はじめに
本書は、正社員が「即日退職」を検討するときに知っておくべき法的枠組みと実務的なポイントを分かりやすく整理した入門ガイドです。
目的と対象
- 目的:即日退職が可能かどうかの判断材料と、現実的な対処法を提供すること。
- 対象:正社員として働く方、その家族、企業の人事担当者。
本書で扱うこと
- 民法第627条・628条を踏まえた法的根拠の説明。
- 即日退職が認められやすい「やむを得ない理由」の具体例(病気、介護、ハラスメント、賃金未払いなど)。
- 実際の伝え方や手続き、注意点とリスク管理。
注意点
- 即日退職は例外的手段です。安易な判断はトラブルにつながることがあるため、まずは上司・労働基準監督署・専門家に相談することをお勧めします。
正社員は原則「即日退職できない」という法律の大前提
民法627条の基本
期間の定めのない雇用(一般的な正社員)について、民法627条は「退職の申し出から2週間後に退職が成立する」と定めています。つまり法律上は、申し出当日に退職が成立するケースは原則少ないです。会社側に引き継ぎや採用手続きの準備時間を与えるためのルールです。
即日退職が難しい理由
企業は業務の引き継ぎやシフト調整、給与計算など準備が必要です。本人の申し出だけで当日退職を認めると業務に支障が出ることが多く、会社は一般に2週間の猶予を求めます。
例外:会社の同意があれば即日も可能
会社が同意すれば、合意によって即日退職が成立します。口頭でも可能ですが、後のトラブルを避けるために書面やメールで同意を得ておくと安心です。
実務上の注意点
急に辞めたい場合は、まず人事や上司に事情を説明して交渉してください。有給や休職、代理の引き継ぎ手配など、別の方法で早期離職を実現できる場合もあります。会社が同意しないまま無断で出社しないと、懲戒や未払い問題に発展する恐れがあります。
(次章では「やむを得ない理由」について詳しく解説します。)
即日退職を可能にする「やむを得ない理由」とは何か(民法628条)
意味と要件
民法628条は、「やむを得ない事由」がある場合に契約を直ちに解除できると規定します。ここで重要なのは「客観的に見て、働き続けることが困難で、通常の予告期間を待てない事情」である点です。単なる気持ちの問題や主観的な都合だけでは認められにくいです。
具体的に求められる条件
- 労働の継続が現実的に危険または不可能であること
- 直ちに退職しなければ被害が拡大する可能性があること
- 主張を裏付ける客観的証拠があること(医師の診断書など)
典型的な証拠例
- 医師の診断書や治療状況の記録
- 賃金未払いを示す給与明細や通帳
- 暴力や脅迫の録音・写真・メール
- 上司のハラスメントを示す第三者の証言
注意点
やむを得ない理由に当たるかは個々の事情で判断されます。事後に会社と争いになることがあるため、可能な限り証拠を残し、労働基準監督署や弁護士に相談することをおすすめします。
即日退職で「やむを得ない理由」に該当しやすい代表的4〜6パターン
1) 本人の病気・ケガ・メンタル不調
- 症状が急で働けない、医師の診断書や領収書があると強い根拠になります。
- やること:まず医療機関を受診し、診断書や診療明細を受け取る。連絡はメールや記録が残る方法で行う。
2) 家族の介護・看病
- 要介護の親や重い病気の子どもなど、急な世話が必要な場合です。ケアマネの書類や入院証明が有力です。
- やること:関係書類を集め、休職や退職の意向を伝える前に代替手段を検討する。
3) ハラスメント・いじめ・モラハラ
- パワハラやセクハラなど、職場の安全が脅かされる場合。メール、録音、目撃者の証言が証拠になります。
- やること:証拠を保存し、企業の相談窓口や労働基準監督署に相談する。
4) 労働条件の重大な違反・賃金未払い
- 採用時と著しく異なる仕事内容、残業代未払いが続く場合。給与明細や契約書を保管してください。
- やること:未払いの明細を整理し、内容証明で請求するか相談窓口へ行く。
5) 災害による生活基盤の喪失
- 自宅が損壊して生活継続が不可能になった場合。被災証明や保険の書類が有効です。
- やること:自治体の被災証明を取得し、速やかに事情を伝える。
6) 結婚・出産・転居など
- 通勤が著しく困難になる転居や出産の急変など。婚姻届、転居証明、出産予定証明が参考になります。
- やること:代替の勤務形態がないか確認し、必要書類を揃えて相談する。
注意点:即日退職を主張するには証拠が重要です。証拠が乏しいと争いになりやすいので、受診や記録、写真、目撃者の確保を優先してください。必要な場合は労働相談窓口や弁護士に早めに相談すると安心です。
正社員が「即日退職」を実現する4つの具体的な方法
1) 会社と合意して退職する(合意退職)
最もトラブルが少ない方法です。上司や人事と事情を正直に伝え、退職日を合意します。口頭だけでなく、退職日や有給消化、引継ぎ方法をメールや書面で確認すると安心です。有給を即日消化して実質的にその日で退職するケースも多いです。
2) 医師の診断書や介護証明を用いる
健康上の理由や家族の介護で即時対応が必要な場合、診断書や介護証明を提出して退職を願い出ます。会社は合理的な説明があれば配慮しやすく、休職→退職の手続きを速められることがあります。書類は具体的な日付と理由を明記してもらうと有効です。
3) 退職届(自己都合)を提出する
退職届を即日付で提出して辞める意思を示します。法的には即日退職を会社が認める義務はありませんが、実務上通る場合もあります。注意点としては、会社が受理しない、未払い賃金や有給の扱いで争いになる可能性があります。重要な場合は証拠(提出日時の記録)を残してください。
4) 第三者の力を借りる(労働基準監督署・弁護士・労組)
会社と合意できないときは、労働基準監督署や労働相談窓口、弁護士に相談します。労基署への相談で会社からの圧力が和らぐことがあり、弁護士は内容証明郵便で速やかな対応を促せます。労働組合があれば斡旋も期待できます。
各方法とも、未払い賃金・退職金・機密情報の扱いを確認してください。急ぐ場合でも、記録を残し、可能なら書面での合意を得ることがトラブル回避につながります。


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