第1章: はじめに
本記事の目的
本記事は、労働基準法第24条とそこに定められた賃金支払いの5原則(通貨払い、直接払い、全額払い、毎月1回以上払い、一定期日払い)を分かりやすく解説するために作成しました。経営者や人事担当、働く方が法的な基本を理解し、実務で役立てられることを目指しています。
読者像
・会社の経営者や管理職、総務・人事担当者
・アルバイトやパートを含む労働者
・労働条件の確認をしたい求職者
専門的な背景がなくても読み進められるように、具体例を交えて説明します。
本記事の構成と使い方
第2章で第24条の基本を説明し、第3〜7章で5原則を一つずつ詳細に解説します。第8章では違反例と実際のケースを示し、第9章で違反時の罰則について触れます。実務でのチェックポイントも示しますので、必要な箇所を参照しながら活用してください。
注意点
本記事は一般的な説明を目的としています。個別の事案について法的な判断が必要な場合は、労働基準監督署や労働問題に詳しい専門家に相談してください。
労働基準法第24条の基本定義
趣旨
労働基準法第24条は、働く人の賃金を守るための基本ルールを定めています。賃金が不当に差し引かれたり、支払われなかったりしないように、企業に支払い方法や期日を明確に義務づけています。
賃金支払いの5原則(簡単な説明と例)
- 通貨払いの原則:賃金は現金や銀行振込など、価値のある金銭で支払います。例えば、商品で代替することは認められません。
- 直接払いの原則:会社は賃金を本人に支払います。親や業者に渡すのではなく、本人の口座に振り込みます。
- 全額払いの原則:法的に認められた控除以外は、賃金を全額支払います。例として、税金や社会保険料は控除できますが、会社の自由な天引きはできません。
- 毎月1回以上払いの原則:賃金は少なくとも月に一度支払います。週払いや月2回も可能です。
- 一定期日払いの原則:支給日はあらかじめ決めます。毎月25日など、従業員がいつ受け取れるか分かるようにします。
これらの原則は、労働者を未払い・不当な取り扱いから守るための基本です。日常の給与管理でまず押さえておきたい事項です。
賃金支払いの5原則①通貨払いの原則
概要
賃金は原則として日本円の現金(通貨)で支払わなければなりません。定期券や食材、社内製品など現物での支給は原則として禁止されています。これは労働者が自由に賃金を使えるようにするためのルールです。
なぜ重要か
通貨で支払うことで賃金の価値が明確になります。現物支給だと換金性が低く、労働者の選択の自由が損なわれやすくなります。そのため労働者保護の観点からこの原則が定められています。
禁止される具体例
- 定期券や商品券を賃金代わりにする
- 食材や会社の製品を給与として支給する
- 住宅や社内サービスのみで賃金を補う
これらは原則として認められません。
銀行振込はどう扱うか
実務では銀行振込での支払いが一般的に行われています。働く人が通貨として自由に扱えるなら、振込は通貨払いと同等に扱われることが多いです。
注意点と対応
- 外国通貨での支払いは原則として避ける
- 現物支給を行う場合は労働者の同意や別途の合意が必要になることがある
- 不安がある場合は就業規則や給与明細、労働契約書を確認し、労基署に相談してください。
賃金支払いの5原則②直接払いの原則
概要
賃金は原則として労働者本人に直接支払わなければなりません。労働の対価が本人のものであることを明確にするためのルールです。
具体的な考え方
雇用主が給料を本人以外(代理人や第三者)に渡すことは原則として認められません。本人が銀行口座を持っていれば振込で支払うことが一般的で、本人が直接受け取れる方法なら原則を満たします。
例外と注意点
労働者が自分の使者(受け取りに行かせた人)を指定して受け取らせることは認められます。この場合は本人の意思表示や委任の有無、身分確認を慎重に行ってください。法定代理人(未成年の親など)に支払う場合は別途法的根拠が必要になることがあります。
実務上のポイント
- 受取人が本人かどうかを確認する簡単な仕組みを整えます(委任状や身分証の確認)。
- 振込で支払う場合は本人名義の口座を原則とします。
- 勝手に家族や職場の第三者に払うと法違反になり得ますので注意してください。
賃金支払いの5原則③ 全額払いの原則
概要
賃金は、法令に基づく控除(例:社会保険料や所得税)を除き、労働者に全額支払う必要があります。使用者は賃金を減らして支払うことが原則として認められません。給与は生活を支える重要な収入であるため、全額保証の考え方が重視されます。
控除が認められる場合
控除は、次のように明確な根拠がある場合に限ります。
– 法律に基づく控除(健康保険料、厚生年金、雇用保険、所得税の源泉徴収など)
– 公益上や裁判所命令などで必要とされる場合
– 労働者が明確に同意した場合(ただし同意が強制的でないことが重要)
振込手数料の取り扱い
銀行振込の手数料を賃金から差し引くことは認められません。会社が振込で支払う場合、振込手数料は使用者の負担になります。例えば従業員に5万円支払う場面で、手数料を差し引いて4万9千円にすることはできません。
実務上の注意点
- 控除の根拠を書面で残すとトラブルを防げます。
- 給与明細に控除項目を明確に表示してください。
- 罰金や損害賠償の名目で勝手に差し引かないでください。明白な法的根拠か合意が必要です。
具体例
- 認められる例:所得税の源泉徴収、健康保険料の控除
- 認められない例:通常の振込手数料、会社の都合による経費(従業員に負担させる場合)
この原則は労働者の生活保障につながります。企業側は控除の扱いに注意し、必要な場合は事前の説明と書面での同意を心がけてください。
賃金支払いの5原則④毎月1回以上払いの原則
意味と趣旨
賃金は原則として毎月1回以上、定期的に支払わなければなりません。生活費や家計の安定を守るためのルールです。雇用主は労働者が生活を立てられるように、給料を遅滞なく支払う義務があります。
年俸制の扱い
年俸制でも、年額をまとめて一度に支払うことは認められません。年俸は通常12分割して毎月支給します。たとえば年収360万円なら、1回あたり30万円を毎月支給する形にします。
ボーナスなど臨時の賃金
賞与や臨時手当は不定期の支払いが認められます。業績連動のボーナスを年に数回支給することは合法です。ただし、臨時賃金の扱いは就業規則や雇用契約で明確にしておくとトラブルを避けられます。
実務上の注意点
・支払日を明確にし、就業規則や給与規程で示すこと。
・支払日が休日に当たる場合の取り扱いを決めておくこと。
・年俸制を採用する場合は、分割方法を労働者に説明すること。
具体例
- 違法例:1年分を12月にまとめて支給する。
- 合法例:年俸を12分割して毎月支給し、ボーナスは夏・冬に支給する。
この原則は労働者の生活保障に直結する重要なルールです。企業は制度を整え、労働者に分かりやすく説明してください。
賃金支払いの5原則⑤一定期日払いの原則
概要
賃金は毎月、予め決めた一定の期日に支払わなければなりません。支払日が毎回変わったり、幅をもたせて「25〜30日ごろ」などとすることは認められません。目的は労働者の生活の安定です。賞与や臨時の支払いはこの原則の対象外です。
具体的な例で説明
- 毎月25日払い:問題ありません。
- 毎月「月末から3営業日以内」:範囲があるため原則に反します。
- 毎月の支払日を毎回別に通知する:許されません。
ただし、支払日が休日に当たる場合は、事前に取り決めた方法(前営業日や翌営業日など)で支払うことが一般的です。銀行振込を利用している場合でも、振込日を一定にしておく必要があります。
変更や例外についての注意点
支払日を変更する場合は、労使間で合意し、就業規則や契約書で明示することが望ましいです。変更を労働者に周知しないで遡及的に支払日を動かすと、不信感やトラブルの原因になります。
労働者側の対応ポイント
- 支払日が明確か、雇用契約や就業規則で確認してください。
- 支払日が守られない場合は、まずは事業所に問い合わせましょう。改善が見られない場合は、労働基準監督署などに相談することもできます。
違反例と実際のケース
違反例の説明
月末に入社した従業員の給与を翌々月に支払うケースは、「毎月1回以上払いの原則」に違反します。賃金は働いた期間ごとに原則として毎月支払う必要があり、支払いを著しく遅らせることは認められません。
実際の具体例
例:4月30日に入社した従業員に対し、会社が4月分の賃金を6月末にまとめて支払った。これは5月分と合わせて支払う形でも法の趣旨に反します。従業員は生活費や家賃の負担が増え、重大な不利益を被ります。
経営難を理由にできない点
経営が苦しくても賃金支払いの原則は免除されません。企業側は支払いを優先して資金繰りを行う義務があります。遅配や未払いが続くと法的手続きの対象になります。
従業員が取るべき対応
- 支払い期日や賃金規定を契約書や就業規則で確認する。
- まず会社に対して書面やメールで支払いを求め、記録を残す。
- 解決が難しい場合は労働基準監督署や労働相談窓口に相談する。証拠(給与明細、出勤記録、やり取り)を用意すると手続きが進みやすいです。
会社が取るべき対応
未払いが発生したら速やかに従業員に事情を説明し、支払予定を示して合意を得る努力をしてください。可能なら分割で早期に支払うなど誠意ある対応が必要です。労働者との信頼回復を最優先にしてください。
違反した場合の罰則
監督署の対応
労働基準法第24条違反が明らかになると、労働基準監督署が指導や監査を行います。改善を求める是正勧告や是正命令が出され、短期間で改善がなければ送検されることがあります。
刑事罰(実際の罰則)
違反が認められると、30万円以下の罰金が科されることがあります。法人の場合も罰金の対象となり、悪質なケースでは経営者や担当者が刑事責任を問われる場合もあります。
その他の影響と具体例
不払い賃金の支払い命令や過去の未払い分の返還が求められます。例えば、給与を現金で支払わない・額を勝手に減らす・支払日を一定にしないといった行為は問題になります。放置すると送検につながることがあります。
事業主と労働者の対応
事業主は給与の支払い方法・期日・額を明確にし、賃金台帳を整備して速やかに改善してください。労働者は監督署に相談・申告でき、未払い分の支払督促や労働審判などの手段を検討できます。
早めに是正することで罰則や信頼失墜を避けられます。丁寧な記録と対応が何より大切です。


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