はじめに
本調査は、就業規則における退職金規定について、実務で役立つ観点から整理したものです。退職金の法的効力、就業規則への記載方法、記載すべき具体項目、計算方法や支給条件、労働者・企業双方にとっての重要性、請求権の時効、減額・不支給の要件まで、章ごとにわかりやすく解説します。
調査の目的は、退職金をめぐる誤解やトラブルを未然に防ぎ、働く人と企業の双方が納得できるルール作りを支援することです。例えば「就業規則に明確に書かれているか」で争いが起きることが多く、本稿では具体例を交えて説明します。
この後の章では、まず法的な位置づけや就業規則への書き方を説明し、続いて支給条件や計算方法、時効や不支給となる場合の要件まで順に扱います。人事担当者や労働者の方が読み進めやすい構成にしていますので、必要な章を参照してご活用ください。
労働基準法における退職金規定の位置づけ
概要
労働基準法は、退職金そのものについて直接の規定を置いていません。企業に退職金制度の導入義務はなく、法令上は支給の有無や計算方法を定めていません。
法的な位置づけ
退職金は労使間の契約(就業規則や個別の労働契約、労働協約)によって定まります。常時10人以上の労働者を使用する事業場は就業規則を作成・届出する義務があり、退職金制度を設ける場合はその内容を就業規則に明記する必要があります。記載があれば労働者にとっての拘束力が生じます。
就業規則との関係と実務上の注意
就業規則に明記することで支給基準が明確になり、トラブルを防げます。例えば勤続年数や算定基準(最終給与の何か月分、定年時の一時金など)を具体的に記すとよいです。届出は労働基準監督署へ行い、変更がある場合も速やかに手続きしてください。
具体例
・A社:退職金なしと明記→支給義務なし
・B社:勤続10年で基準に達した場合に支給と明記→その基準に従って支給されます。
就業規則に記載する場合の法的効力
就業規則が持つ効力
就業規則に退職金の規定を明記すると、その規定は労働契約の一部となり、使用者と労働者双方を法的に拘束します。書かれた内容に沿って支払いや計算が行われるため、企業は規定通りの対応を求められます。
退職金は賃金として扱われる
退職金は賃金に含まれると考えられます。そのため、賃金全額払いの原則が適用され、規定に基づく金額は原則として全額支払う義務が生じます。規定と実際の支払いが異なる場合、労働者は未払賃金として請求できます。
変更や運用の注意点
就業規則の変更には手続きが必要です。労働者代表の意見聴取や労基署への届出などが求められます。不利益となる変更は合理的理由がないと無効となる可能性が高いです。また、個別の労働契約や慣行が規則と異なる場合、どちらが優先されるかが争点になります。
具体例
例1: 就業規則で「勤続10年で退職金100万円」とあれば、該当者は請求できます。例2: 会社が一方的に支給額を減らした場合、手続きを踏まないと無効となり得ます。
適切な記載と運用は、紛争予防につながります。丁寧な説明と手続きを心がけてください。
就業規則に記載すべき必須事項
1. 適用される労働者の範囲
どの従業員に退職金制度が適用されるかを明確にします。正社員のみ、契約社員は一定期間以上の勤続で適用、など具体的に記載してください。例:入社後6か月を経過した正社員に適用。
2. 退職金の決定・計算方法
退職金の算定基準を示します。具体例を添えると理解が深まります。例:退職金額=基本給×勤続年数×0.5。職位や等級で係数を変える場合はその基準も明記してください。
3. 支払方法
一時金で支払うのか、分割で支払うのか、口座振込か手渡しかを記載します。分割の場合は回数や間隔、最終支払いの扱いも定めます。
4. 支払時期
退職日から何日以内に支払うかを明記します。例:退職日から30日以内に支払う。離職票や退職届の提出が条件ならその旨も記載してください。
5. 減額・不支給事由
懲戒解雇や重大な規律違反など、減額や不支給となる具体的事由を例示して記載します。どのような手続きで判断するか(調査や聴取の実施など)も明示すると紛争を防げます。
6. その他の注意点
計算式や係数を変更する場合の事前通知方法、既往の契約との関係(遡及適用しない等)についても明記してください。変更時は労働者代表への説明・届出の手続きが必要です。
退職金の支給条件
概要
退職金は、会社の退職金規程や就業規則で定めた条件を満たした場合に支給されます。規程がないと支給義務は原則ありませんので、まず規程の有無と内容を確認してください。
主な支給条件
- 最低勤続年数:たとえば「3年以上在籍で支給」といった条件が一般的です。勤続期間が満たなければ不支給や減額となる場合があります。
- 在籍状態:退職時に在籍していることや、退職届の提出時期が要件になることがあります。
- 資格要件:管理職や正社員に限定するなど、対象者を限定する場合があります。
退職理由による違い
自己都合退職、会社都合退職、定年退職、病気退職などで支給要件や額が変わります。例:会社都合は満額支給、自己都合は減額という規程もあります。
具体例と注意点
例:規程に「勤続5年で基礎額の100%」とある場合、勤続4年では不支給や比例支給になる可能性があります。規程に曖昧さがあると争いになりやすいので、具体的な計算方法や例外規定が明確か確認してください。疑問があれば人事や労基署に相談すると安心です。
退職金の計算方法の種類
退職金の計算方法には代表的に4つのパターンがあります。以下で仕組みと簡単な計算例を示します。企業は自社の制度に合う方法を就業規則で明確にしてください。
基本給連動型
基本給を基準に算定します。たとえば「基本給×勤続年数×率」で計算します。例:基本給30万円、勤続10年、率0.5だと30万円×10年×0.5=150万円です。給与変動に応じて退職金額が変わります。
勤続年数別定額型
勤続年数に応じて定額を支給します。例:5年未満20万円、5〜10年50万円、10年以上100万円。計算が簡単で予測しやすいです。
ポイント制
年ごとにポイントを付与し、退職時に換算します。例:年1で1ポイント、勤続10年で10ポイント、1ポイント=1万円なら10万円支給。業績や評価を反映しやすいです。
別テーブル型
職種・等級ごとに別表を用意します。管理職は高め、一般職は標準など細かく設定できます。例:等級A:勤続10年で200万円、等級B:100万円。
規定上の注意
計算式や対象者、改定時の扱いを明記してください。変更時は不利益変更にならない配慮が必要です。
労働者にとっての重要性
退職金規定が持つ役割
就業規則にある退職金規定は、労働者の将来設計の土台になります。受け取れる金額や受給条件が明確だと、転職や住宅購入などのライフプランを立てやすくなります。企業ごとにルールが違うため、入社前や途中で確認することが重要です。
トラブル回避のためにできること
退職時のトラブルは「規定を知らなかった」「計算方法が不明確だった」ことから生じます。就業規則を確認し、疑問点は書面やメールで人事に問い合わせて記録を残してください。給与明細や勤続年数が分かる書類も保管しておくと請求時に役立ちます。
支給対象外となる代表的な例
- 試用期間中に自己都合で退職した場合(規定で除外されていることがあります)
- 懲戒解雇など重大な理由で解雇された場合
- 一定の勤続年数を満たさない場合
具体例:勤続10年未満は支給対象外とする規定がある会社では、9年で退職すると受給できないことがあります。
労働者としての実務的な対応
就業規則の写しを請求する、退職前に支給条件と計算方法を書面で確認する、疑義があれば労働基準監督署や労働組合に相談する――これらを習慣にしてください。権利を把握することで、退職後の不安を減らせます。
企業にとっての重要性
退職金規定が果たす役割
退職金規定は単なる支払いルールではなく、企業の人事戦略やリスク管理の柱です。明確な基準を示すことで従業員の安心感を高め、勤続意欲に繋がります。
モチベーション維持
定めがあれば、従業員は将来の見通しを持てます。たとえば勤続年数に応じた増額ルールを設けると、長く働くインセンティブになります。
優秀人材の確保・定着
求人時に退職金制度を示すと応募者の信頼を得やすいです。中途採用でも、明確な算定方法があると条件交渉がスムーズになります。
労務リスクの回避
規定が曖昧だと退職時に争いが生じやすく、訴訟や長期の交渉に発展します。支給要件や計算式を就業規則に明記するとトラブルを減らせます。
法令遵守と社内信頼
労働基準法や関係法令に沿った運用が求められます。透明性ある運用は従業員の信頼を高め、社内の安定にも寄与します。
実務上のポイント
支給条件の明示、計算方法の具体化、改定時の周知手順を決めます。例として、就業規則の変更時には従業員代表の意見聴取や文書での周知を行うとよいです。
退職金請求権の時効
時効の基本
労働基準法第115条に基づき、退職金の請求権の時効は原則として5年間です。つまり、退職金を請求する権利は退職日から5年以内に行使する必要があります。
起算点の確認(例を交えて)
起算点は通常、退職日です。たとえば退職日が2020年1月10日なら、原則として2025年1月10日までに請求を行います。したがって、退職日を正確に確認してください。
時効の中断や延長の具体例
会社が請求を認める発言や支払いを行うと、時効は中断する場合があります。たとえば会社から「支払う」と書面で回答があれば、その時点から改めて期間が始まることがあります。
実務的な対応
請求の意思表示は証拠を残すことが大切です。内容証明郵便で請求したり、退職証明書や就業規則を保存したりしてください。不安があれば、労働基準監督署や弁護士に相談すると安心です。
第10章: 減額・不支給の要件
1. 概要
退職金を減額・不支給にするには、ただ口頭で決めるだけでは足りません。就業規則や労使協定などに該当する規定が明確にあることが前提です。また、減額・不支給が社会通念上相当と認められる合理的な理由が必要です。
2. 就業規則への明示性
就業規則には「退職金を減額する場合の事由」と「減額の基準」を分かりやすく書きます。例えば、懲戒処分による減額、自己都合退職での減額率、在籍要件の不足などを例示します。規定が曖昧だと労働者に不利益を課せません。
3. 合理的な理由の具体例
具体例としては、重大な業務上の過失や横領、長期無断欠勤による業務不能などがあります。一方で、業績不振を理由に一律で減額する場合は慎重に検討が必要です。
4. 手続きと説明義務
減額を行う際は事前の調査と記録、本人への説明を行います。労働者に説明書を渡して意見聴取をする方法が望ましいです。手続きが不十分だと後で無効とされることがあります。
5. 労働者の救済措置
不当な減額・不支給に対しては労働審判や裁判で争えます。まずは労働基準監督署や弁護士、労働相談窓口に相談するとよいです。


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