はじめに
本書は、労働基準法に基づく年次有給休暇(以後「有給」)の取得と、使用者(会社)による取得拒否についてわかりやすくまとめた案内です。働く人が自分の権利を知り、安心して休めるように作成しました。
まず、有給は労働者の大切な権利です。病気や家族の看護、旅行など理由は問いません。現場では「申請したのに断られた」「業務が忙しいと説明された」といった声がよくあります。本書では、取得拒否が原則違法であること、例外として会社に認められる「時季変更権」の仕組み、拒否に対する罰則や不利益取扱の禁止、時間単位での取得などを具体例を交えて解説します。
この第1章では目的と読み方を説明します。続く各章で、法律のポイントと実務で使える対処法を順を追って説明します。自分のケースに当てはめて読み進めてください。必要ならば会社の就業規則や労働基準監督署に確認することもお勧めします。
有給休暇の拒否は原則として違法
概要
年次有給休暇は労働者の権利です。会社は正当な理由がないかぎり、従業員の有給申請を拒めません。理由の有無に関わらず取得可能であり、会社の一方的な禁止や条件付けは原則違法です。
法律の原則
労働基準法は、有給を使うかどうかを労働者の意思に委ねています。使用者は業務の正常な運営を損なう特別な事情がない限り、取得を妨げられません。
会社ができないこと(具体例)
- 「私用があるならダメ」と理由を限定して拒否する
- 「理由を書け」と要求して承認を条件にする
- 有給の代わりに賃金で清算するよう強制する
たとえば、病院受診や家族の行事で申請したのに「忙しいから駄目」と返すのは違法となる可能性が高いです。
労働者の権利の保護方法
まずは就業規則や申請の記録を残しましょう。口頭でのやり取りは書面やメールで確認すると後で役に立ちます。
注意点
ただし、業務に重大な支障が出る場合は例外があり得ます。具体的な判断は次章で説明します。
違法行為に対する罰則
刑事罰(経営者・使用者)
有給休暇を合理的な理由なく拒否した場合、経営者や使用者は刑事罰の対象になります。具体的には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。これは事業主個人の責任であり、労働者の請求に基づき監督署が捜査・送検することがあります。
法人に対する罰則
法人(会社)にも30万円以下の罰金刑が適用されます。つまり、違法な対応は会社全体の責任となり、経営層だけでなく組織としての法的責任が問われます。
どのような場合に適用されるか(例)
- 従業員が有給取得を申し出たが、会社が理由なく一方的に拒否した。
- 取得を申し出た従業員に対して不利益な扱いをした(詳細は別章)。
具体的な手続きの流れ(簡易版)
- 労働者が監督署に相談・申告する。
- 監督署が事実関係を調査し、違法と判断すれば是正指導や送検が行われる。
- 刑事手続きが開始され、最終的に罰金や懲役が科されることがある。
罰則は有給制度の実効性を担保するためのものです。企業は就業規則や運用を見直し、適切に対応することが求められます。
時季変更権という例外
法的根拠
労働基準法第39条5項ただし書きにより、会社は「事業の正常な運営を妨げる」場合に限り、有給休暇の時季を変更できます。これは例外であり、申請を一方的に拒むための免罪符ではありません。
行使できる条件
時季変更権を使うには「業務に著しい支障」が必要です。単に忙しい時期というだけでは足りません。業務が停止する、重要な安全管理ができなくなるなど具体的で差し迫った影響が要件です。
具体例
適用が認められやすい例:重要ラインの人員が同時に休むと操業不能になる場合、医療現場で交替が確保できず患者の安全が損なわれる恐れがある場合。認められにくい例:ただの繁忙期で業務量が増えるだけの場合。
手続きと注意点
会社は代替日を提示し、理由を明確に説明して社員と調整する義務があります。社員の同意を求める姿勢が重要です。理由なく拒否すると違法となり得ます。
トラブルになった場合
不当と感じたらまず話し合いを試みてください。それでも解決しない場合は労基署へ相談することができます。
有給休暇取得に理由は不要
法の考え方
労働基準法は、有給休暇を取得する際に理由を示すことを労働者に求めていません。働く人は、休む理由が何であれ年次有給休暇を使う権利があります。会社が「理由を教えてください」と求め、その有無を理由に取得を妨げることは原則として認められません。
具体例での説明
- 医療受診、家族の用事、単に休養したいなど、理由は問いません。
- 会社が「旅行だから認めない」「私用はダメ」と言う場合、それは不当です。
会社側の対応と注意点
会社は業務運営上の支障がある場合に時季変更権を使って取得日を変更できますが、理由を根拠に一律に拒否することはできません。急な申請でも権利として認められますが、職場の混乱を避けるため事前申請が望ましいとされています。
実務的な対処法(簡単)
- まずは口頭で取得の意思を伝える。\
- 申請メールや書面で記録を残す。\
- 拒否されたら記録を保管し、労働相談窓口に相談する。
この章では、理由を問われても答える義務はないという点を押さえてください。
有給休暇取得を理由とした不利益取扱の禁止
概要
有給休暇を取ったことを理由に不利益な扱いをすることは法律で禁止されています。減給、解雇、懲戒処分、ボーナスや昇給の査定での評価ダウン、精皆勤手当の不支給などが該当します。取得しない人だけに有利な扱いを与えることも同様に禁止です。
具体例
- 有給を取った社員の翌月の給与を減らす。
- ボーナスの査定で「休んだ分を減点」とする。
- 精皆勤手当を有給取得者に支払わない。
- 昇進候補から外す、業務を縮小する。
会社が注意すべき点
会社は有給取得を理由に不利益を与えてはいけません。業務や人員配置の都合で扱いに差が出る場合は、理由を明確にし文書で説明することが重要です。合理的な説明がない差別的扱いは違法と判断されやすいです。
取られた場合の対応
まず取得の記録(申請書、メール、勤怠データ)を保存してください。社内の相談窓口や人事へ状況を伝えます。解決しない場合は労働組合や労働相談窓口、労働基準監督署に相談するとよいです。必要なら弁護士に相談して証拠を整えましょう。
証拠のポイント
- 有給の申請・承認記録
- 給与明細や査定結果の書類
- 上司や同僚の証言やメール
これらを整理すると、問題解決が進みやすくなります。
時間単位での有給休暇取得
概要
時間単位での年次有給休暇は、労使協定(会社と労働者の代表との取り決め)を結んだ場合に利用できます。年5日分までの範囲で、日ではなく時間で取得できる制度です。
協定で定める項目
- 対象となる従業員の範囲(正社員のみ、パート含む等)
- 年間の対象日数(上限は5日)を時間に換算する方法
- 最低取得時間単位(例:1時間単位)
- 申請手続きや記録の方法
具体例
1日8時間の会社なら、1日分=8時間として換算します。年5日分を時間で使うと最大40時間です。午前中に2時間だけ休む場合は、40時間から2時間を差し引きます。
手続きと注意点
- 協定がないと時間単位での取得はできません。
- 会社は協定に基づく運用ルールを就業規則や社内規定で示すべきです。
- 取得後は残日数(時間)を記録し、給与計算に反映します。
日常の用件(通院や役所手続きなど)で一部だけ休みたい場合に便利です。疑問があれば人事担当に確認してください。
有給休暇拒否された場合の対処法
まず確認すること
上司が拒否した理由を聞きます。口頭で言われた場合でも、メールやメモで確認を取り、記録を残してください。例:家族の看護で申請したが「業務が忙しい」とだけ言われた場合、具体的な事情を求めます。
時季変更権の適法性をチェック
会社は業務に著しい支障があるときだけ時季変更権を使えます。具体例を挙げると、全員が同じ日に長期休暇を取れば支障が出ますが、個人の単日休暇で支障が出ることはまれです。会社の説明が不十分なら、要求は認められにくいです。
証拠を整える
申請メール、却下の連絡、業務状況の説明などを保存します。日時ややり取りの内容をメモしておくと、後で説明しやすくなります。
社内での対応
まずは人事や労働組合に相談します。話し合いで解決できることが多いので、冷静に事実を示し要望を伝えてください。
外部機関や法的手段
社内で解決しない場合は、労働基準監督署に相談できます。監督署は事実関係を確認し、事業主に是正を求めます。必要なら弁護士に相談し、内容証明や損害賠償請求を検討します。
実際に有給を取得する場合
会社の拒否が要件を満たさないと判断できるときは、有給取得の権利が優先します。ただしトラブルを避けるため、まずは記録を残し、社内外に相談した上で行動することをおすすめします。
年次有給休暇の付与日数
説明
年に10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、会社に「年5日の取得義務」があります。会社は労働者が少なくとも5日を実際に取得するように配慮・手配する義務があります。付与から1年以内に5日消化させることが求められます。
会社の対応(未取得の場合)
会社はまず、未取得の労働者に対して取得希望日を聞き取ります。希望がある場合はその日程で休暇を確定します。希望がない、または調整がつかない場合は、会社が時季を指定して休暇を与えます。時季指定は付与日から1年以内に行って消化させる必要があります。
具体例
・付与日が2025年4月1日の場合、会社は2026年3月31日までに5日を取得させます。
・社員が希望日を示さないとき、会社が業務に支障の少ない日を指定して休ませます。
労働者の注意点
自分で取得希望日を伝えると調整がスムーズです。早めに希望を提出すると、会社とトラブルになりにくくなります。業務都合で希望が通らないときは、会社が代替日を提示しますので確認してください。
記録管理
会社は取得状況を記録しておく必要があります。記録があれば、会社・労働者双方で取得状況を確認できます。
事前申請の原則
概要
有給休暇は、労働者が請求する時季に与えることが原則です。事前申請は手続き上の要件であり、会社が運用ルールを定めることは認められますが、申請がなかったことだけを理由に取得を拒むことはできません。
事前申請の意義
申請は勤務調整や代替手配のための情報提供です。会社は合理的な方法で申請を求められます。例えば、所定の用紙やメール、勤怠システムでの申請などです。
申請がない場合の扱い
口頭で取得の意思を伝えた、または出勤記録やメールで明らかな場合、会社は単に形式が整っていないだけで拒否できません。急な病気などで事後に申請するケースも認められます。
実務上の注意点
- 事前にいつまでに申請するか(例:3日前)など就業規則で定めると良いです。
- メールやチャットで申請した場合は証拠が残るので安心です。
- 会社側は取得時季の変更を求める場合、業務に支障があることを説明する責任があります。
拒否されたときの対処
まずは書面やメールで取得の意思を示し、話し合いで解決を試みてください。改善しない場合は労働基準監督署などに相談する手段があります。


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