、分かりやすく解説することを目的としています。定義や法的根拠、手続きの流れ、退職金や解雇予告への影響、具体例まで網羅します。
読者想定
- 会社の人事担当者や経営者
- 解雇に不安を持つ労働者
- 労務管理に関心のある方
専門用語を最小限にし、具体例を交えて説明します。
本記事の構成
全8章で、懲戒解雇の基礎から手続き、事例と注意点まで順を追って解説します。まず第1章では本書の目的と使い方を示し、第2章以降で詳しく扱います。
使い方の注意
実務で判断が難しい場合は、社内の労務担当や弁護士に相談してください。本記事は一般的な理解を助けるためのものであり、個別事案の最終判断を代替するものではありません。
懲戒解雇とは何か?
定義と意義
懲戒解雇は、企業が従業員の重大な違反行為に対して行う最も重い処分です。企業の秩序や信頼を著しく損なう行為に対して適用され、事実上の雇用関係を即時に終了させます。処分の目的は再発防止と社内秩序の維持です。
具体的な例
- 横領や業務上の重大な不正
- 業務中の暴力や重大なハラスメント
- 長期間の無断欠勤で業務に支障が出た場合
- 社外での重大な犯罪行為で会社の信用を失わせた場合
これらはあくまで代表例で、程度や状況で判断が分かれます。
普通解雇との違い
普通解雇は業務上の理由や能力不足などで行われることが多く、事前の注意や改善機会が求められます。懲戒解雇は制裁色が強く、改善の余地がないと判断された場合に用いられます。処分の重さや社会的影響が大きく、再就職や生活に与える影響も深刻です。
影響と注意点
懲戒解雇になると退職金の不支給や雇用保険の給付に影響が出る場合があります。企業は処分前に事実確認を丁寧に行い、説明責任を果たすべきです。従業員は不当だと感じたら、まず会社に事実関係の説明を求め、必要なら労働相談や弁護士に相談しましょう。
労働基準法における懲戒解雇の法的根拠
労働基準法第89条の要旨
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則に懲戒の種類や事由を明記することを義務付けています。これは懲戒処分、とくに懲戒解雇を行う際の法的根拠となります。
就業規則が懲戒解雇の根拠である理由
懲戒解雇は労働契約を一方的に終わらせる重い措置です。企業は就業規則という社内ルールに基づいて処分の範囲や理由を示す必要があります。就業規則に具体的な規定がない場合、その懲戒解雇は無効と判断されることがあります。
就業規則に記載すべき具体例
- 懲戒の種類(訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇など)
- 各種懲戒の具体的事由(例:重大な横領、故意の業務妨害)
- 手続き(調査方法や弁明の機会)
- 効力発生日や復職の可否
規定が不十分な場合の影響
規定が漠然としていると、裁判で無効とされるリスクが高まります。したがって、具体的かつ合理的な定めと、従業員への周知が重要です。なお、就業規則があっても懲戒の程度が不相当なら無効となることがある点に注意してください。
実務上の注意点
就業規則は作成・改定時に書面で示し、労働者に周知します。懲戒解雇に至る場合は、事実関係の記録を残し、弁明の機会を与えるなど手続きを丁寧に行ってください。これにより後の紛争を避けやすくなります。
懲戒解雇の要件・基準
懲戒解雇が有効となるための主な要件を分かりやすく整理します。
就業規則の明確化と周知
懲戒解雇の理由や手続きは就業規則に明記し、労働者に周知しておく必要があります。具体例としては「横領、重大な暴力行為、著しい業務上の背信」などの規定を挙げ、入社時の説明や掲示、配布で周知します。
行為の重大性
懲戒解雇は信頼関係を回復できないほど重大な違反に限定されます。例:業務上の横領、性的ハラスメント、重大な情報漏えいなど。単なる遅刻や軽微なミスだけで解雇するのは不相当です。
一事不再理・不遡及の原則
同じ事実について二度処分しないこと(一事不再理)や、過去にさかのぼって新しい懲戒を適用しないこと(不遡及)を配慮します。過去に警告や減給などの処分がある場合は、それらとの整合性を考えます。
適正な手続き(弁明の機会等)
事実関係の調査や本人への聴取、弁明の機会を必ず設けます。証拠を示し説明を求め、合理的な期間を与えることが重要です。これにより手続きの公平性を担保します。
総合的な衡量(バランス)
動機、被害の程度、勤務年数、前科歴などを総合して判断します。したがって、単一の要素だけで決定せず、全体を見て懲戒解雇の相当性を判断します。
手続きの流れと注意点
1. 調査と事実確認
懲戒解雇を検討する際はまず事実を丁寧に確認します。出勤記録、メール、業務報告、監視映像など証拠を保存し、関係者から事情を聴取します。例:度重なる遅刻なら出勤簿と本人の説明を照合します。証拠は日時を付けて保管してください。
2. 弁明の機会(聴聞)の付与
本人に弁明の機会を必ず与えます。書面で理由を伝え、一定期間内に意見を述べられるようにします。面談は録音や議事録を取り、本人の署名をもらうと後の争いを避けやすくなります。本人が代理人や労働組合を求める場合は配慮してください。
3. 一時的な処分と業務調整
調査中に証拠隠滅や再発の恐れがある場合は一時的に出勤停止や配置転換を行うことがあります。金銭の扱い(休業補償の有無)は就業規則や社内規程に基づいて決めてください。
4. 社内決裁・懲戒委員会での審議
懲戒処分は人事担当、管理職、場合によっては懲戒委員会で審議します。過去の処分との整合性を確認し、理由・根拠を文書で残します。決裁ルートを明確にしておくことが重要です。
5. 解雇通知と発送方法
解雇の決定は書面で通知します。重要な点(理由、適用規程、効力発生日)を明記し、内容証明郵便や対面交付で確実に受け渡します。送達の記録を必ず残してください。
6. 手続き上の注意点
・理由の明確化と比例性:懲戒の程度が行為に見合うか検討します。例:軽微なミスで懲戒解雇は不相応です。
・一貫性:同様事案で過去の扱いと矛盾がないか確認します。
・記録保全:調査報告書、議事録、通知書は保管します。
・法的リスク管理:争いが予想される場合は労務・法律の専門家に相談してください。
以上を踏まえ、手続きを慎重に進めることで不当解雇のリスクを下げられます。
退職金・解雇予告・雇用保険への影響
退職金
懲戒解雇では、退職金を減額したり不支給にしたりする扱いが多くあります。重要なのは、就業規則や退職金規程に「懲戒解雇の場合は退職金を支払わない、または減額する」と明確に書かれていることです。書面で定めがないと不支給は認められにくく、裁判で争いになることがあります。具体例:横領で懲戒解雇となった場合、事前に規程があれば不支給とする扱いが一般的です。
解雇予告
労働基準法第20条により、解雇する際は原則として30日前に予告するか、30日分以上の解雇予告手当を支払う必要があります。概ねこのルールを基準に手続きを進めます。概略であっても、労働基準監督署長の認定を受けた場合は即時解雇が可能です。運用上は、解雇理由の証拠をそろえ、書面で通知することが大切です。
雇用保険(失業給付)への影響
懲戒解雇では、ハローワークでの審査の結果、給付制限や給付開始の遅れが生じる場合があります。離職票を受け取り、受給手続きは速やかに行ってください。手続きの際は、解雇理由や会社側の資料を説明できるようにしておくと安心です。
実務上の注意点
- 就業規則・退職金規程をまず確認する
- 解雇理由や証拠を文書で残す
- 退職金の扱いは規程との整合性を保つ
- 雇用保険についてはハローワークへ早めに相談する
上記を踏まえ、懲戒解雇に伴う金銭面や手続きは慎重に進めてください。
具体的な事例と企業が注意すべきポイント
具体的な事例(代表例とポイント)
- 横領・背任:売上金や経費を私的に流用する行為。領収書の改ざんや通帳の不審な動きを例に、経理の二重チェックが重要です。
- 業務上横領:会社の物品や現金を業務中に持ち出すケース。目撃者や入出庫記録で裏付けします。
- 重大なセクハラ・パワハラ:被害の訴えや録音・メールが証拠になります。被害者保護を優先してください。
- 経歴詐称:採用申告と異なる学歴や勤務歴が発覚した場合、職務適性に直結します。
- 取引先との不正な金銭授受:接待が逸脱し贈収賄に近い場合は、契約関係や信頼に影響します。
- 企業秘密の漏洩:顧客情報や技術情報の外部流出は重大です。アクセスログを確認します。
企業が取るべき具体的対策
- 就業規則を明確にし、懲戒事由と手続き、懲戒の種類を示す。
- 事実確認を慎重に行い、本人の弁明機会を与える。書面で記録を残す。
- 証拠(ログ、監視、メール、証言)を速やかに確保する。
- 懲戒の程度は行為の重大性・頻度・業務影響で判断する。軽微な違反を懲戒解雇に直結させない。
- 労働法や弁護士の助言を受け、解雇権の濫用リスクを減らす。
運用上の注意点
- 一貫した運用を心がけ、類似事案で処分がぶれないようにする。
- 被害者保護とプライバシー配慮を忘れずに対応する。
- 証拠収集は合法的に行い、違法な手段で得た証拠は問題となる可能性がある。
まとめ・今後の注意点
懲戒解雇は企業と労働者双方に重大な影響を与えます。決定前に法令・判例・社内規程を確認し、慎重に対応することが重要です。
- 事前準備を徹底する
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就業規則や懲戒基準を明確にして周知します。具体例や懲戒の程度を示すと運用がぶれにくくなります。
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調査と記録を丁寧に行う
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事実関係を速やかに確認し、証拠や聴取記録を残します。客観的な資料を集めることで正当性を示しやすくなります。
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手続きの公正を保つ
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労働者に弁明の機会を与え、処分理由と根拠を説明します。割合(懲戒の重さ)が過大にならないよう注意してください。
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代替措置を検討する
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警告・減給・出勤停止など軽い措置で解決できないか検討します。懲戒解雇は最終手段としてください。
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専門家に相談する
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労働基準監督署や弁護士に相談して法的リスクを把握します。争いになった際の対応がスムーズになります。
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労働者側のポイント
- 不当だと感じたら証拠を保存し、相談窓口や専門家に早めに相談してください。
今後は予防と透明な運用を心がけることで、トラブルを未然に防げます。必要なら専門家の助言を得ながら進めてください。


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