はじめに
本資料の目的
本資料は「損害賠償」と「過失」について、法律の基礎から実務で役立つ考え方まで分かりやすくまとめたガイドです。専門用語はできるだけ避け、具体例を用いて説明します。
想定読者
法律の専門家でない方、被害や責任について知りたい当事者、または仕事で基礎知識が必要な方を想定しています。初めて学ぶ方でも読み進められる構成です。
本書で扱う主な項目
- 損害賠償責任の基本的な意味
- 過失の法律上の考え方と具体例
- 故意との違い、過失の種類や程度
- 不法行為と過失の関連、損害賠償の範囲や過失相殺
各章で実際の場面(例えば自転車と歩行者の事故、店舗での転倒など)を例に取り、結論に至る考え方を示します。
読み方のポイント
まず第2章で全体像をつかみ、第3章以降で過失の具体的な判断基準を学ぶと理解が深まります。実務に応用したい場合は、章ごとの具体例を手元で照らし合わせてください。
損害賠償責任とは何か
定義
損害賠償責任とは、他人に与えた損害を金銭などで補う義務です。被害を受けた側は、原則として損害の回復を金銭で求めます。日常のトラブルから契約違反まで、幅広い場面で問題になります。
損害賠償と損失補償の違い
損害賠償は違法な行為で生じた損害に対する補償です。例:Aさんが不注意でBさんの車にぶつけて壊した場合、Aさんは修理費を支払います。これに対し、損失補償は適法な行為による損失を埋めるものです。例:公共事業で土地を一時的に使用され、所有者に支払われる補償が該当します。
主な発生原因
損害賠償責任はおもに二つの原因で生じます。
– 債務不履行:契約で約束したことを守らない場合(例:商品を届けない)。
– 不法行為:法律に反する行為で他人に損害を与えた場合(例:交通事故)。
賠償の範囲と算定
賠償は通常、実際に発生した損害(修理代、治療費、休業損失など)を基準に計算します。将来の損失や精神的苦痛が認められる場合もありますが、どの程度かは具体的な事情で判断されます。
実務上のポイント
損害を請求する側は、損害の発生と相手の行為との因果関係を示す必要があります。支払う側は過失の有無やその程度を示して責任を軽くすることができます。
過失とは何か~定義と特徴~
定義
過失とは、法律上は「注意義務の違反」を指します。簡単に言えば、ふだんの常識的な注意をしていれば防げた事故や損害を、不注意によって発生させることです。専門用語は少なく、日常のミスや見落としが中心になります。
過失が成立するためのポイント
・予見可能性:危険や結果を予測できたかどうか。
・回避可能性:予測した後にその危険を避けられたかどうか。
両方が認められると過失が成立しやすく、片方しかなければ過失と認められにくいです。したがって、単なる偶然とは区別されます。
具体例(誤出荷の場合)
出荷担当者が納品先や製品を確認せずに出荷し、取引先に違う商品が届いたとします。事前に確認すれば避けられたため、確認怠慢は過失となり、企業の損害賠償責任につながります。
判断の際の留意点
習慣や業務の難易度、被害の予見性なども考慮されます。一律の基準はなく、具体的な状況で判断されます。
予防策(実務的な対応)
チェックリストの導入、二重確認、従業員教育、記録の保持などを行えば過失を減らせます。
故意と過失の違い
故意(こい)とは
結果が生じることを認識しながら、あえて行為することを指します。たとえば、腹いせに人の車を傷つける行為は、結果(損害)が起きると分かっていながら行うため故意です。
過失(かしつ)とは
結果を予測できたにもかかわらず、注意を怠ったり普通の注意をしなかったりすることを指します。たとえば、運転中にスマホを見て赤信号に気づかず衝突した場合は過失です。
法的な違い
故意は意図的な違法行為であるため、刑事責任が重く問われることが多いです。しかし、過失でも民事上の損害賠償責任は生じますし、重大な過失は刑事罰の対象になることもあります。
証明と重さの違い
故意は『やろうとした心の状態』を示す必要があり、行為の態様や発言などで認定されます。過失は『通常の注意義務を果たしたか』が基準です。一般に故意のほうが責任は重く評価されます。
留意点
判断は具体的事実と当事者の認識で決まります。行為の背景や状況をよく確認することが重要です。
過失の種類と程度による区分
軽過失とは
軽過失は、通常求められる注意を欠いた行為です。例えば、信号が青に変わったことに気づかず発進が遅れ、後続車に迷惑をかけた場合などが該当します。結果として生じた損害は比較的小さく、賠償責任も相対的に軽く扱われます。
重過失とは
重過失は著しく注意を欠いた行為を指します。具体例としては、飲酒運転や、安全確認をほとんど行わないまま高速度で運転することなどです。重過失では損害の発生を予見できたにもかかわらず注意を払わなかったと評価され、賠償責任は重くなります。
程度の判断基準
程度は行為の危険性、被害の予見可能性、当事者の注意義務の程度で判断します。たとえば、同じ追突でも、停車中に軽くぶつかった場合と、片方が信号無視で衝突した場合では程度が異なります。
契約書や保険の扱い
契約で賠償責任を制限している場合でも、故意や重過失があると制限が効かないことが多いです。保険も重過失や故意は補償しない契約が一般的なので、注意が必要です。
不法行為と過失の関係
概要
不法行為は、故意または過失により他人の権利や法律上保護される利益を侵害し、損害が生じた場合に賠償責任が生じる行為です。過失があれば責任が問われ、損害との因果関係があれば賠償の対象になります。
責任の成立要件
不法行為責任は主に四つの要素で判断します。違法性(権利侵害)、過失(注意義務違反)、損害、因果関係です。過失とは通常求められる注意を怠ったことを指します。具体例として、自転車運転中に周囲を確認せず人にぶつけて怪我をさせた場合などが当たります。
責任無能力者と監督義務者
未成年者や精神障害者など責任無能力者本人は賠償責任を負わないことがあります。その場合、親や保護者などの監督義務者が代わりに賠償することがあります。したがって、監督の程度や注意義務の履行が重要になります。例:子どもが遊んで窓を割ったとき、監督を怠れば親が賠償する可能性があります。
過失の判断と実務上の注意
過失の有無は状況ごとに判断します。通常の注意を払っていれば防げたか、相手に注意を促す表示や設備が整っていたかを見ます。店舗や施設では安全対策の有無が問題になりやすく、個人間では行為時の注意の程度が問われます。
損害賠償責任の範囲と過失相殺
債務不履行(契約違反)の場合
損害賠償の範囲は「通常損害」と「特別損害」に分かれます。通常損害は契約から通常予見できる損害を指します。特別損害は当事者が特別の事情を知っていた場合に限り請求できます。例:建物引渡し遅延で、事前に引越し予定を伝えていれば引越し費用を特別損害として請求できる可能性があります。
不法行為(人に害を与えた場合)の場合
不法行為では「相当因果関係」によって範囲を決めます。これは行為と損害が通常結びつくかを見ます。結果が予見可能であれば賠償範囲に含まれやすいです。
過失相殺とは
過失相殺は、被害者にも過失があるときに賠償額を減らす制度です。計算例:損害100万円、過失割合が請求者2:相手8なら、請求できる額は100万×(8/10)=80万円になります。保険や裁判では証拠や状況から過失割合を判断します。
実務上の注意点
過失割合は争点になりやすいので、現場写真や診断書、目撃証言などを集めて主張してください。交渉で決まる場合が多く、裁判で最終判断されます。


コメント