はじめに
目的
本書は「有給消化」と「有給休暇の買い取り」に関する基本的な知識を分かりやすく整理したものです。実務でよくある疑問や、退職時の取り扱い、買い取り金額の計算方法などを丁寧に解説します。
本書の範囲
- 有給休暇の原則と例外
- 退職時の買い取りの扱い
- 買い取りと有給消化の違い
- 計算方法や税務、拒否された場合の対処法
専門用語は最小限にし、具体例で補います。
想定する読者
労働者と人事担当者を主な対象とします。労働法の専門家でなくても理解できるよう配慮しています。
使い方
各章を順に読むと全体像がつかめます。具体的な事案では、必要に応じて労働基準監督署や弁護士に相談してください。
注意事項
本書は一般的な説明です。個別の法律相談には代わりません。
有給休暇の買い取りは原則として違法
法的根拠
労働基準法第39条は、有給休暇を与えることを定めています。法の趣旨は、有給を休息や健康回復のために使えるようにする点にあります。したがって、金銭でその機会を奪う買い取りは原則として認められません。
禁止される理由
有給は休むための権利です。金銭で買い取ると、働く人が休まない選択をしやすくなり、過労や健康問題のリスクが高まります。例えば、会社が「1日あたり○○円で買い取る」と提案すると、短期的には収入になる一方で休息を取る機会が失われます。
よくあるケース(具体例)
- 年度末に消化が難しいため買い取りを提案される
- 上司から「残業代とまとめて買い取る」と言われる
- 退職時に未消化分を買い取るように言われる(退職時は例外があります。第3章で説明します)
労働者ができること
買い取りの提案は断ることができます。文書やメールなどでやりとりを残し、強く勧められる場合は労働基準監督署や労働組合に相談してください。会社側の説明を求め、自分の休暇取得権を守ることが大切です。
退職時は例外的に買い取りが認められる
趣旨
退職後に有給休暇を取得することは物理的にできないため、退職時に未消化の有給が残る場合は例外的に買い取り(=金銭で清算)を認める考え方です。労働者の保護と実務の利便を両立するための取扱いです。
法的根拠
昭和63年3月14日基発150号の通達で、退職時に労使合意があれば金銭による精算が可能だと示されています。これは労働基準法の趣旨に照らしても例外的に許容されると解されています。
具体例
例えば退職日までに10日の有休が残っている場合、会社と本人が合意すればその10日分を給与に相当する金額で清算できます。合意は口頭でも成立しますが、後日のトラブルを避けるため書面に残すのが望ましいです。
手続きと注意点
- 労働者の同意が必須です。会社が一方的に買い取ることはできません。
- 合意内容は日数・金額・算出方法を明確にします。
- 未消化の有休を使わせる選択肢が先にある場合は、そちらを検討するのが実務上の配慮です。
- 計算方法や税務処理は別章で詳しく解説します。
買い取りが認められるその他のケース
概要
退職時以外でも、有給休暇の消滅が迫っている場合や、会社が法定の付与日数を上回って独自に与えている有給休暇については、例外的に買い取りが認められることがあります。ここでは、代表的なケースと実務上の注意点をわかりやすく説明します。
1) 有給の消滅時効が近い場合(消滅時効=2年)
年次有給休暇には2年の消滅時効があります。つまり、付与された日から2年を過ぎると使えなくなります。たとえば「2023年4月に付与された休暇は2025年4月に消滅」します。期限が迫っている未取得分については、会社と合意すれば買い取りが可能です。特に、会社の事情で休暇を取得させてもらえなかった場合は買い取りが認められやすくなります。
2) 会社独自の有給(法定日数を超える分)
法律で定められた日数を超えて会社が付与する特別な有給(たとえば勤続年数に応じた追加の休暇)は、契約や就業規則で取り決めがあれば買い取り対象となることがあります。会社と従業員との取り決めで支払う形にするケースが一般的です。
判断のポイントと注意点
- まずは就業規則や労使協定を確認してください。買い取りに関する規定があるかで対応が変わります。
- 会社側は従業員に休暇を取得させる努力義務があります。取得させなかった事情があると買い取りが認められやすくなります。
- 買い取りは双方の合意が基本です。金額や手続きは書面で残すと安心です。
実務的な手続き例(簡単)
- 有給の残日数と付与日を確認する
- 期限が近い日があれば会社に相談する
- 書面で買い取り条件(対象日数、支払い額、支払時期)を取り決める
- 支払いと記録の保存を行う
以上が、退職時以外で買い取りが認められる主なケースと注意点です。ご不明な点があれば、状況を教えていただければ具体例でお答えします。
退職時の有給買い取りの計算方法
概要
退職時の有給買い取りは、残っている有休日数に「1日あたりの賃金」を掛けて求めます。計算方法は主に次の3つです。
1) 平均賃金で計算する場合
定義:直近3か月(または特定の期間)の支払い総額をその期間の暦日数で割った金額です。変動手当が多い場合に使います。
計算式:平均賃金=(直近3か月の賃金総額)÷(その3か月の暦日数)
例:3か月で賃金総額90万円、暦日数90日→平均賃金=10,000円/日。残10日なら買い取り金額=100,000円。
2) 通常の賃金で計算する場合
定義:普段支払われている1日分の賃金です。基本給や固定手当を基に算出します。月給制なら月給÷所定労働日数や30日で算出する会社が多いです。
例:月給30万円で1日あたりを30日換算→10,000円/日。残10日なら100,000円。
3) 健康保険法上の標準報酬日額で計算する場合
定義:標準報酬月額÷30で求めます。保険関係で基準が必要なとき用います。
例:標準報酬月額30万円→日額10,000円。残日数に掛ける。
実務上の注意点
- どの基準を使うかは就業規則や労使協定で決めます。まず確認してください。
- 変動手当や時間単位の有休は日数換算や平均化が必要です。
- 税金や社会保険の扱いは別途規定があります。
有給消化と買い取りの違い
退職日と有給の扱い
有給消化は、従業員が休暇を消化して勤務最終日を後ろにずらします。会社はその期間も給与や社会保険の負担を続けます。一方、有給買い取りは休暇分を金銭で清算し、実際の退職日を早められます。買い取りでは休まずに退職できるため、勤務期間は短くなります。
給与と社会保険の負担
有給消化では本来の給与支払いが続き、健康保険・厚生年金などの会社負担も発生します。買い取りは退職手当の一部として扱われることが多く、事業主の社会保険負担は少なくなります。
失業保険の開始時期
有給消化で退職日が遅れると、雇用保険の給付開始も遅くなります。買い取りで早く退職すると、失業保険の手続き開始が早まり、給付も早く受けられる場合があります。
企業の傾向と注意点
経済面では企業は買い取りを好む傾向がありますが、買い取りが常に認められるわけではありません。労使で合意すること、法的な例外や税務上の扱いを確認することが大切です。
具体例(簡単)
・有給10日を消化:退職日が10日後、給与・社会保険負担あり。・有給10日を買い取り:退職日そのまま、買い取り金が支払われ失業手続きが早めに可能。
買い取りを拒否された場合の対処法
まず落ち着いて状況を整理する
会社に買い取りを拒否されたときは、感情的にならず事実を整理します。取得済みの有給日数と、退職希望日、買い取りを求めた理由を明確にします。口頭だけでなくメールや書面で記録を残すことが重要です。
具体的な伝え方と説得のポイント
会社に対しては、まず「有給消化後の退職日」を提示します。それが難しい場合は、買い取りの方が会社にとっても合理的である点を説明します。例えば、従業員が有給を消化すると人員補充や業務調整の手間が増え、結局給与相当の支払いが発生することを具体例で示します。経済面の比較を示すと説得力が増します。
書面でのやり取りを必ず行う
交渉内容はメールなど文書で残してください。後で労働基準監督署や相談窓口に相談する際、証拠となります。メール例:
件名: 有給休暇の買い取りについて(確認)
本文: 現在の有給残日数は○日です。私の希望は、①有給消化による退職日を設定、または②有給の買い取り(○日分、金額提示)です。ご回答を○日までにお願いします。
第三者への相談と次の手段
会社が応じない場合は、まず社内の労務担当や相談窓口に再度相談してください。それでも解決しない場合は、最寄りの労働基準監督署や労働相談センターに相談します。必要なら書面やメールを持参し、事実を説明してください。
交渉のコツ
冷静に事実と数字で説明し、代替案(分割払い、退職日調整など)を提示します。会社側も結局同程度の負担が出ることを示せば、買い取りに応じる可能性が高まります。
買い取り手当の税務処理
概要
退職時の有給買い取り手当は「退職所得」として扱われます。税金の計算方法が一般の給与と異なるため、受け取る際には所定の手続きが必要です。
申告書の提出
受け取る人は「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先に提出します。これを出すことで、退職所得控除や課税方式を反映した源泉徴収が行われます。提出がないと、一時的に多めに税金が差し引かれる場合があります。
税額の計算イメージ
退職所得はまず退職所得控除を差し引き、残りの金額のうち半分を課税対象とする特別な計算が使われます。たとえば退職金や買い取り手当が多い場合でも、控除の仕組みで税負担が軽くなることがあります。
確定申告が必要な場合
退職所得以外に他の所得が多い、または複数の勤務先から退職金等を受け取った場合は、確定申告で最終的な税額を確定する必要があります。提出書類を出していれば、源泉徴収で済むことが多いです。
実務上の注意点
- 退職前に申告書を用意し、支払時までに提出してください。
- 支払明細や源泉徴収票は保管しておきましょう。
- 不明点は人事・経理か税務署に相談してください。
法的な義務性について
労働基準法の考え方
労働基準法は、有給休暇を労働者が取得できる権利として保障します。未消化の有給を必ず買い取ることを企業に課す規定はありません。つまり、買い取りは法律上の義務ではなく、原則として企業の裁量に委ねられます。
会社が買い取りをするかどうか
会社が買い取りに応じるかは就業規則、労働契約、または労使協定に従います。たとえば就業規則に「退職時の未消化有給を買い取る」と明記されていれば、その規定に従い会社は買い取りを行う義務があります。口約束や長年の慣行が明確な合意と認められれば、買い取りを求められる場合もあります。
実務的な注意点と例
・退職時に会社が買い取りを拒否した場合、まず就業規則や雇用契約を確認してください。
・例:就業規則で買い取りが定められていない場合、会社は買い取りを拒めます。ただし「退職者全員に買い取りをしてきた」という明確な慣行があると、争いになる可能性があります。
まとめとなるポイント
法律は有給の取得を保証しますが、未消化分の買い取りを企業に義務づけてはいません。買い取りを求める際は、契約書や就業規則、過去の対応実績を確認し、必要なら労働基準監督署や専門家に相談してください。


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