はじめに
本記事の目的
本記事は退職代行サービスと人事部門の関わりを体系的に整理することを目的としています。人事担当者や経営者が実務で直面しやすいポイントを中心に、対応フローやリスク対策まで実務で使える視点で解説します。
なぜ今読むべきか
退職代行サービスの利用は増え、企業側の対応が求められる場面が増えています。早めに基本を押さえることで、トラブルの未然防止や社内ルールの整備に役立ちます。
対象読者
- 企業の人事・総務担当者
- 経営者や労務担当者
- 退職対応の基礎を知りたい管理職
本記事で扱う内容(全体構成の案内)
第2章:退職代行サービスとは何か(定義と種類、依頼者の主な理由)
第3章:利用が増えている背景(社会的要因と職場の実情)
第4章:人事が取るべき対応フロー(受け取りから最終処理までの手順)
第5章:企業・人事部門が感じる課題(実務上の困りごと)
第6章:リスク対策と予防策(就業規則、コミュニケーション、法的確認)
第7章:まとめと今後の展望(人事部門が備えるべきこと)
読み方のポイント
章ごとに実務で使えるチェック項目や対応例を提示します。まずは第2章から順に読み、人事フローに当てはめながら確認してください。
本章では全体像の案内にとどめます。以降の章で具体的な手順や注意点を丁寧に説明します。
退職代行サービスとは何か
概要
退職代行サービスは、従業員本人に代わって会社に退職の意思を伝えるサービスです。本人が直接伝えにくい場合や、出社が困難な場合に使われます。業者が会社側へ連絡し、手続きを進めます。
種類と違い
- 弁護士運営:法律の専門家が対応します。未払い賃金や労働問題の交渉が可能で、書面作成や法的手続きも任せられます。
- 民間業者:退職の意思伝達が主な役割です。交渉や法的請求は行えないため、必要なら弁護士への相談が必要です。
利用の流れ(簡潔)
- 依頼者と業者が契約
- 業者が会社へ連絡し退職の意思を伝達
- 退職日や書類のやりとりを調整
- 必要書類を受け取り退職手続き完了
利用される理由(具体例)
- パワハラやセクハラで出社が苦痛
- 強い引き留めがあり退職できない
- 精神的な負担で直接の連絡が難しい
注意点
退職後に未払い賃金や慰謝料を請求したい場合は、弁護士に依頼する必要があります。民間業者は意思伝達に限定されますので、事前に対応範囲を確認してください。
退職代行利用の背景と増加傾向
認知度と利用率の変化
2018年ごろから退職代行の認知度が急速に高まりました。企業調査では、2024年上半期に約23.2%の企業が従業員から退職代行の利用を経験したと報告されています。年々利用の相談件数やサービス数が増え、個人が外部の専門サービスを使って退職手続きを進めることが一般的になりつつあります。
利用が増えた主な背景
- ハラスメントやパワハラ:職場での言動や行為が原因で、直接上司に辞意を伝えにくくなるケースが増えています(例:報復を怖れて退職を言い出せない)。
- 強い引き留め:長時間の説得や金銭的な条件提示などで精神的負担が大きく、第三者に間に入ってもらうニーズが高まりました。
- 働き方・価値観の多様化:転職や副業が一般化し、スムーズに辞めたいと考える人が増えています。
- コミュニケーションの不安:電話や対面での直接交渉が苦手な人が代行を選ぶ傾向があります。
利用者の傾向と企業への示唆
利用者は若年層や非正規雇用の割合が高い傾向がありますが、正社員でも心理的負担が理由で利用する例が増えています。企業は早期に職場環境の問題を把握し、退職時の対話の安心感を高める対応が求められます。代行利用の増加は、社内コミュニケーション改善の重要なシグナルと受け止めるとよいでしょう。
退職代行を利用された場合の人事の対応フロー
概要
退職代行から連絡が来たら、まずは「本人の意思確認」と「代理人の資格確認」を優先します。労働者の辞職は本人の一方的な意思で成立するため、原則として退職を拒めません。
1. 受領と本人確認
- 退職の通知は書面や本人名義のメールで受け取るよう依頼します。
- 代理依頼がある場合は、本人が代理を依頼した旨を自署で確認すると安全です(例:メールの原文、委任状)。
2. 代理人の資格確認
- 退職条件や未払賃金の交渉は弁護士や労働組合でないと非弁行為の疑いが出ます。代理人が弁護士か組合かを確認してください。
- 弁護士であれば事務所名や登録番号を確認します。
3. 交渉の線引き
- 業務引継ぎ、貸与物返却、就業規則に基づく手続きは人事が対応します。
- 未払賃金や退職金の交渉は、代理人が弁護士・組合でない場合には応じず、法的助言を促します。
4. 業務整理と物品回収
- 引継ぎ方法(口頭・文書・引継ぎフォーマット)を指示し、アクセス権の停止や備品回収日を決めます。
5. 給与・保険・書類処理
- 最終給与・未消化有休の精算、源泉徴収票、離職票などの発行準備を進めます。
6. 記録保全とトラブル対応
- やり取りはメールや書面で記録し、必要であれば法務や外部弁護士に相談します。
実務チェックリスト(短縮版)
- 本人確認/代理権確認
- 代理人資格の確認
- 引継ぎ方法決定
- 備品回収とアクセス停止
- 最終給与・書類処理
- 記録保存と必要時の法的相談
以上を迅速かつ丁寧に進めることで、トラブルを最小限に抑えられます。
企業・人事部門が感じる課題と本音
連絡途絶と引継ぎ不能
退職代行を通じて突然連絡が途絶える例が増えています。直属の上司や引継ぎ担当者が業務内容を確認できず、プロジェクトが停滞します(例:顧客対応記録が未整理で対応漏れが発生)。人事は早急に代替担当を決め、顧客や関係部署への周知を行います。
事務作業の煩雑さ
有給の精算や退職手続き、社内システムの権限解除など事務作業が集中します。特に紙書類が多い部署では手続きが滞りやすく、残務処理に追加コストがかかります。マニュアル整備やワークフローの見直しで負担を減らす必要があります。
現場混乱と士気低下
一方的な退職は職場に不安を生み、担当者不足で残業や業務の偏りが発生します。現場からは「突然いなくなると困る」との不満が出ます。人事は臨時支援や配置転換で現場を支えつつ、原因分析を行います。
辞めにくい職場環境への気付き
同時に人事は、個別事情や辞めにくさが背景にあることを認識しています。上司との関係性や評価制度、業務量の偏りなどが要因です。面談やアンケートで早期に問題を拾い、職場改善につなげる声が増えています。
本音と対応のジレンマ
正直な本音としては「急な退職は困る」が強いです。ただ、個人の事情や長年の職場慣行にも配慮が必要と考えています。人事は短期対応と並行して、再発防止の仕組みづくりに取り組む必要があります。
企業が取るべきリスク対策と予防策
ハラスメント対策を徹底する
職場の不満の大きな原因はハラスメントです。就業規則で禁止行為を明確にし、被害相談の窓口を複数用意します。たとえば匿名で報告できるフォームや外部相談窓口を設けると、社員が相談しやすくなります。発生時は速やかに事実確認し、適切な処分とフォローを行います。
コミュニケーションを活性化する
日常的な対話が不満の早期発見につながります。上司と部下の定期的な1on1やチームミーティングを制度化し、業務負荷や悩みを聞き出します。具体例として、月1回の短い面談と四半期ごとの深堀り面談を組み合わせる方法が有効です。
退職手続きとルールの整備
円滑な退職手続きはトラブル防止につながります。退職申請の流れ、引継ぎ期間、最終給与・有給の扱いを明文化します。退職代行を使われた場合の連絡方法や対応窓口もあらかじめ定めておくと混乱を避けられます。
早期発見のための体制構築
離職兆候をデータでとらえる仕組みを作ります。欠勤や遅刻の増加、業績低下などを人事が定期的にチェックし、要注意者には面談を実施します。直属の上司だけでなく人事が関与する二重チェックが有効です。
教育とリーダー育成
管理職向けのハラスメント防止や面談のスキル研修を定期的に行います。リーダーが早めに問題をキャッチして対応できるように育成します。
データ活用と改善サイクル
退職理由の集計や面談記録を分析し、改善につなげます。課題が見つかれば業務配分や評価制度を見直し、効果を評価して再度改善するサイクルを回します。
これらを組み合わせることで退職代行利用のリスクを下げ、社員が安心して働ける職場を作れます。
まとめ ― 今後の人事部門の課題と展望
概要
退職代行サービスの利用は今後も増える見込みです。企業は法的知識と迅速な対応力を備え、従業員が離職の手段として代行に頼らない職場づくりを目指す必要があります。
今後の主な課題
- 法令対応の遅れや誤解によるトラブル回避
- 即応できる窓口と手順の整備
- 従業員との日常的な信頼関係の構築
- 人事制度の硬直化への対応
企業が取り組むべき具体策
- 法務や労働法の基礎研修を定期実施し、外部専門家と連携する
- 退職時の連絡フローとテンプレートを用意して迅速に対応する
- 定期的な1on1や匿名相談窓口を設け、早期の問題把握に努める
- 働き方の柔軟化(時短、テレワーク、休暇制度の見直し)で離職理由を減らす
人事に求められる能力
- 傾聴と対話力:問題の本質を引き出す
- 交渉力と調整力:本人・上司・法務の間をつなぐ
- リスク管理の視点:証拠保全や記録の徹底
展望
人事は単にルールを守る部署から、職場の信頼を設計する役割へと変わります。小さな対話と制度改善の積み重ねが、退職代行に頼られない職場をつくります。早めに準備を始めることが、トラブルを未然に防ぐ最良の策です。


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