はじめに
本資料の目的
本資料は、就業規則の「損害賠償」条項を分かりやすく解説することを目的とします。一般的な考え方、労使の争点、典型的な条文例、情報収集のポイント、実務上の注意点を全5章で扱います。読み手が必要な箇所を素早く参照できる構成にしています。
対象と範囲
対象は人事労務担当者、経営者、労働者、顧問弁護士などです。民法上の損害賠償請求と労働基準法第16条との関係を踏まえ、裁判例や実務上の配慮点に触れます。具体的な法律相談や個別事案の判断は専門家にご相談ください。
本資料の使い方
各章は独立して読めます。まず本章で全体の位置づけを把握し、関心のある章を順にご覧ください。条文例はそのまま採用する前に社内ルールや労使協議を行ってください。
本資料で重視する点
- 損害の認定基準や過失の有無を明確にすること
- 賠償額や控除方法の合理性を保つこと
- 労基法や裁判例との整合性を確認すること
具体例を交えて説明しますので、実務に役立ててください。
よく検索される論点
はじめに
従業員のミスや不正に関する請求は、会社側でも従業員側でも関心が高い論点です。ここでは実務でよく問われる点を、具体例を交えて分かりやすくまとめます。
1. どこまで損害賠償を請求できるか
故意や重過失による損害は請求対象になりやすいです(例:現金横領、重要データの悪意ある破壊)。一方、単純な注意不足や通常の業務ミスについては、賠償責任が限定されることが多いです。請求するときは、原因・過失の程度・損害額・因果関係を具体的に示す必要があります。
2. 就業規則への損害賠償条項は書けるか
賠償条項自体を定めることは可能ですが、条文があいまいで過度に従業員に不利益を与えると無効とされるおそれがあります。条項は明確かつ合理的な範囲にとどめ、労働者に周知しておくことが重要です。実務では事例ごとに個別判断を行います。
3. 給与との相殺はどこまで認められるか
賃金は原則として全額支払われるべきですから、会社が一方的に大きな額を差し引くのは慎重に扱うべきです。相殺を行う場合は従業員の同意や書面での合意、または裁判判決に基づく方法が安全です。控除が適法かどうかは、相殺の理由や金額の妥当性で判断されます。
4. 退職後に発覚した損害への請求
退職後でも損害が発覚すれば請求できます。ただし証拠の保存や時効に注意してください。早めに事実関係を確かめ、必要なら民事手続きで回収を図ります。
実務的な注意点(簡潔に)
- 調査は丁寧に行い、資料を残す
- 損害額は合理的に算定する
- 就業規則は具体的に書き、説明を行う
- 相殺は同意や法的手続きを基本とする
これらを守ることで、不当な争いを避けやすくなります。
就業規則条文の典型例
1. 損害賠償に関する基本条文の例
- 会社は、従業員が故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合、実際の損害の賠償を請求することができます。
- 賠償の範囲は、行為の態様、結果、従業員の職責等を総合的に勘案して決定します。
2. 具体例での文言例
- 例1(故意・重大な過失):「従業員が故意または重大な過失により会社に損害を与えたときは、会社はその損害の全額を請求できる。」
- 例2(軽微な過失の取扱い):「軽微な過失による損害については、事情を考慮のうえ、賠償の全部または一部を免除することがある。」
3. 懲戒処分との関係
- 懲戒処分は懲戒としての制裁であり、損害賠償は別途請求できます。
- 同一の事実について二重に不利益を与えることにならないよう、賠償額や処分の程度を調整します。
4. 手続きと実務上の注意点
- 事実関係の調査、従業員への弁明機会の付与、金額算定の根拠提示を行います。
- 賠償を求める際は証拠を整え、分割弁済や相殺の取扱いを条文で明確にしておくと実務で役立ちます。
5. 文言作成のポイント
- 具体的な要件(故意・重大な過失、範囲、手続)を明示する。
- 柔軟性を持たせるため「事情を考慮する」旨を加えるとよいです。
検索・情報収集のポイント
検索ワードの工夫
実務で調べるときは目的別に検索語を変えます。例:「就業規則 損害賠償 判例」「労基法16条 就業規則」「民法709 従業員 過失」など、条文番号と「判例」「減額」「事例」を組み合わせると効率的です。
情報源の使い分け
- 一次情報(優先): 判決文、条文、行政通達。正確さが高いです。例: 裁判所ウェブサイトの判決文。
- 二次情報: 社労士・弁護士のコラムや解説。条文や判例の解釈がまとまっていて実務で役立ちます。
裁判例の探し方
裁判所サイトや判例データベースで被告・原告や事実関係(従業員の過失、指示の有無、損害額)で絞り込みます。裁判例は事実関係ごとに結論が分かれるため、似た事例を複数読むと比較できます。
注意点
- 情報の発信日や根拠(判決番号・条文)を必ず確認してください。
- コラムは一般論に寄りがちです。自社の就業規則に適用する際は専門家に相談しましょう。
実務に活かすコツ
実例を集め、共通点(故意か過失か、監督責任の有無、損害の立証方法)を整理すると、条文や運用の見直しにつながります。
実務上の注意点
損害賠償の「額の予定」や一律の違約金
就業規則で損害賠償額をあらかじめ固定したり、一律の違約金を設けたりすると、労働基準法16条に抵触する可能性が高いです。具体例:退職時に違約金○○万円を自動で請求する条項は無効と判断されやすいです。企業は個別の発生損害を原則として検証するべきです。
裁判例の傾向と生活保障の配慮
裁判所は従業員の生活を重視し、損害額が認められても大幅に減額することが多いです。例えば営業秘密の流出で損害を主張しても、実際の証拠が乏しければ請求額が大きく下がります。被害の立証・因果関係の明示が重要です。
賃金からの天引き・相殺の制約
賃金全額払いの原則が強く、雇用者が一方的に賃金を天引きすることは制限されます。従業員の同意があっても慎重に扱う必要があり、可能なら書面同意や労使協定、または裁判所の判断を得る方法を検討してください。
実務対応の手順と注意点
- 損害発生時は被害の具体的証拠を速やかに保存・収集する
- 金額算定は実損と因果関係に基づき合理的に行う
- 天引きや相殺を行う場合は法的根拠と書面確認を優先する
- 従業員の生活影響を考慮し、段階的な対応や和解交渉を検討する
専門家への相談の重要性
条文案や請求範囲は事案ごとに異なり、最新の裁判例が結論を左右します。労務に詳しい弁護士や社会保険労務士に相談することを強くおすすめします。


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