はじめに
この資料は「就業規則における賃金規定」について、企業の人事労務担当者や経営者向けにわかりやすく整理したものです。
目的
就業規則に賃金の取り決めを明確に記載することで、労働者との誤解やトラブルを防ぎ、法律に適合した運用を行うことを目的とします。たとえば給与の支払日や計算方法を明記するだけで、支払遅延や算定ミスの指摘を減らせます。
対象読者
人事・総務担当者、経営者、中小企業のオーナーなど、賃金規定の作成・見直しに携わる方を想定しています。労務の専門家でなくても実務で使える具体的な項目を示します。
本資料の使い方
各章で「法的に必須の記載」「必ず検討すべき項目」「運用上の注意点」を順に解説します。実例や簡単な書き方例も掲載するので、就業規則作成の手引きとしてご利用ください。
注意点
本資料は実務の手引きです。個別の事案では専門家(社労士や弁護士)への相談をおすすめします。
就業規則と賃金規定の関係性
就業規則の役割
事業所で働く人の労働条件を明確にするため、就業規則を作成します。常時10人以上の労働者がいる事業所では作成が義務となり、労働時間・休暇・服務規律などを定めます。
賃金規定の位置づけ
賃金に関する規定は就業規則の中でも特に重要で、「絶対的必要記載事項」として必ず記載します。給与の支払方法(例:月給、時給)、計算方法、支払日、控除項目などを明文化します。
なぜ明文化が必要か
明文化することで労使間の認識のずれを防げます。たとえば残業手当の計算方法や深夜手当の支給基準を具体的に示しておけば、トラブルを未然に防げます。裁判や労基署の調査でも、規則に基づく運用が重要視されます。
実務上の注意点(具体例)
- 支払日:毎月末、翌月10日など具体日を定めます。
- 支払方法:銀行振込や現金支給のどちらかを明記します。
- 手当の扱い:通勤手当や住宅手当の支給条件を示します。
- 控除:社会保険料や所得税の天引きについて明示します。
就業規則と賃金規定を整備すると、従業員が安心して働ける環境を作れます。
必ず記載すべき賃金に関する項目
労働基準法89条2号に基づき、就業規則には賃金に関する以下の事項を具体的に記載する必要があります。各項目は誰が見ても分かるよう、可能な限り例や数値で示してください。
賃金の決定方法
基本給や手当の決定基準を明記します。例:職務等級別の給与テーブル、採用時の基準、資格や勤続年数での区分。単に「個別の契約で定める」とするのは不十分で、決定の枠組みを示してください。
賃金の計算方法
時間外・休日・深夜の割増計算や、時給換算の方法を記載します。例:時給=月給÷所定労働時間、残業は時給×1.25、休日出勤は×1.35など、計算式と端数処理方法も示してください。
賃金の支払い方法
支払手段(銀行振込、現金など)と振込先の取り扱い、振込責任者を明記します。振込日が休日の場合の取り扱いも示してください。
賃金の締切日
賃金計算の締切日を定めます。例:毎月末日を締切とする。締切と支払期間の関係を明確にしてください。
賃金の支払時期
支払日を具体的に記載します。例:翌月25日支払。遅延時の対応や前払いの可否も記載すると安心です。
昇給に関する事項
昇給の有無、時期、基準(評価項目や勤続年数)を示します。例:年1回の人事評価により等級を上げる等、基準を明確にしてください。
注意点
基本給や手当の決め方は曖昧にせず、誰が見ても分かる具体性を持たせてください。具体例や表を用いると運用が安定します。
相対的必要記載事項の内容
就業規則には、会社が独自に設ける制度についても具体的に書く必要があります。以下に主要な項目と記載の仕方をやさしく説明します。
手当(支給要件と算定方法)
役職手当、通勤手当、残業手当、資格手当など、それぞれの支給条件と算定式を明記します。例:通勤手当は実費支給で上限3万円、残業手当は時間給×割増率(例:時給1,500円×1.25×残業時間)といった具体例を示します。
賃金控除項目
社会保険料、所得税、社宅費、立替金など、控除の種類と計算方法を記載します。例:社宅費は家賃の30%を給与控除とする、など明確にします。
一時金・賞与の支給方法と時期
賞与の算定基準(基本給何カ月分か、業績連動の有無)、支給時期(夏・冬など)を示します。例:年2回、基本給の合計1.5か月分を基準とする等。
雇用形態別の給与テーブル
正社員、契約社員、パート・アルバイトごとに基本賃金帯、昇給基準、勤務時間換算例を示します。例:パートは時給1,000〜1,200円、契約社員は月給制で職務級別にレンジを設定。
記載のポイントは、支給要件と算定式を具体的に示し、従業員が理解できる例を加えることです。変更がある場合は周知方法も併せて定めてください。
第5章: 賃金支払いの5原則
労働基準法24条が定める賃金支払いの5原則は、賃金規定で必ず押さえるべき基本です。以下で各原則を分かりやすく説明します。
1. 通貨払いの原則
原則として現金で支払うことを求めます。実務では銀行振込が一般的なため、支払方法(現金・振込)を就業規則に明記してください。例:月給は指定口座への振込で支払う。
2. 直接払いの原則
賃金は労働者本人に直接渡します。代理受領や家族への支払いは、本人の明確な同意がある場合に限定します。
3. 全額払いの原則
労働の対価として賃金を全額支払う必要があります。徴収や相殺は法令や本人同意に基づく特別な場合だけ認められます。
4. 毎月1回以上払いの原則
賃金は少なくとも毎月1回以上支払わなければなりません。日払い・週払い・月払いなど会社の運用に合わせて規定してください。
5. 一定期日払いの原則
支払日をあらかじめ定め、安定した支払いを行います。例:毎月25日払い(休日の場合は前日または翌日支払う)。
実務ポイント:各原則を就業規則に具体的な文言で落とし込み、支払方法・日・代理受領の扱い・控除の条件を明確にしてください。
第6章: 最低賃金と割増賃金の規定
最低賃金の扱い
賃金規定では、地域別・業種別の最低賃金を下回らない旨を明記します。基本給と諸手当の合計が適用対象です。交通費など実費弁償的な手当は除外できる場合がありますが、判断に迷う場合は専門家に確認してください。
■ 計算例
月給25万円、所定労働160時間の場合:250,000 ÷ 160 = 1,562.5円(時給相当額)。この時給が地域最低賃金を下回らないか確認します。
割増賃金の基準と計算方法
法定の割増率を明示します。主な率は次の通りです。
– 時間外労働:25%以上
– 月60時間超の時間外:50%以上
– 休日労働:35%以上
– 深夜労働(22:00~5:00):25%以上
複数の条件が重なる場合は割増率を加算して計算します。例えば、通常時給1,500円で時間外かつ深夜の場合:1,500 × (1 + 0.25 + 0.25) = 2,250円になります。
規定に書くべき項目(例)
- 最低賃金に従う旨
- 割増率と適用される時間帯・条件
- 時給相当額の算出方法(基本給を所定労働時間で割る)
- 例示による計算方法
規定を具体的に示すことで従業員に分かりやすくなり、誤解やトラブルを防げます。必要に応じて社会保険労務士などの専門家に相談してください。
給与からの天引きに関するルール
天引きできるもの
労働基準法第24条の趣旨に沿い、賃金からの控除は極めて限定されます。一般に認められるのは所得税・住民税などの税金と、健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料などの社会保険料です。
賃金控除に必要な根拠
賃金を差し引くには法令の根拠か労働者の同意が必要です。会社が一方的に差し引くと、控除の根拠がないため不当になります。
労使協定が必要な場合
労働組合費や社宅使用料、社員負担の福利厚生費を天引きする場合は、労使協定や書面による同意を取る必要があります。協定には対象範囲や金額、手続き方法を明確にします。
実務上の注意点
・就業規則に控除項目を記載し、周知する。
・控除理由と金額を給与明細に明示する。
・過誤があれば速やかに返金する。
具体例
例1: 住宅手当の返還を給与から差し引く場合は書面同意が必要です。例2: 社員が任意に加入する保険料は同意がなければ天引きできません。


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