はじめに
目的
本資料は、退職後に遡及払い(過去分の給与・手当が後から支払われること)を受けた場合に、離職票や失業保険、税金、社会保険料の扱いがどう変わるかを分かりやすく解説します。制度や書類の読み方が分からない方に向けた実務的な案内です。
対象読者
会社を退職した方、人事・総務担当者、転職を控える方など、遡及払いに関わる立場の方すべてを想定しています。専門用語はできるだけ避け、具体例で補足します。
本書の構成と読み方
全15章で構成し、遡及払いの定義から各種控除、失業保険への影響、離職票や源泉徴収票の取り扱い、確定申告の必要性まで順に説明します。まずは第2章で遡及払いの基本を確認してください。
注意事項
制度や手続きは個別の状況で異なります。本資料は一般的な案内であり、具体的な判断は年金事務所やハローワーク、税理士にご相談ください。
遡及払いとは何か
概要
遡及払い(そきゅうばらい)とは、退職後や後日になって、会社から追加で支払われる給与のことです。多くは給与計算の誤りや未払いの残業代、賞与の見落としなどが原因で発生します。退職後にまとまった金額を受け取る点が特徴です。
主な原因(例)
- 給与計算ミス:基本給や手当の計算が間違っていた。
- 未払い残業代:残業時間が正しく記録されていなかった。
- 賞与や歩合の再計算:業績反映や契約見直しで金額が増えた。
支払いの流れ(簡単な例)
- 会社が問題を確認する。
- 修正した金額を計算する。
- 退職者へ遡及分を支払う(源泉徴収が行われる場合があります)。
注意点
- 遡及払いは給与に準じる扱いになります。税金や社会保険料の扱いで影響が出ることがあります。これらの具体的な影響は、後の章で順に説明します。
遡及払いと各種控除の関係
概要
遡及払いは、過去の在職期間に対する賃金とみなされることが多いです。その場合、通常の給与と同じ扱いになり、所得税や社会保険、雇用保険の控除に影響します。ここでは主なポイントを具体例を交えてやさしく説明します。
所得税(源泉徴収)への影響
遡及払いを受け取ると、その支給時の給与と合算して源泉徴収が行われます。税率は累進課税なので、一度に多額が支払われると税率が高くなり、結果的に天引き額が大きくなります。例:3ヶ月分で10万円の遡及払いがあり、当月の給与が20万円なら、合算の30万円に対して源泉が計算されます。
社会保険料への影響
健康保険・厚生年金などの社会保険料は、原則として支払われた月の報酬に基づき算定されます。遡及払いがその月の報酬に含まれれば、保険料が増える可能性があります。ただし、報酬月額の区分や算定方法によっては影響が小さい場合もあります。
雇用保険料への影響
雇用保険料も給与総額に応じて計算されます。遡及払いがあると当月の総額が増え、雇用保険料が増えることがあります。退職後に支払われる遡及払いは、雇用保険の取り扱いが異なる場合があるため注意が必要です。
具体的に確認するポイント
- 支払われた月にどの控除が適用されたか(源泉徴収票や給与明細を確認)
- 遡及払いが在職時の対価か退職後の支払いか
- 社会保険の標準報酬月額に反映されたか
最後に
疑問があれば、まずは勤務先の人事・給与担当に確認してください。必要な場合は確定申告で調整できますので、領収書や明細を保管しておきましょう。
雇用保険料の控除について
計算の仕組み
遡及払いにも雇用保険料はかかります。会社は遡及された給与の総額に対して、雇用保険料率を乗じて従業員負担分を算出し、給与から天引きします。計算式は「遡及支給額 × 保険料率 = 控除額」です。保険料率は年度や職種で異なるため、社内の料率を確認してください。
実際の控除例
例:遡及支給が10万円で、仮に保険料率が0.3%なら控除額は300円です。会社はこの控除を行った後の差引支給額を支払います。金額が小さくても法的に正しい処理が必要です。
明細の確認と対応
給与明細や源泉徴収票に遡及分の雇用保険料が記載されます。不明な点や計算の誤りが疑われるときは、まず人事・給与担当に確認を求めてください。必要なら明細の再発行を依頼できます。
社会保険料の控除について(原則)
原則
社会保険料(健康保険・厚生年金など)は、原則として遡及払い(過去分の未払い給与)から差し引かれません。社会保険料は「被保険者であった月」に対して発生するため、退職日の翌日には被保険者資格を失う点が理由です。
具体例
例:3月31日に退職した場合。会社が後日、1月分の未払い給与を支払っても、支払われた時点であなたは被保険者資格を持っていません。したがって、通常はその遡及分から社会保険料を差し引きません。
手続き上の注意
- 会社が誤って遡及払いから社会保険料を控除した場合は、まず勤務先に確認してください。誤差があれば返金や調整を求められます。
- 被保険者であった当時に保険料が未納だった特殊な事情がある場合は、後日の手続きが必要になることがあります。給与明細や退職に関する書類を保管してください。
次章への案内
月末退職に伴う例外は次章で詳しく説明します。
社会保険料の控除について(月末退職の例外)
概要
月末に退職する場合は例外的な扱いとなり、社会保険の資格喪失日が翌月扱いになることがあります。そのため、最終給与や遡及払い(過去分の精算)からその月分の社会保険料が控除されることが多いです。
具体例
例えば、6月30日に退職した場合、会社の取り扱いによっては資格喪失日を7月1日として扱います。すると6月の標準報酬にかかる健康保険・厚生年金の料率で、6月分の保険料が最終給与や遡及払いから差し引かれます。
手続きと確認ポイント
- 給与明細で「社会保険料」欄を確認してください。どの月分が差し引かれているか記載されます。
- 不明な点は人事・総務に問い合わせてください。控除の理由と対象月を明示してもらいましょう。
- 誤って多く差し引かれた場合は、会社を通じて精算や返金の手続きを依頼できます。
注意点
退職日や会社の扱い方で差し引かれる月が変わります。必ず最終給与の内訳を確認し、不安があれば早めに相談してください。
所得税の控除について
遡及払いは給与所得
遡及払いは給与の一部と扱われ、所得税の対象になります。会社は遡及分を支払う際に所得税を源泉徴収(天引き)する義務があります。税額はその月の給与と合算して計算するのが一般的です。
源泉徴収の方法
会社は、通常の給与と遡及分を合わせて税額表に当てはめたり、控除済みの年税額を考慮して暫定的に源泉徴収したりします。多額の遡及払いが一度にあった場合、その月の天引き額が増える可能性があります。
年末調整と確定申告での調整
源泉徴収で多く支払った場合は年末調整で戻り、不足している場合は年末調整や確定申告で追加納付します。退職後に遡及払いがあるときも、年末調整の対象になるか確定申告が必要かを確認してください。
具体例(簡単なイメージ)
月給20万円の人が、過去分として30万円の遡及払いを受け取った場合、支払月は20万円+30万円で税率が適用されます。その結果、天引きが普段より大きくなることがあります。ただし、最終的な税額は年末調整や確定申告で精算されます。
支払が退職後の場合
退職後に会社が遡及分を支払う場合でも、会社は源泉徴収義務を負います。源泉徴収票には遡及分を含めた給与金額が記載されますので、それをもとに年末調整や確定申告で処理します。
失業保険への影響(重要な注意点)
なぜ影響が出るのか
遡及払いは「いつの賃金として扱うか」が重要です。受給額は過去の賃金や受給期間中の収入で決まるため、遡及分の扱い次第で増減します。必ずハローワークに申告してください。
増額となる場合(具体例)
例:退職前の基礎期間中に働いた分が遡及で支払われ、基礎賃金が上がると日額や支給総額が再計算され増えることがあります。
減額・不支給となる場合(具体例)
例:受給期間中に遡及払いを受けた場合、それが「収入」とみなされ一定額を超えると該当期間の支給が減るか停止されます。報告しないと不正受給扱いとなり、返還やペナルティが生じます。
必ず行うこと(手続き)
- 支払明細や会社の説明を持参し、速やかにハローワークに申告する。
- 遡及分がどの期間の賃金に対応するかを確認してもらう。
- 再計算や返還の有無を確認し、指示に従う。
注意点
証拠書類を保管し、疑問は窓口で確認してください。報告を怠ると負担が重くなるため、早めの連絡をおすすめします。
失業保険が増額される可能性
概要
遡及払いが離職前6ヶ月間の賃金に該当すると、賃金総額が増えます。賃金総額が上がると基本手当日額(1日あたりの受給額)が高くなる可能性があります。具体例:6ヶ月の賃金に後から50万円が加算されれば、日額が上がることがあります。
増額になるための流れ
- 事業主が給与を訂正して遡及分を支払う。
- 事業主が訂正済みの離職票(または給与証明)を作成する。
- その書類をハローワークに再提出する。
- ハローワークが再計算し、増額が認められれば決定される。
必要書類
- 訂正済みの離職票(または事業主の支払証明)
- 遡及分の給与明細や振込証明
- 源泉徴収票の写し(あれば)
注意点
- 書類の訂正と再提出がないと増額されません。申請や提出は速やかに行ってください。
- すぐに支給額が変わるわけではなく、ハローワークの再審査後に変更されます。遡及分は後日まとめて支払われることが多いです。
- 遡及払いが離職前6ヶ月に該当しない場合や計算基準の関係で増額にならないこともあります。必要なときはハローワークで確認してください。
第10章: 失業保険が減額・不支給となる可能性
概要
遡及払いが「収入」とみなされると、失業認定日に支給される基本手当が減額されたり、不支給になったりします。必ず正直に申告することが重要です。
なぜ減額・不支給になるのか
失業保険は認定期間中の収入で調整されます。過去の未払い分が遡って支払われ、それが認定期間の収入と見なされれば、その分だけ支給が減ります。全額が日数分の賃金に相当する場合、基本手当が支給されない日が生じます。
具体例
認定期間が14日で、遡及払いが14日分の賃金に相当する場合、その期間の基本手当は原則として支給されません。遡及払いが7日分なら、7日分の給付が減るイメージです。
申告の仕方と注意点
遡及払いを受けたら、失業認定日に必ず窓口で申告し、支払明細や振込記録を提示してください。嘘や申告漏れがあると、過払い分の返還請求や給付停止、最悪の場合ペナルティが生じます。
未申告のリスク
後から遡及が判明すると、受給した給付金の返還や延滞金が発生します。まずは正確に申告し、不明点はハローワークで確認してください。
源泉徴収票の再発行について
はじめに
遡及払いがあったのに、遡及前の金額のまま源泉徴収票が渡されることがあります。その場合は、会社に正しい金額を反映した源泉徴収票の再発行を必ず依頼しましょう。正しい書類がないと確定申告や失業給付の手続きで不利益を受ける可能性があります。
再発行を依頼するタイミング
- 遡及払いが給与に反映された後に、源泉徴収票を受け取ったとき
- 年末調整後に遡及が判明したとき
会社を離職している場合も、在職中と同様に再発行を依頼できます。
会社の義務
会社は従業員に対して正しい金額を記載した源泉徴収票を交付する責任があります。誤ったまま放置することは適切ではありませんので、遠慮せずに依頼してください。
依頼するときの準備と手順
- 給与明細や遡及分が確認できる書類を用意する(該当月の給与明細や計算書)。
- 人事・給与担当に再発行を依頼する。メールや書面で依頼すると証拠が残り安心です。
- 発行後は内容を必ず確認する。必要なら訂正を依頼してください。
再発行で確認するポイント
- 総支給額と源泉徴収税額が遡及分を含めて正しく反映されているか
- 社会保険料や雇用保険料の控除額が一致しているか
- 支払日や期間の記載に誤りがないか
会社が対応しない場合
まずは再度丁寧に依頼し、やむを得ない場合は税務署やハローワークに相談できます。税務署は源泉徴収に関する助言が可能ですし、失業給付に関する不安はハローワークで確認してください。
書類の保管と活用
再発行された源泉徴収票は確定申告や失業給付申請に必要です。オリジナルと再発行分を含めて大切に保管しましょう。必要に応じてコピーを取っておくと手続きがスムーズです。
離職票の記載内容と遡及計算
記載すべき賃金と期間
離職票には、実際に労働した期間に対する賃金総額を記載します。支払日ではなく、どの月の労働に対する賃金かを基準にする点が重要です。
当月締め翌月支給の扱い
当月締めで翌月に支払う会社では、翌月に支払われた手当や賃金も当月分として遡及計算します。例えば3月分の残業代が4月に支払われた場合、離職票では3月の賃金に含めます。
遡及支給の記載方法
遡及支給(未払賃金や追給)があるときは、該当する各月ごとの賃金に振り分けて記載します。合計が離職票の賃金総額になるようにし、内訳が分かるよう明細を添付しておくと確認がスムーズです。
具体例
例:3月の基本給20万円+残業代2万円が4月に支払われた場合、離職票の3月分は22万円になります。続けて4月分は実際に4月の労働分だけを記載します。
事業主の責任と従業員の確認点
事業主は正確な遡及計算を行い、離職票に反映する責任があります。従業員は明細や支払日と対象月が一致しているかを確認し、疑問があれば給与担当者に確認してください。正しい記載は失業給付などの算定に影響します。
離職票の使用期限について
基本の考え方
離職票自体に法的な「使用期限」はありません。退職後10日を過ぎても離職票を使って手続きできます。とはいえ、失業給付の受給に関する重要な期限が別にあります。
受給期間(重要)
失業手当の受給期間は、原則として退職日の翌日から起算して1年間です。つまり、離職票を受け取ってハローワークに申請する場合、この1年の間に手続きを終える必要があります。期限を過ぎると、原則として失業給付の受給権を失います。
早めの申請が望ましい理由
- 必要書類の確認や不備の対応に時間がかかることがあります。
- 受給開始日や給付日数の計算に影響します。
- 万が一、事情により申請が遅れる場合は、ハローワークに相談すると対応がある場合もあります。
もし離職票をなくした・届かない場合
雇用主に再発行を依頼する、またはハローワークで相談してください。再発行や事実確認で時間を要することがあるため、早めに動くと安心です。
注意点(例外的取扱い)
病気やケガ、育児・介護などやむを得ない事情で申請が遅れた場合、受給期間の延長が認められることがあります。個別の事情で扱いが異なるため、該当する場合はハローワークで具体的に確認してください。
実例
例:1月1日に退職した場合、受給申請は翌日(1月2日)を起点に1年以内、つまり次の年の1月1日までに行う必要があります。離職票の到着が遅れても申請自体はこの期間内に行ってください。
離職票の発行期限
発行期限の基本
企業は離職証明書を作成・保存し、原則4年間保管します。そのため、離職票は退職日から4年間、発行を求めることができます。離職票自体は退職時に作成される書類ですが、請求があれば4年以内に受け取れます。
失業手当の申込み期限
失業手当(基本手当)の受給申請は、退職日から1年以内にハローワークで行う必要があります。離職票を後で受け取れても、申込みが1年を過ぎると原則として受給できません。
具体例
例:2022年1月1日に退職した場合
– 離職票の発行請求:2026年1月1日まで可能
– 失業手当の申込み:2023年1月1日までにハローワークへ
離職票は後で受け取れても、申込み期限に注意してください。
発行を依頼する手順と注意点
- まず前の勤務先に連絡して発行を依頼します。
- 企業が対応できないときはハローワークに相談してください。必要書類や手続き方法を案内してくれます。
- 住所変更や氏名変更があれば事前に伝えておくとスムーズです。
できるだけ早めに発行を求め、失業給付の申請期限を守るようにしてください。
確定申告の必要性
遡及払いに伴う源泉徴収税が正しいかどうか確認し、必要なら確定申告で調整することが大切です。給与の源泉徴収は月ごとの計算で行われますが、年単位で見た最終的な税額と差が出ることがあります。年末調整を受けていない場合や、複数の勤務先がある場合、控除が漏れている場合は確定申告が必要になることが多いです。
-
いつ確定申告が必要か
1) 年末調整を受けていない(退職後に遡及払いを受けた等)
2) 年間の所得合計や控除が変わり、源泉徴収額に過不足が生じた
3) 医療費控除や寄附金控除など、年末調整で扱われない控除を申請する場合 -
簡単な例
年間の想定所得で源泉徴収された税が少ないと、確定申告で追加納税が必要になることがあります。逆に多く徴収されていれば、申告で還付を受けられます。 -
手続きの流れ(基本)
1) 源泉徴収票や給与明細、控除に関する書類を揃える
2) 年間の給与・控除を確認する
3) 必要なら税務署やe-Taxで確定申告を行う(源泉徴収票を添付)
書類は大切に保管し、判断に迷うときは税務署へ相談してください。適切に手続きをすれば税の過不足を正しく調整できます。


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