はじめに
目的
本記事は、有給休暇を取得したときに支払われる賃金が最低賃金を下回らないかどうか、またその計算方法や法的な考え方を分かりやすく説明することを目的とします。雇用者・労働者の双方が実務で迷わないよう、具体例や注意点も示します。
対象読者
アルバイトやパート、正社員の方、そして人事・総務担当者まで幅広く想定しています。給与計算や労務管理に慣れていない方でも読み進められるよう、専門用語は最小限にし具体例で補足します。
本記事の構成と読み方
以降の章で、支給ルール、計算方法、平均賃金と最低保証、最低賃金との関係、具体的な計算例、有給消化義務や未消化の扱い、違反時の対応と実務上の注意点を順に解説します。困った点があれば該当する章を先に参照してください。
注意点
法令の基本的な考え方に沿って説明しますが、個別の契約や就業規則によって取り扱いが異なる場合があります。実務判断が必要な場合は、給与明細や就業規則を確認し、必要に応じて専門家に相談してください。
有給休暇取得時の賃金支給ルール
概要
有給休暇(年次有給休暇)は労働基準法で「賃金が支払われる休暇」と定められています。取得中も通常どおり賃金を支払う義務があることが基本です。
会社の義務
使用者は、有給取得を認めた日について通常支払う賃金を支払わなければなりません(労基法第39条)。給与の締め日や支払日も通常どおり扱い、支払いを遅らせないようにします。
休業手当や代休との違い
有給は労働者の権利として賃金が支払われる休暇です。会社都合での休業に支払う休業手当や、通常の勤務を振替える代休とは性質が異なります。
年5日取得義務(2019年改正)
年10日以上付与される労働者について、使用者は年5日の取得を確保する義務があります。会社は計画的付与や指定で取得を促すことができます。
実務上の注意点
就業規則に支給方法や扱いを明記し、給与システムで有給扱いを正確に設定してください。記録を残し、従業員に分かりやすく説明するとトラブルを防げます。
有給休暇取得時の賃金計算方法
概要
有給休暇を取得した日の賃金は主に次の3つの方法で計算します。通常の賃金(出勤した場合と同じ)、平均賃金(直近3か月の賃金総額を暦日数で割る)、標準報酬日額(健康保険などの基準を用いる特殊ケース)です。多くの場合、通常の賃金と平均賃金のうち高い方を支給します。
1. 通常の賃金(通常賃金)
出勤した日の賃金と同じ額を支払います。月給者は日割りや所定の1日の賃金、日給者はそのまま日給、時給者は所定労働時間×時給で計算します。通勤手当など通常支給される手当がある場合は規則に従って加算することが一般的です。
2. 平均賃金方式
直近3か月(3か月間)の賃金総額を、その期間の暦日数で割って1日あたりの平均を出します。計算例:賃金合計900,000円÷90日=1日当たり10,000円。この方式では臨時の賃金や一時的な手当を除外する場合があります。支給額は算出結果を基に日数分を支払います。
3. 標準報酬日額方式
健康保険の標準報酬日額など、保険給付や特殊なケースで使います。一般の有給賃金で用いることは稀です。
実務上の注意点
就業規則や賃金規程で計算方法を明確にし、支給根拠を記録してください。通常賃金と平均賃金のどちらを適用するかで差が出るため、計算の根拠を示すことが重要です。給与計算ソフトや専門家と確認すると安心です。
平均賃金による支給と最低保証額
なぜ最低保証が必要か
有給休暇の賃金は通常、平均賃金を基準に計算します。ただし、平均賃金が極端に低くなると、有給の趣旨(休んでも賃金が保障される)に反します。そこで事実上の“最低保証額”を設け、低すぎる支給を防ぎます。
計算方法(比較する2つ)
- 暦日割(平均賃金に相当する考え方)
- 過去3か月の賃金総額を暦日数で割った金額。
- 労働日数割×60%(最低保証額)
- 過去3か月の賃金総額を実際の勤務日数で割り、60%を乗じた金額。
支払う額は上記2つを比較して高い方を採用します。
具体例
過去3か月の賃金総額:180,000円
勤務日数:36日
暦日数:90日
- 暦日割:180,000 ÷ 90 = 2,000円/日
- 労働日数割×60%:180,000 ÷ 36 = 5,000円 → ×60%=3,000円/日
この場合、3,000円/日が有給1日分の支給額になります。
実務上のポイント
- パートや変動勤務では、暦日割が低く出やすいので最低保証の確認が重要です。
- 計算根拠は書面や就業規則に残しておくと、社員とのトラブルを避けられます。
- 特殊賃金(歩合、臨時手当など)は扱いを整理しておく必要があります。
必要なら、御社の具体的数値で実例を作成します。
最低賃金との関係と違法性
有給休暇取得時に支払われる賃金は、最低賃金を下回ってはいけません。休暇中に支払う金額を所定労働時間で割った時間額で判断します。2025年の全国平均最低賃金は時給1,121円に引き上げられる予定で、これを下回る支給は違法となります。
計算の基本
– 休暇の日額を所定労働時間で割り、時間当たりの金額を算出します。
– その時間額が最低賃金未満なら、差額を追加で支払う義務があります。
具体例
– 所定労働時間:8時間
– 休暇の日額:6,000円
– 時給換算:6,000円 ÷ 8時間 = 750円
– 最低賃金との差:1,121円 − 750円 = 371円
– 差額の支払い:371円 × 8時間 = 2,968円(上乗せして支払う)
違反した場合
違反があれば、労働基準監督署から是正指導や罰則(罰金)が科される可能性があります。会社は差額の支払いだけでなく、記録の整備や就業規則の見直しが求められます。
実務上の注意点
– 常に適用される最低賃金を確認し、支給額を調整してください。
– 日給制や出来高制の場合も同様に時間換算して確認します。
– 従業員に分かりやすく説明し、記録を残すことが大切です。
アルバイト・パートの場合の具体的計算例
基本的な考え方
アルバイト・パートは勤務日や時間、時給が変わりやすいため、有給賃金は「平均賃金」か「通常の賃金」のうち労働者に有利な方を基準に計算します。さらに、その算出額が地域の最低賃金を下回らないよう確認します。
計算手順と具体例
1) 平均賃金の算出
– 過去一定期間(通常は直近30日など)の賃金合計を労働日数または労働時間で割って日額・時給を出します。
例A(固定時給・固定勤務)
– 時給1,000円、勤務8時間 → 有給賃金=1,000×8=8,000円
例B(変動時給・変動時間)
– 過去30日で賃金合計80,000円、総労働時間80時間 → 平均時給1,000円
– 有給の日の予定労働6時間 → 1,000×6=6,000円
例C(平均が低い場合の最低保証)
– 過去30日で賃金45,000円、労働時間50時間 → 平均900円
– 有給予定5時間 → 平均で4,500円
– 地域の最低賃金が1,000円なら最低保証は1,000×5=5,000円。
よって支払額は5,000円になります。
注意点
- 会社が通常支払う日給や割増賃金が高ければ、そちらを適用すると有利です。
- 計算の基礎となる期間や扱いは就業規則や労使協定で定めることが多いので、確認してください。
有給消化義務と未消化時の取り扱い
法律上の義務
会社は、有給休暇が年10日以上付与される労働者に対して、年5日の有給を必ず取得させる義務があります。従業員が自ら取得しない場合、会社が時季を指定して取得させなければなりません。指定した日も通常の有給と同様に賃金が支払われます。
会社の対応方法
会社はまず従業員に取得の機会を与えます。希望日の調整や業務との調整を行い、それでも取得しない場合は、業務に支障が出ない範囲で具体的な日を指定します。指定する際は、理由や業務状況を説明して合意を得るよう努めます。
未消化分の繰越と時効
未消化の有給は原則として翌年度に繰り越されます。ただし、有給は権利発生から2年で時効消滅します。つまり、2年以内に取得しない日は消滅しますので、計画的な取得と管理が必要です。
実務上の注意点
有給指定は賃金支払いの対象です。記録を残し、従業員への案内や取得状況を社内で管理してください。年次で消化が偏ると業務に影響が出るため、前もって計画を立てることをおすすめします。必要があれば労務担当者や社会保険労務士に相談してください。
違反時の罰則と行政指導
想定される罰則
有給取得時の賃金が最低賃金を下回る、あるいは有給取得義務を無視した場合、会社は処罰対象になります。労働基準法第120条に基づき、罰金(30万円以下)などが科される可能性があります。未払いの賃金を支払わせるほか、悪質な場合は送検につながります。
行政の対応の流れ
労働基準監督署(監督署)が調査し、違反があれば是正指導や是正勧告を出します。改善が見られない場合、送検や公表といった強い手段を取ることがあります。行政はまず記録や事情聴取で事実関係を確認します。
労働者ができること
記録(出勤簿・給与明細・有給申請書)を保存し、まずは職場の担当者に相談してください。それでも解決しない場合は、監督署へ相談・通報すると調査が入ります。必要なら弁護士に相談し、証拠を整えて対応してください。
具体例
有給取得で本来支払うべき賃金が最低賃金を下回っていた場合、監督署は差額の支払いを指導し、繰り返しや悪質性があれば罰則が適用されます。予防のため、会社は就業規則や給与計算の見直しをしてください。
まとめと実務上の注意点
要点まとめ
– 有給休暇取得時の賃金は、通常の賃金・平均賃金・最低保証額(労働日数割×60%)のうち最も高い額を支給します。最低賃金未満になってはいけません。事業者は年5日の有給取得義務を確実に履行してください。
実務上の注意点(事業者向け)
– 計算方法を給与規程に明記し、就業規則や給与明細で説明を行ってください。
– 勤怠と賃金計算のデータを正確に保管し、月次でチェックしましょう。
– アルバイト・パートの変則勤務は、日割り計算や平均賃金の算定に注意が必要です。
– 年5日取得の管理を怠らないこと。未取得者には取得促進の仕組みを設けてください。
– 最低賃金違反や計算ミスが疑われる場合は早めに労務士や社内担当に相談してください。
従業員が確認すべき点
– 有給を取得した際の賃金額を給与明細で確認すること。
– 不明点は人事や労務に問い合わせると解決が早いです。
最後に
正しい計算と透明な説明がトラブル防止につながります。疑問があれば専門家に相談してください。


コメント