はじめに
目的
本資料は、労働基準法第33条(災害や緊急事態における労働時間の取扱い)に関する調査結果を分かりやすくまとめたものです。企業の人事・労務担当者と労働者が、非常時の時間外労働について基礎的に理解できることを目的とします。
対象読者
人事労務担当者、経営者、労働組合の担当者、一般の労働者。法律の専門家でなくても読みやすいように説明します。
本書の範囲と使い方
第33条の定義、適用条件、手続き、割増賃金の扱い、違反時の罰則などを順に解説します。各章で具体例や実務上の注意点を示しますので、実際のケースに照らして読み進めてください。
なぜ重要か
災害時は迅速な対応が求められますが、労働時間の法的な枠組みを守ることも必要です。法の趣旨を理解すれば、従業員の安全確保と業務継続の両立を図れます。
本書の構成(簡単な案内)
第2章:定義と基本概念
第3章:適用条件と判断基準
第4章:対象となる災害・事象
第5章:実務上の手続きと対応方法
第6章:割増賃金の発生
第7章:適用される業務の限定
第8章:違反時の罰則
第9章:36協定との違い
第10章:まとめ
それでは、第2章以降で具体的に見ていきましょう。
第33条の定義と基本概念
定義
労働基準法第33条は、災害や避けがたい緊急事態が起きた場合に、企業が法定労働時間を超えて労働を命じたり、法定休日に働かせたりできる例外を定めた規定です。通常必要な36協定がない場合でも、非常時に対応するための特例として認められます。
適用される状況(具体例)
- 地震や大規模な火災での避難誘導や安全確保
- 重要設備の故障で生産ラインの復旧作業
- 大規模停電や通信障害の復旧対応
いずれも「緊急かつ避けられない」ことが要件です。
36協定との違い
36協定は平常時の時間外労働を組合と協議して行う手続きです。第33条は非常時のみ使える例外規定で、恒常的な長時間労働の代替にはなりません。
行政手続きと留意点
適用には行政官庁への許可や届出が必要とされる場合があります。必要性や期間、対象の範囲を明確にし、記録を残すことが重要です。
注意点
臨時措置であっても、労働者の安全確保や健康配慮は求められます。過度な長時間労働を常態化させないよう注意してください。
適用条件と判断基準
概要
第33条は「客観的に見て避けられず、緊急に対応しなければならない事態」に限定して適用します。事前に予見できる事象や計画的な対応は対象になりません。時間外労働は必要最小限にとどめ、無制限の長時間労働は認められません。
適用の主要な条件(チェックポイント)
- 回避不可能性:外的事情で当該対応を避けられないかを確認します。例:突発的な機械故障や自然災害。
- 緊急性:直ちに対応しなければ重大な損害や安全性の喪失が生じるかを見ます。
- 最小限性:行う作業と時間が必要最小限に限定されているかを確認します。代替手段の有無も検討します。
- 事前予見の否定:あらかじめ予測できた事象や計画的業務は適用外です。定期点検や計画的な繁忙対応は該当しません。
判断の具体例
- 適用例:深夜に発生した配電系統の故障で停電が拡大し、復旧が緊急に必要な場合。
- 非適用例:季節ごとの繁忙期に備えて事前に人員を配置する業務。
実務上の注意点
- 判断はできるだけ記録に残してください(発生時刻、理由、対応内容、必要な最小時間)。
- 労働者の安全と健康を優先し、連続勤務や長時間化を避ける工夫(交代制、外部委託等)を検討してください。
- 経営者や管理者は判断基準を社内で共有し、恣意的な運用を防いでください。
チェックリスト(簡易)
- 事態は予見できたか?
- 対応は直ちに必要か?
- 他に回避手段はないか?
- 必要な範囲かつ最短時間か?
- 記録と労働者保護の措置はあるか?
上記を踏まえ、公正かつ合理的に判断してください。
対象となる災害・事象
概要
第33条の対象は、自然・人為を問わず業務継続を著しく妨げる事態です。代表的には地震、津波、風水害(台風・豪雨等)、大雪、火災、爆発などの自然災害や事故が挙げられます。さらに、突発的な機械・設備の故障やサーバー攻撃によるシステムダウンも、「避けることのできない事由」として該当する可能性があります。
自然災害の具体例
- 地震:建物の損壊や交通網の麻痺で出勤・業務が不能になる。
- 津波・風水害:浸水や道路封鎖で物流が止まる。
- 大雪:除雪困難で従業員が出社できない。
設備・システム由来の具体例
- 生産ラインの主要機械が突発故障して稼働停止。
- 電力や通信の長時間停止。
- サイバー攻撃によるサーバーダウンで業務システムが利用不能になる。
判断のポイント
事象が対象となるかは次を基準に判断します:
– 発生が急で予見が難しいか。
– 企業が合理的な防止措置を講じていたか(定期点検やバックアップの有無)。
– 代替手段で業務継続が不可能かどうか。
現場での注意点
発生時は事実を速やかに記録し、被害状況や対応履歴を保存してください。これにより、事後の適用可否判断や労働者対応が明確になります。
実務上の手続きと対応方法
緊急対応の判断基準
人命保護や二次被害防止を最優先に判断します。たとえば停電で重要な機械が停止し復旧が必要な場合や、ガス漏れなど第二の災害が予想される場合は直ちに対応を指示します。判断は現場責任者が速やかに行い、上長へ報告します。
労働指示と記録の方法
- 必要な従業員に対して残業や休日出勤を指示します。命令は書面や電子メールで記録してください。
- 出勤・作業時間はタイムカードや出勤簿で正確に残します。後日、適用判断の根拠として使用します。
- 安全確保のため、交代制や休憩を明確に設定します。
行政への届出手続き
第33条が適用される場合は、所轄の行政官庁へ届出します。届出書類や提出先、提出期限は事前に確認しておき、必要書類を速やかに整えます。
健康管理と安全措置
- 産業医や衛生管理者を専任します。健康状態の相談窓口を設け、異常があれば即時対応します。
- 衛生委員会を開催し、作業環境や長時間労働の影響を定期的に点検します。
- 保護具や必要な安全装置を速やかに配備し、着用を徹底します。
教育・訓練と連絡体制
- 緊急時のマニュアルを作成し、全員に周知します。定期的に訓練を実施しておくと実務が円滑になります。
- 連絡網を整備し、指示系統と連絡先を明確にします。
実務チェックリスト(例)
- 緊急性の有無を判断・記録する
- 対応者を決め、作業時間を記録する
- 行政へ届出が必要か確認し提出する
- 産業医・衛生管理者へ報告し健康措置を実施する
- 訓練・備品の整備状況を確認する
これらを日常的に準備しておくことで、緊急時でも迅速かつ適切に対応できます。
割増賃金の発生
概要
第33条に基づく時間外労働や休日労働では、通常の賃金に上乗せする割増賃金が発生します。緊急時であっても賃金支払いの義務は変わりません。記録と支払いを適切に行うことが重要です。
割増賃金の主な種類
- 時間外(残業):通常の賃金に対して割増がつきます(例:25%増)。
- 深夜:一般に22時から翌5時の労働に対し割増がつきます(例:25%増)。
- 休日:法定休日の労働にはより高い割増があります(例:35%増)。
割増の重複と計算例
割増は重複する場合に加算されます。具体例で示します。
– 基本時給1,000円、残業(25%)だけなら1,250円になります。
– 残業が深夜帯に重なると、25%+25%=50%増となり1,500円になります。
– 休日の深夜労働なら35%+25%=60%増で1,600円になります。
緊急時の扱い
停電や災害など緊急対応で臨時に出勤した場合も、割増賃金の支払い義務は消えません。出勤時間と理由を記録し、支払額を明確にしてください。
実務上の注意点
- 勤怠は正確に記録すること。
- 支払い時に割増率や根拠を明示すること。
- 不明点は労務担当や社労士に相談すること。
以上の点を守り、労働者の権利と企業の義務を両立してください。
適用される業務の限定
概要
第33条が適用する時間外労働は、すべての業務に及ぶわけではありません。災害や機械トラブルなど、緊急の復旧・継続が必要な業務に限って認められます。必要範囲を超える作業での長時間労働は認められません。
対象となる業務の範囲
- 緊急の復旧作業:火災や地震で設備に損傷が出た場合の復旧作業
- 機械トラブル対応:生産ライン停止時の点検と修理
- 公共インフラの緊急対応:停電や水道トラブルでの応急対応
これらは、被害の拡大防止や業務継続に直接必要な範囲に限定します。
具体例
- 生産ラインが停止し、製品の安全性が損なわれる恐れがあるため即時修理する。
- 建物の被害で従業員の安全確保が必要なため避難誘導や点検を行う。
除外される業務
- 定期点検や計画的な改修作業
- 緊急性のない業務の後回し対応
- 個別の業務効率化のための長時間作業
これらは第33条の適用外です。
判断のポイント(実務)
- 緊急性:放置すると被害・危険が増すか
- 直接性:その作業が復旧や安全確保に直結するか
- 代替手段の有無:外部委託や機械停止で対応可能か
実務上の注意点
発生時は作業内容・開始・終了時間・理由を記録してください。上長の指示や社内手順で必要範囲を明確にし、可能な限り時間外を短縮する対策を取ることが重要です。
違反時の罰則
概要
第33条に違反した場合、労働基準法第120条第1項に基づき、30万円以下の罰金が科せられます。これは事業主の法的責任であり、必要な手続きを取らずに時間外労働を行わせたケースが対象です。
罰則の具体的内容
罰金は行政処分とは別に科される刑事罰です。違反が認められると事業主や管理者が処罰対象になります。違法な残業を放置すると事業の信用にも影響します。
該当する具体例
- 緊急対応で残業を命じたが、許可申請や届出を怠った場合
- 定められた手続きや記録を残さずに時間外労働を継続した場合
行政の対応と従業員の対応
労働基準監督署が調査し、違反があれば罰金や是正指導を行います。従業員は監督署へ相談・通報できます。事業主は事前の手続き・記録保存を徹底し、違法な労働を起こさないよう管理してください。
予防策
許可申請や届出を速やかに行い、緊急時のルールを社内で明確にしておくことが重要です。記録を残すことで万一の際に適切に対応できます。
36協定との違い
概要
36協定は、日常的な時間外・休日労働を可能にするため、労使で取り決めて労働基準監督署に届け出る協定です。一方、第33条は緊急時の例外規定で、通常の手続きや枠組みと別に、迅速に対応するための特例を認めます。
主な違い
- 適用場面:36協定は通常業務や繁閑に対応します。第33条は災害や事故など緊急事態に限られます。
- 手続き:36協定は事前の労使合意と届出が必要です。第33条は緊急性を理由に行政への特別な手続きで対応します。
- 期間と範囲:36協定は継続的な運用を前提にします。第33条は一時的かつ必要最小限の対応です。
- 実務上の扱い:賃金や安全配慮はどちらでも必要です。第33条を使うときは、緊急性の説明や記録を残しておくと後で説明がしやすくなります。
具体例
- 36協定:月末の繁忙で計画的に残業を増やす場合
- 第33条:地震や火災で復旧作業を急ぐ場合
注意点
第33条は便利ですが、濫用されると問題になります。発動理由を明確にし、可能な限り速やかに通常の協定に戻す配慮が重要です。
第10章: まとめ
第33条は非常時に企業が事業継続や公共の安全を守るための例外措置です。適用するときは次の点を必ず守ってください。
- 適用条件:緊急性が高く、通常の手段で対応できないこと。例えば大規模停電での設備復旧や火災現場での緊急対応などです。
- 最小限の適用:関係する業務だけに限定し、時間も必要最小限に抑えます。代替手段がある場合はそちらを優先します。
- 行政と記録:必要に応じて所轄へ届出や報告を行い、勤務記録や理由を保存します。
- 従業員の保護:割増賃金や休息確保、健康管理を徹底します。長時間勤務の場合は医療対応や交代制を整えます。
実務上のチェックリスト:判断基準の確認、対象業務の限定、時間管理、健康管理・休息の確保、届出と記録、従業員への説明と情報共有。
したがって、適用前に社内ルールを整備し、現場での判断基準を明確にしてください。企業は慎重に運用し、従業員の安全と権利を最優先に守ることが重要です。


コメント