はじめに
本書は、就業規則に定められる「退職申し出の90日前ルール」がどのような法的意味を持つかを、わかりやすく解説することを目的としています。民法上の2週間前の申し出ルールとの関係や、就業規則が優先する場面・しない場面、合理性の判断基準などを順を追って説明します。実務的には円満退職のための対応や退職日の正しい数え方、早期退職を希望する際の対処方法も具体例を交えてまとめます。
本書は、労働者(退職を考えている方)、使用者(人事・経営者)、社内担当者などを想定しています。専門用語は必要最小限にとどめ、具体例で理解を助けます。各章は独立して読めるよう構成しますので、関心のある章からお読みください。
まず第1章では、本書の目的と構成を示しました。以降の章で制度の仕組みと実務上の注意点を丁寧に解説していきます。
民法と就業規則における退職申し出期間の基本ルール
民法の基本(退職の自由)
民法第627条1項は、期間の定めのない雇用契約について「労働者はいつでも退職の申出をすることができ、2週間を経過すれば契約が終了する」と定めています。つまり、正社員などの無期雇用では、労働者が退職の意思を示してから2週間で契約が終わるのが原則です。例:1月10日に退職の意思を伝えれば、1月24日に雇用関係が終了します。
就業規則の規定とその扱い
多くの企業は就業規則で「1か月前」「90日前」といった届出期間を定めています。これは業務引継ぎや採用手配のためですが、民法の2週間規定と矛盾します。就業規則が直ちに無効になるわけではありません。裁判例や実務では、長い届出期間が業務運営上合理的であれば一定の効力が認められます。ただし、労働者の退職の自由を不当に制限するほど極端に長期であれば無効と判断されます。
具体的な注意点
- 短期間での退職を希望する場合は、まず会社に事情を説明して合意を求めると円滑です。
- 就業規則に長期の届出期間があっても、会社が直ちに強制的に勤務を継続させることはできません。裁判例では、業務上の必要性と個人の退職の自由を比較して判断します。
- 給与や有給の扱いについては、退職日までの労働実態で精算されます。
就業規則と民法のどちらが優先されるのか
民法が優先されるという原則
民法(民法627条)は、労働者が退職の意思を伝えてから一定期間をおけば退職できる旨を定めています。一般に「2週間前の通知」で足りると解されています。したがって、法律と就業規則がぶつかった場合は、法律が優先します。
就業規則は会社のルールにすぎない
就業規則は会社が定める内部ルールです。合理的であれば効力を持ちますが、法律より優先されません。例として、就業規則に「90日前に申し出ること」と書いてあっても、民法の定める期間より長ければ無効と判断される可能性があります。
判例の考え方(具体例)
裁判例では、就業規則で「1か月前の申出」と定めてあっても、民法に基づく2週間の告知で退職を認めたものがあります。裁判所は、労働者の退職の自由や実情を勘案して判断します。
実務上の注意点
- まず契約書や就業規則を確認してください。法的には2週間で足りる場合でも、職場の円満を考えれば早めに相談する方が安全です。
- 会社側が長期通知を求める場合は、具体的事情(引き継ぎの必要性など)を説明して合意を図るとトラブルを避けられます。
この章では、就業規則が一律に優先するわけではなく、民法の原則が上位に立つ点を押さえてください。
就業規則の法的効力と合理性の判断
背景と法律の位置づけ
就業規則は労働契約の一部となり、労働者と使用者双方を拘束します。ただし「合理的であること」が前提です。単に会社が定めたからといって無条件に有効になるわけではありません。
合理性の考え方
合理性は個別事情を踏まえて判断します。業務の性質、職種、退職に伴う会社側の損害回復の必要性、従業員の生活への影響などを総合して見ます。民法の二週間という基準がある点も考慮されます。
具体的な判断要素(例)
- 会社の業務引き継ぎに本当に90日必要か
- 役職や担当の特殊性(管理職や顧客対応の継続性など)
- 同じ条件の全従業員に公平に適用されているか
- 退職者の生活や転職活動に過度な不利益を与えていないか
例えば、短期間で替えが利く一般事務に90日を一律課すのは疑問が残ります。一方で営業で重要顧客の引継ぎが不可欠な場合は長めの期間が認められることがあります。
違法となるケースと対応
利用者に不当な長期拘束を強いると裁判で無効と判断されることがあります。したがって企業は合理的理由を示す必要があります。従業員は就業規則の写しを求め、記録を残し、自治体の労働相談窓口に相談するとよいでしょう。
実務上のアドバイス
就業規則に長期の退職期間がある場合、個別に交渉して短縮や引継ぎ方法の合意を目指してください。会社側は必要性と期間を具体的に説明するとトラブルを避けやすくなります。
強制労働の禁止と退職の自由
概要
日本国憲法や労働基準法は、強制労働を禁じています。労働者は自分の意思で退職する自由を持ち、会社がこれを不当に妨げることはできません。
実務上の要点
- 退職の意思表示が明確であれば、会社は働き続けるよう強制できません。身体的に拘束したり、出勤を無理に命じたりすることは違法です。
- 就業規則に「30日前の予告」などの定めがあっても、民法に基づく2週間の申し出で退職できるケースがあります。2週間が経過すれば、法的には雇用関係は終了します。
具体的な対応例
- 退職の意思は書面(メールや内容証明)で伝え、退職日を明確にしてください。証拠が残ると後の争いを防げます。
- 会社が退職を認めない場合は、冷静に対応しつつ、録音ややり取りの記録を残してください。身体的拘束や威圧は許されません。
- 困ったときは労働基準監督署や労働相談窓口、労働組合、弁護士に相談してください。早めの相談が安心につながります。
注意点
短期間で辞めると職場との関係が悪化することがあります。円満退職を目指す工夫は大切です。ただし、会社が法的にあなたを拘束することはできない点は覚えておいてください。
実務上の円満退職への対応
前置き
法的には2週間ルールが労働者の権利としてありますが、実務では就業規則や職場の事情も重視されます。円満退職を目指すなら、相手への配慮と準備が重要です。
申し出のタイミングと手順
- まず直属の上司に口頭で退職の意思を伝えます。誠実に理由を説明し、感情的にならないようにします。
- 就業規則で定められた形式(書面や所定の様式)があれば、それに従って提出します。
- 申し出時は、引き継ぎの大まかな計画や最終出社日を提示するとスムーズです。
引き継ぎ・有給・事務手続きの対応
- 引き継ぎ書を作成し、担当者と打ち合わせを行います。具体例:業務フロー、重要連絡先、未完了タスクを明示します。
- 有給休暇の消化方法を事前に人事と相談します。
- 社会保険や源泉徴収、離職票などの書類発行には時間がかかるため、人事に早めに知らせます。
引き留めや条件交渉への対応
引き留めにあっても冷静に対応し、条件提示があれば期限を設けて検討します。感情的な応酬を避け、文書で記録を残すと安心です。
理想的な申出時期
職場事情を踏まえ、実務的には1か月半〜3か月前の申し出が望ましいです。プロジェクトの区切りや繁忙期を避ける配慮が、円満退職につながります。
会社側が長めの期間を求める理由
社会保険の切替や書類準備、後任探しなど事務処理が多く、急な申し出では対応が難しくなるためです。相互の負担を減らすため、余裕を持った申し出を心がけましょう。
退職1ヶ月前(または90日前)の正しい数え方
概要
退職の申し出期限は、就業規則の文言で決まります。一般的には「退職日の1ヶ月前までに」や「退職日の90日前までに」と書かれ、暦日を基準に遡って数えます。念のため余裕を持つことをおすすめします。
数え方の基本手順
- まず退職したい最終日(退職日)を決めます。例:6月30日。
- 就業規則の表現を確認します。「1ヶ月前」「○日前」「1か月前の日までに」などで意味が変わります。
- 「○日前(90日前)」は日数で数え、退職日の前日から遡って90日目を期限とします。民法の起算と異なる場合があるため就業規則優先です。
- 「1ヶ月前」は暦月で数えます。6月30日を退職にするなら、1ヶ月前は5月31日が期限です。端数のある月(2月や31日→30日)も暦に合わせます。
具体例
- 退職日:6月30日、1ヶ月前ルール→5月31日までに申出
- 退職日:3月31日、1ヶ月前ルール→2月28日(うるう年は29日)までに申出
- 退職日:6月30日、90日前ルール→退職日の前日から数えて90日目が期限
注意点と実務対応
- 就業規則が「申し出の翌日から起算」と書く場合、民法の説明と起算日がずれるので人事へ確認してください。\
- 月ごとの日数やうるう年で迷ったら、早めに申し出して余裕を持つと安全です。\
- 書面で申し出た日付を残すとトラブル防止になります。必要なら人事・弁護士に相談してください。
早く退職したい場合の対処方法
まず知っておくべきこと
民法では、一般に「退職の申し出は2週間前で足りる」とされています。急を要する事情があるときは、この民法の原則が重視されることがあります。会社の就業規則に長い申し出期間が書かれていても、事情次第で短縮できる可能性があります。
具体的な対処法(実務的な手順)
- まず直属の上司に口頭で伝え、続けて書面(メールや念書)で退職日と理由を記載して申し出てください。記録が残ることが重要です。
- 健康上の理由なら医師の診断書、家族の事情なら関係書類を用意すると説得力が増します。
- 会社と話し合い、合意退職(希望日での合意)を目指してください。代替案として引継ぎ期間の短縮や有給消化の提案が有効です。
相談先と注意点
- 会社が即時退職を拒む場合でも、原則として強制はできません。ただしトラブルを避けるため話し合いを優先してください。
- 解決が難しいときは労働基準監督署、労働相談窓口、弁護士や労働組合に相談しましょう。
実務では、誠意ある対応と証拠の確保が円滑な退職につながります。


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